異界の弱小魔王ちゃん、落ちこぼれ少女に召喚される!
猫鍋まるい
第1話 奇跡の脱出、あるいは運命の出会い(前)
「くっ、この私が此処まで追いつめられるなんて…! 」
天界、そして地上の民との戦いに勝利を収めた我等魔族が向かう所は即ち同族同士の派閥争い。
強力な魔物をリーダーとして形成された”ハウス”と呼ばれるコミュニティー同士の、権力や領土を巡った争いが現在この魔界では絶え間なく行われていた。
そんな中。
スーパー可愛くてとっても賢くて、超完璧な魔王さまであるこの私…アリナ・イフリーはかつてない危機を迎えていた。
「とうとう追い詰めましたわお姉さま! さあ…お覚悟下さいまし」
「姉様、もう諦めて…楽になろう? 」
「レイナ、クロエ…どうして貴女たちがこんな事するのよ…! 」
「利害の一致ですわ、たまには双子同士仲良く一つの事をやろうかと思いまして」
「うん…。 姉様のハウスを潰す、それが私達の目的」
双子の妹であるレイナ、クロエ。
私と同じくハウスを所有する魔王、実の妹たちに私のハウスは襲撃され…数少ない、いえ…精鋭揃いな配下たちもことごとく打倒され、もはやハウスのシンボルであり拠点でもあるこの城で無事なのは魔王である私一人となってしまったのだ。
「わたくし達を邪魔だてする愚かな魔物どもは全て蹴散らしてやりましたわ。 さ、いい加減降参してわたくしの嫁…いえ、配下になりなさいな」
「ちょっとレイナ。 それは聞き捨てならない…。 私達、二人の…でしょ」
「ま、まあ…細かいことは今はいいではありませんか。 と、とにかく今はお姉さまを弱らせて―」
「よくない、ここでハッキリさせとかないとレイナの事だから後で何を言われるか信用ならない」
「なんですって…! クロエ、あまり生意気な口をきかないほうが、貴女の身のためですわよ? 」
「べつに、私はただ本当の事を言っただけ」
(あれ…? なんだか知らないけど…二人が揉めだした…? )
何故か私を前にして口論を始めた二人の様子を窺いつつ、私はそろりそろりとその場から後ずさり始める。
(べ、べつに逃げるわけじゃないわ…! ただ、そう…流石に私でも魔王相手に二対一だと分が悪いから、こ、これは戦略的撤退なのよ…! )
あともう少しで玉座の後ろに設けた緊急時の脱出口に辿り着きそうだ。
(ふふっ♪ ここさえ切り抜けちゃえばこっちのものよっ! 何でレイナとクロエが攻めてきたのか分からないけど…お母様に言いつけて、二人にはたっぷりお仕置きを受けてもらうんだから…! )
「―ですからっ! …って、クロエ! 言い争ってる場合じゃありませんわ! お姉さまが…! 」
「…!! ダメ、逃がさない…! 」
(ちょっ、なんでよ! あと少しなのに見つかるなんて…! )
こうなれば一か八かよ!
二人に背中を向けるリスクはあるけど、強引にここから脱出しましょう。
「こ、これは戦略的撤退なんだからねーっ! 」
「あっ…! お姉さまが逃げてしまいますわ! 」
「させない…! 追って、影矢・シャドウハウンド…! 」
脱出口の扉に手をかけたところで、クロエが放った闇魔法が背後からせまるのを感じた。
(くっ…! ここまで、なの…? )
衝撃に備え、目をつぶりかけた瞬間。
突然、眩い光が私を包み込んだ。
「そんな、嘘ですわ…! お姉さま…!! 」
「待って…! 行かないで…!! 」
すぐ近くにいた筈の二人の声がどんどん遠のいていく。
光りが晴れて、私の目の前に広がるのは幾重にも重なった魔法陣の通り道。
これは…間違いない、私は今何者かに召喚されている…!!
(相手が誰なのかなんてこの際構わないわ…! 私は今起きたこの奇跡を掴むだけよ…! )
私が知らない、どこか遠い別の世界からの呼び声。
私を求めるその声に、今は全力で応えよう。
「召喚に応じて華麗に参上っ! 強くて可愛いこの私が、貴女の望みを叶えてあげるわっ! 」
(決まった…! 完璧に決まったわね! )
魔法陣を通過するまでの間、なんとか考え出した登場のセリフ。
同時に考えておいたカッコイイポーズを解きながら、閉じていた瞼を開き私を召喚した主を確認する。
「お願いです…! お願いっ…します! どうかみんなを…わたしたちを助けて下さい…っ! 」
「え、えっ…ちょ、ちょっと…! あ、貴女…酷い怪我じゃない…! 大丈夫…!? 」
拝み込むように助けを乞うと、そのまま気を失った少女を抱き止めた私はすぐに周囲の異常な状況に気付かされた。
(女の子たちが倒れてる…これは…一体…? )
今ではもうすっかりと見なくなってしまった人族に似通った少女達が傷だらけで地面に倒れ伏している。
その姿が、妹たちに倒された私のかわいい配下たちの姿と重なり沸々と怒り…そして悔しさが沸き上がってくる。
(とにかくっ、この子たちをこんな風にした犯人を突き止めないと…! )
「ガルルッ…! 」
「…!! 誰…っ!? 」
此方へと近付いてくる唸り声。
私を召喚した少女をそっと地面に寝かせ、庇うような姿勢で後ろを振り返れば巨大な図体をした栗毛色の魔獣が私を睨みつけていた。
「って…! な、なによっ! ビックリさせておいて…人型もとれないような魔獣じゃ、私の相手にはならないわ! くらいなさいっ! 連弾・ファイアバレット!! 」
突き出した私の手の平の先に紅蓮の魔法陣が展開される。
回転する魔法陣から放たれし、灼熱の炎…無数の弾丸が少女たちの血に塗れた魔獣を瞬く間に焼き払った。
「ふんっ! 肩透かしもいいところだわ! 」
(っと、そうだ…! それより、今はこの子たちを何とかしないと…! )
回復の魔法を掛けるため、まずは私を召喚した少女を抱き起す。
「あら…? 何か落ちて…? 生徒…手帳…? 」
本契約はまだとはいえ、仮契約という形で召喚主である少女と繋がっている今の私はこの世界の文字もある程度読み解くことが出来る。
傷ついた少女たちを全員手近な大木に寄りかからせ回復魔法を掛けた私は、少女たちの意識が戻るまでの間、破けた召喚主の服から滑り落ちた生徒手帳…どうやら一種の身分証らしきそれをぱらぱらと捲り中身を覗き見る。
それがこの子、意図してじゃないだろうけど絶体絶命のピンチを救ってくれた恩人…私を召喚した少女の名前らしい。
(魔王の私が誰かの使い魔になるなんて、ほんとはあり得ないけど…)
今回だけ、特別なんだから。
魔法が効いてきたのか、呼吸が安定しスヤスヤと安らかな寝息をたてはじめた少女たち。
「日野咲 結衣…。 日野咲…いえ、結衣ね」
かわいい寝顔を見せるご主人様の隣に腰を下ろし、私はこれから始まるであろうこの世界…異世界での新たな生活に思いを馳せた。
(この世界で使い魔として力をつけて、絶対に助けるからね…みんな…! )
レイナとクロエに倒された事で力を失い、今は私が身に着けている魔王石で深い眠りについている配下の…いえ、私の大事な家族の顔を思い浮かべながらそう決意する。
魔王である私が力をつけより一層強大な魔力を手にすれば、人型を失い眠りについたあの子たちを再び目覚めさせることだって出来る筈だ。
その為に、私はこの世界で結衣…彼女の使い魔として力を蓄える。
「偶然でも…借りた恩は返さなきゃだしね」
(何時までになるか分からないけど…。 これからよろしくね、結衣…♪ )
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