第16話 勘違い
ウェイニーとの模擬戦以来、学校中の僕をみる目が変わった。
簡単に言えばモテモテになったのだ。
模擬戦では黄色い声援が飛び交い、廊下を歩けばキャッキャと騒がれる。
夢にまで見た、モテライフだ!
僕は、これからの学園生活が一変するものだとばかり思っていた。
でも……。
何も変わらなかった。
ユイナの婚約者で、ウェイニーに匹敵する実力を示した僕は、変に神聖視され、誰も積極的に話しかけてくれようとはしなかった。
つまり……話しかけたくない人から、話し難い人に変わっただけだった。
「あははは! いいざまね、お兄ちゃん」
僕のベッドの上で、足をバタつかせお腹を抱えて笑うユア、とても嬉しそうだ。
「なんとでも言ってくれ」
「まあでも、良かったんじゃない? 本当にモテモテになってたら、ユイナ様がめっちゃくちや不機嫌になってたと思うよ?」
そう言う意味では良かったのか。
「でも、ユイナ様、内心面白くはないはずだよ?」
「なんで?」
「そりゃ、婚約者が隙あらばと、色んな女の子に狙われてると思ったら、良い気はしないもん」
「そんなものか……」
「そんなもんだよ、お兄ちゃんも、ユイナ様の人気に拗ねてたじゃん」
え……なんでコイツ知ってんの……エスパーか。
「ユイナ様はさ、色々頑張ってお兄ちゃんのフォローしてたけど、お兄ちゃんは全然でしょ?」
……どこまで知ってんのコイツ。
「でも、僕はユイナの事をちゃんと……」
「ユイナの事をちゃんとなに?」
「す……」
「す?」
「つーか、なんでお前にそんなこと言わなきゃなんねーんだよ!」
「でも、ユイナ様なら言えると思うな……」
う……確かに、ユイナなら言いそうだけど。
「ほら、言ってみ?」
「言わねーよ! なに上手く誘導してんだよ!」
「器の小さな男だな〜」
器の……まあ、否定はできないけど。
「つーか、何しに僕の部屋に来たんだよ! 笑いに来たのか?」
「そうだよ! だから笑い事で済む間に、ちゃんとユイナ様のフォローしときなよ?」
ん……ユア……もしかして、僕とユイナのことを心配して?
「じゃ、また寝る時ね!」
我が妹ながら食えないヤツだ。
——ユアが部屋を出て行った後、僕は気になってユイナの部屋を訪ねた。
コンコン「ユイナ入ってもいい?」
「どうぞ」
部屋に入るとユイナは窓から外を眺めていた。その瞳は何か物悲しそうでもあった。
「何か見てるの?」
「いいえ、何も見ていませんよ」
こっちに振り返ったユイナは、いつもの笑顔を僕に向けてくれた。
「ウィルはどうしたのですか?」
ユアに言われた事が気になって来たんだけど……何でも馬鹿正直に話せばいいってもんじゃないよな。
「何でもないよ、ただユイナと話したかっただけだよ」
……ユイナはきょとんと僕を見つめたかと思うと、直ぐにジト目になり、
「ウィル……本当はユアさんに言われて来たのでしょう?」
全てお見通しのユイナだった。
「いや、そんな事はないよ、僕はただ……」
「良いのですよ、気を使わなくても」
たじろぐ僕を見てクスッと笑うユイナ……なんか敵わない。
「丁度良かったです。私はウィルと2人っきりになりたいと思っていたので」
2人っきり……そう言えば最近いつも誰かが居て、2人っきりになれるのは久しぶりだ。
「ウィル」
僕に寄りかかるように、身体をあずけるユイナ。
ちょっとドキッとした。
「私は不安です」
やっぱり、ユアの言った通りなのか?
「大丈夫だよ、ユイナ」
浮かれてる場合じゃなかったな。しかっり支えてあげないと。僕はユイナの肩を抱き寄せた。
「本当でしょうか」
あれ……疑われてる?
「本当だよ、何も心配しないで」
「……ありがとうウィル……でも、やはり不安です」
……僕ってそんなに信用ないのかな……確かにちょっとエッチなところはあるけど、それは年頃の男の子だから仕方のない事だし。
「そんなに不安?」
「はい、不安でなりません」
ド直球……。
「そんなに僕のことが、心配?」
ユイナは頬赤くして僕を見つめた。
「当たり前じゃないですか……とても、心配です」
ガァァァァァァーン!
信用ゼロ宣言……カレン先輩やジーンやセリカに攻められて、たまに、嬉しくなって、たまに心が揺れるけど、それでも僕の1番はユイナだ。
「私達……これからどうなって行くのでしょうか」
え……これからって……僕達、婚約者だよね?
この先にあるのは結婚だよね?
「だ……大丈夫だよ、困難はあるだろうけど、必ず打ち勝ってみせるよ!」
「ウィルなら出来るでしょうね、でも私はそんなに強くありませんので……自信がありません」
なに? どう言う事? 耐えられないって事? ユイナが僕から離れるって言う事?
悲しくなって涙が一筋頬を伝った。
「ウィル……どうしたのですか?」
その様子を見てユイナは戸惑っていた。
「だって……僕、ユイナと離れたくない」
「ウィル……」
「確かに僕はバカで優柔不断なところもあって、頼りなく感じるかも知れない。
皆んなが、僕に声援を送ってくれるのも、僕の事を噂するのも、正直嬉しい……でも、僕の心にはユイナしか居ない!
だから不安とか心配とか言わないでよ……自信がないとか言わないでよ!
僕が好きなのはユイナだけなんだ!」
僕は泣きじゃぐりながら、思いの丈をぶつけた。
「ウィル……」
ユイナは何も応えなかった。
でも、しばらくすると「プッ」と吹き出してから、声を上げて笑いだした。
え……なんでそんなに笑うの?
僕が真剣になるのって、そんなにおかしい?
「ありがとう、ウィル……とっても嬉しいです……でも腹立たしくもあります」
嬉しいのに腹立たしい……僕の想いは腹立たしいの?
「ウィル、何を勘違いしるのか知らないですけど、私の気持ちを疑っているでしょ?」
え……。
「私が話していたのは、お父様の勅命の事ですよ? この勅命の裏には、きっと何かあるはずなのです」
「へ……」
「ウィルは私の気持ちが離れていくと思いましたか?」
言葉とは裏腹に上機嫌なユイナ。
「まあ、そのおかげでウィルの本音が分かりましたけどね」
か……勘違い。
そして、頬を赤らめモジモジしながらユイナは続けた。
「ウィル……私もあなたが好きですよ。その気持ちを疑うなんて、悲しい真似はしないでくださいね」
「ユイナ、僕……」
「バカですね、ウィル」
ユイナは僕をぎゅーっと抱きしめてくれた。
一瞬でもユイナの事を疑ったのだ。本来なら反省すべき事だ。
でも僕は、反省するよりも先に、ユイナに抱きしめられて安心した。
ユイナに比べると僕はまだまだ子どもだ。
……それはそれとして……僕、今めっちゃ恥ずかしいこと言ったよね。
ユイナに見捨てられるんじゃないかと思って、必死だったよね。
今度は恥ずかしさで悶えそうになった。
「ウィル、私、今夜のことはずっと忘れません」
ごめんユイナ……できれば忘れてほしい。
切に願う僕だった。
***
——そんなこんながありながらも、ユイナが心配するベスト8が勅命の学内序列トーナメントが始まろうとしていた。
今年は、全校生徒512名が参加で8ブロックに分かれてトーナメント形式で行われる。
ベスト8に残る為の条件はブロック優勝。
そしてブロック優勝を勝ち取るために必要な勝利数は6だ。
Aブロックにはカレン先輩、
Bブロックにはニナ、
Cブロックにはウェイニー、
Dブロックにはユイナ、
Eブロックにはセリカ、
Fブロックにはジーン、コッツエン、
Gブロックにはユア、
Hブロックには僕。
示し合わせたように各関係者が分かれて配された。まあ、学園長も陛下もずぶずぶだから当たり前っちゃ当たり前だけど、事情を知る僕からしたら露骨すぎる。
更に露骨なことに、僕のブロックには、
学内序列1位のラーフラ、
序列5位のゼルド、
序列6位のフェイミン、
序列7位のサージェシカ、
序列8位のドライド、
序列10位のネイネル、
学内序列上位が揃い踏みの激戦ブロックとなった。しかも組み合わせを見ると、上位全員に勝利する必要がある。
全部勝つと仮定すると今日4試合、明日2試合のハードスケジュールだ。
……組み合わせが操作できて、ベスト8を勅命にするのなら、もう少し配慮してほしい。
ちなみに各ブロックは会場が分かれているため、皆んなと会うのは昼休みだ。
「——君が私の対戦相手の、ウィルだね」
誰だこの美少女は?
青いショートヘアーで猫目で色白の超絶美少女……胸は少し残念だけど、嫌いじゃない。
「ど……どこ見てんだよ! 君は!」
「いえ、どこも……」
まな板をガン見していたのがバレてしまった。
「今、まな板だとか思っただろ!」
「思ってないですって……」
な……何でバレたんだ。
「ちょっと模擬戦でウェイニー様といい勝負したからって、調子に乗らないでよ! 君みたいな女の敵は、学内序列7位のサージェシカが、ぎったんめったんに、やっつけてやるんだから! この変態!」
彼女が無い胸を押さえながら『変態』と罵った事で、周りがざわつき始めた。
「え、サージェシカの胸いったの?」「あいつマニアックだな!」「マジか!」「ロリか! ロリ!」
……容赦のない周りの口撃に晒されたてダメージを受けたのは、僕よりもサージェシカだった。
「うっっっっ……」
……何かごめん。
「ウィル!……絶対許さないからね!」
サージェシカは半ベソかいて去って行った。
身に覚えのない怨恨を受けたところで、いよいよ一回が始まるのだった。
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