第15話 模擬戦

 久しぶりの教室で僕は困惑する事になる。


「ウィル大丈夫だったか?」「ウィルもういいの?」「ウィル傷の具合はどう?」


 教室に入るなり、クラスメイト達が僕に、心配の声を掛けに集まって来たからだ。


 今までも任務で、このぐらいの期間なら休む事はあった。でも、こんな風に声を掛けられたのは初めてだ。


 やっぱり、怪我ともなると事情が違うようだ。


 因みにこんなにも沢山のクラスメイトに声を掛けられたのは初めてだ。


 キモいとか言われたり、凍りつくような視線を向けられることもあるけれど、こうやって心配してもらえると、なんだか心が温かくなる。


「ねえウィルって王国の至宝様に助けてもらったんでしょ?」


 え……僕が助けられた?


 そんな話しになってるの?


「あ、うん、そうだね」ある意味間違っていないから否定はしなかった。


『『キャ————ッ!』』『『うぉ————っ!』』


 でも僕のこの返事によりクラス中大騒ぎになった。


「ねぇウィル、どんな顔だった? やっぱイケメンだった?」「聖魔法使いって本当?」「優しかった?」「何歳ぐらいだった?」「やっぱめっちゃ強いんだよな?」「ドラゴンゾンビを1人で倒したって本当?」


 ……こ、これは。


 ……皆んな僕の心配をしていた訳じゃなくて、王国の至宝について知りたかっただけのようだ。


 ……まあ、そんな簡単に人の評価が変わるわけないか。


「はいはいそこまで!」


 セリカがパンパンと手を大きく鳴らして、僕への質問攻めを制止してくれた。


「ウィルはまだ病み上がりなんだから、そこまでにしてあげて」


「あ……そうだったな」「ウィルごめん」「ウィルすまない」「また教えてね」


 セリカの一言で、クラスメイト達は席にもどり、僕は平常運転に戻った。


 と、思ったらウェイニーとユイナの姿が見当たらなかった。ユイナは学校まで一緒だったから席を外しているだけなのだろうが、ウェイニーはどうしたのだろうか。復隊したのだろうか。


「ねえセリカ、ウェイニーって最近来てないの?」


「うん、あの日から来てないね」


 魔族の事もあるしな……根っこの部分はともかくとして、事件は一旦解決した。


 ウェイニーが復隊していても何ら不思議はない。


 なんて考えていると、担任のネイサンに伴われユイナ、ウェイニーが教室に入ってきた。


 時を同じくして、始業のチャイムがなった。


「ご主人様、ご無沙汰しております」


 ウェイニーは自分の席に着く前に、いつもながらの堅苦しい挨拶を交わしてきた。性格はアレだが、こう言うところはキッチリしている。


「ああ、久しぶり、ウェイニーは大丈夫だった?」


「自分は問題ない……それよりも、ご主人様が大変な時に側に居れなくて、本当にすまない」


「気にしなくていいよ、そっちも大変だったろうし」


「ご主人様が命を張って皆を助けたと言うのに、自分は……情けない……」


 ウェイニーの一言でにわかに教室がざわつき始めた。


「え……ウィルが命を張ったってどう言う事?」「命を張ったのは王国の至宝だよね?」


 情報統制は解けているとは言え、実力を隠せと言われたばかりだ、僕の正体はバレない方がいいんだよね?


「ウェイニー、始業のチャイムは鳴っていますよ」


 そんなウェイニーをユイナが笑顔で静止した。


「あ……すまない」


 ユイナの助け舟は効果的面だった。ウェイニーは大人しく席に着き、クラスのざわめきも収まった。


 ウェイニーがたじろいだユイナの笑顔。


 あんな怖い笑顔は初めてみた。


 


「ねえ……もう、先生話していいかな?」


 笑顔が引きつるネイサン先生。


 この笑顔もなかなかに怖い。


 ていうか何かごめんなさい。




「——昨日お話しした通り、今日は来月行われる学内序列トーナメントに向けた、模擬戦を行います。対戦相手は昨日決めた通りです」


 模擬戦? そんな話し聞いていないけど……って授業にきてなかったからだけど。


「休んでいたウェイニーさんは同じく休んでいたウィルと一緒でいいかな?」


 僕には聞かないんだ。


「ああ、問題ない。ご主人様とはもう1度対戦したいと思っていたところだ」


「え……もう一度対戦?」「2人は戦った事があるの?」「どう言う事?」


 ウェイニーの言葉でまた教室がザワつき始めた。


 ウェイニー……地雷踏みすぎだよ。


 ——そして、さっそく闘技場に移動し生徒同士の模擬戦が行われる運びとなった。


 魔法学院の闘技場は特殊な結界が施されており、滅多な事で壊れる事はない。


 因みにユイナの対戦相手はジーンで、セリカの対戦相手はコッツェンだった。


 模擬戦の目的は勝敗ではなく、対戦から見えてくる傾向とその対策だ。


 昨年の成績が奮わなかった生徒の中にも、目を見張るほど実力を身につけている者もいる。


 その最たるものがセリカだ。


 この模擬戦ではコッツェンを圧倒していた。


 さすが、頑張り屋さんだ。




 ——そして、いよいよ僕とウェイニーの出番がやってきた。


「ご主人様、本気で行かせてもらうぞ」


 ウェイニーは凄く楽しそうだ。僕は不安しかない……つーか、一応病み上がりだからね。

 

「ウェイニー様、頑張って!」「ウィルなんかコテンパンにやっつけちゃって!」「ユイナ様の隣を歩けないぐらいボコしてやって!」


 だから一応僕は病み上がりなんだし……ウェイニーの人気と、僕の人望の無さが露骨に現れた声援だった。こんな僕でも一応傷付くってことを知ってほしい。


「はじめっ!」


 そんな僕の気持ちを置き去りにして、ネイサン先生の合図で模擬戦が始まった。


 直後、ウェイニーは濃密な魔力を放つ……。


「……凄げー魔力だ……」「こ……こんな魔力」「……圧に押し潰される」


 クラスメイトはウェイニーの魔力に圧倒されている。言葉通りウェイニーは模擬戦なのに本気のようだ。


 つーか……魔力に冷気が混じり、かなり肌寒い。


「行くぞご主人様! アイスランス!」


「アイスランス?」「なんだあの数!」「大きすぎる!」「新種の魔法じゃないの?」


 クラスメイトはウェイニーのアイスランスに大騒ぎだ。僕も初めて見たときは度肝を抜かされた。


 それよりもあのバカ、いきなりなんて大技を……って、これ、僕が避けたら死人が出るんじゃない?


 くそっ仕方ない。


「黒炎龍!」


 僕が放った黒い炎の範囲魔法、黒炎龍とアイスランスがぶつかり、闘技場は白い煙に包まれた。


「お……おい、何だ今の何?」「黒い龍がアイスランスを包み込まなかった?」「今の魔法?」「誰がやったの?」「ウィルしかいないだろ?」


 そう僕だ……アイスランスが放たれる前に闇魔法『黒炎龍』で、アイスランスを飲み込んだのだ。


「甘いぞ、ご主人様!」


 二つの魔法がぶつかり発生した、白い煙の中からウェイニーが飛び出してきた。手には氷魔法を纏っている。肉弾戦をお望みのようだが……。


「ダークレイン!」


 僕は闇魔法の雨でウェイニーを迎撃する。しかしウェイニーは「アイスウォール!」すんでの所で氷魔法によるバリアーを展開し、バックステップで距離を取り体勢を立て直そうとする。


 だが僕はこの隙を逃さず一気に、ウェイニーとの距離を詰め、闇魔法を凝縮した、ダークブレイドで斬りかかった。


「もらった!」そう思った刹那、ウェイニーは氷魔法を凝縮した剣でダークブレイドの斬撃を防いだ。


「みくびってもらっては困る、自分もあの時のままではないぞ……」


 ……正直驚いた。魔法を凝縮して実体化させるのは地味に難しい。コッツエンが以前炎を実体化して見せたが、あれも中々の高等技術なのだ。それをこの短期間で、剣として実体化させるとは。


「流石だな、ウェイニー!」


「当たり前だ、誰に物を言っているのだ? 第一魔法師団団長は伊達ではないぞ!」


 ネイサン先生もクラスメイトもぽかんと口を開けて静まり返っていたが、時間が経つにつれ……。


「な……なあ、今の見たか?」「いや見えなかった……」「早すぎる!」「2人は何をやったの?」「ウィルってこんなに強かったの……」


 徐々に驚きの声があがり始めた。


「どうしたご主人様、まだまだ魔力が寝ぼけているではないか。自分の事をなめているのか?」


 ウェイニーのやつ……だから模擬戦だって……しかも病み上がりなんだって。


「なら、本気を出させてやろう!」


 そんな僕の想いは、ウェイニーに届かず、ウェイニーはさらに魔力を高めた。


 闘技場全体の空気が震える。


 実戦じゃないんだぞ……こんなバカでかい魔力、学園長のテリトリーがあるからいいものの、普通の闘技場なら持たないぞ……。


 どうする……僕も力を解放するか?


 ……でも、実力を隠す必要がある。


 とは言え、ベスト8が厳命だ。今力を解放しようが本番で解放しようが、結果は同じ。


 ん……。


 いや違うな……解釈違いなんじゃないか?


 闇魔法オンリーなのは実力を隠すためじゃなくて……手の内を隠すためなのでは?


 学園長も陛下も僕が闇魔法を得意とするのは知っている。


 それならカレン先輩のことも納得がいく。


 まあ、どちらにしろ、このままじゃウェイニーは収まらないだろうし、やるしかないんだけど……。


 よし!


 僕もウェイニーに合わせ魔力を高めた。


「くっ……」


 僕たちの魔力の衝突で、闘技場全体が震える。


「なんだ! これは!」「ダメ! 目が開けてられない」「うぐぐっ」



 ウェイニーが目を丸くして驚いている。


「こ……これがご主人様の実力……」


「ウェイニー、僕をなめてるのか? まだまだこんなもんじゃないぞ?」


「ま……まさか、その上があるというのか」


「試してみるか?」


 なんか楽しくなって来た。こうなったらとことんウェイニーにつきあってやる。


「くっ……」


 僕が魔力を更に高めようとしたその時「そこまでです!」


 ユイナが僕とウェイニーを静止した。


「ウィル、ウェイニー……限度を知りなさい……そして、周りを見なさい」


「「あ」」


 ユイナの言葉通り周りを見ると、僕とウェイニーの魔力に当てられて、クラスの皆んながグロッキー寸前だった。


 こんな狭い空間で、大きな魔力同士がぶつかったもんだから、その波動で酔ったのだ。


「あ、じゃありませんよ! 2人とも少しは自重しなさい! いいですね!」


「「はい……」」


 この後、僕とウェイニーはこっぴどくユイナに叱られた。

 

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