第8話 衝撃
ユイナがギュスターヴ家に来てから僕の暮らしは一変した。姫の生活水準をギュスターヴ家に持ち込まれたのもあるが、そんな事よりも、もっと直接的な影響を与えたのは……。
夜だ。
毎晩、ユイナが1人では眠れないと僕の部屋を訪れるのだ。
まあ一応婚約者だし、そのこと自体は可愛らしくもあり、喜ばしい事なのだが……問題は……。
何もできないのだ。
王家のしきたりで、婚約中の男女は行為に及んではいけない、お触りは勿論の事、キスもダメなのだ。
……なんだそのしきたりは。
しかも……。
ユイナは脱いだら凄かった。
国王曰く『ぷにゅんぷにゅんのぱいんぱいん』のボディーは伊達じゃなかった。
誤解が無いように先に言っておくが、脱いだらと言っても裸ではない。
ネグリジェだ。下着姿だ。
とはいえ、下着姿の女子と毎晩同じベッドで寝いて、何もできない状況を想像してみて欲しい。
毎晩生殺しだ。
そして、更に僕を悶々……じゃなかった、悩ませたのが、ユアだ。
僕がしきたりを破らないように監視すると言って、毎晩ユイナと僕のベッドに潜り混んでくるのだ。
もちろんネグリジェで……。
話はそれだけで終わらない。
ある日突然、ユアがネグリジェを新調したと言って露出の多いネグリジェに変えてきたのだ。
これが地獄の始まりだった。
それに対抗したのか、翌日にはユイナが、ユアのネグリジェの露出を更に上回るネグリジェに変えてきた。
その翌日、ユアはネグリジェ自体着ず、下着姿に。
そしてユイナも下着姿に。
そして今では……極限まで布面積を削った下着姿で、ユイナとユアは毎晩僕の両隣にいる。
僕の事を羨ましいと思う者もいるかもしれないが、それはこの先があってこその話だ。
ユイナにはしきたりで何もできない。
ユアは妹。
つまり、どちらに手を出しても僕の人生は終わってしまうのだ。
まあ、ユアに関しては今でも十分アウトだと思うが、強く当れない自分がいるのも確かなのだ。
そして常にユイナは僕の
そんなわけで僕は、ユイナがギュスターヴ家に来てから、ずっと悶々を抱えたままいるのだ。
いつか爆発しそうで怖い。
***
「ウィル最近、顔色悪くない?」
ユイナと一緒に暮らし始めてからもニナは毎朝僕を迎えに来てくれている。
「最近寝不足で……ちょっと」
「またヒーリングやってあげようか?」
それは助かる。根本的な解決にはならないが急場はしのげる。
ちなみにヒーリングとは、傷などを治療するヒールを微量で長時間かけ続け、体の疲れを抜く方法だ。
「助かるよ……お願いしようかな」
「ウィル、ヒーリングなら私もできます。今晩やってあげますよ?」
今晩……あの下着姿でヒーリングとか……ユイナの申し出は嬉しいが、絶対僕の理性が持たないよ。
「ちょっと待って、お兄ちゃん。そもそも寝不足ってどう言う事? 毎晩ぐっすり寝てるよね?」
それは毎晩早く目をつぶって、少しでも刺激を和らげているだけで……。
「それもそうですね」
「ちょっと待って、なぜウィルがぐっすり寝ているって2人が知ってるの?」
あ……。
「ユアとユイナ様で、毎晩お兄ちゃんを癒してあげてるからだよ」
ちょっおま……それ……。
絶対わざとだ。ユアがすごく悪い顔をしている。
「ふーん、毎晩……何して癒してもらってるのかな?」
最近の聖女様は、笑顔が超絶が怖い。
「いやあ、僕はすぐ寝ちゃってるから分かんないな……」
「……ウィル……寝不足じゃなかったの?」
墓穴を掘りました。
「いや……その……それは」
朝っぱらから無駄に消耗した僕だった。
——学園に到着すると、ジーンが校舎の影から僕を手招きしていたので、皆んなと別れてジーンの元へ向かった。
「ウィル、よく来ましたわね」
今日も少し不機嫌なジーン。
「おはようございます。今日は何かありましたか?」
「これですわ」
ジーンが指さしたのは地面に落ちたハンカチだった。
「拾いなさい」
最近はずっとユイナと一緒だったから、このくだりも久しぶりだ。
僕がハンカチを拾おうとすると。
「この変態は地面に這いつくばってまで、わたくしの足が見たいのですか?」
久しぶりに罵倒された。
「はい、どうぞ、もう落とさないでくださいね」
そしてハンカチを手渡すと……。
「また落ちたましたわ、拾いなさい」
「えぇぇ」
なんだろう……このくだりが懐かしくで安心する。
「嫌ですの! 嫌ですの! 私の足を見たくありませんの!」
「見たいです! もっと見せてください!」
他に誰もいなかったので、今日は本音をぶちまけてみた。
するとジーンは少し戸惑いながらも顔を赤くして……。
「し……仕方ないですわね……少しぐらいなら見せてあげますわ」
スカートをほんの少しだけまくり上げて、足を見やすいようにしてくれた。
うん……なんかすごくドキッとした。
背徳感が半端なかった。
取り敢えず、ハンカチを拾い、ジーンに手渡た。
今日はパンツもガン見したが、ジーンは赤面するだけで僕を罵倒しなかった。
今日はピンクだった。
ほっこりした気分でジーンと2人で教室にもどると、そんなほっこり気分も吹き飛んでしまうような衝撃的な知らせが舞い込んできた。
ウェイニーが団長の任を解かれ、除隊処分となり、その後の行方が分からないと言うのだ。
ウェイニー……きっと、僕の命令を無視してジェイク侯爵に上申したんだ。
甘かった……。
僕はウェイニーを見誤った。
ウェイニーならきっと性癖に抗えないと思っていたのだが、思ったよりも
こんな事になるなら、王都まで僕もついていくべきだった。
ジェイク……。
とても腹立たしい……特務隊が私情に流されてはダメだが、今すぐヤツをぶちのめしてやりたい気分だ。
——だが、この後のホームルームで僕の怒りも吹き飛んでしまうような出来事が起こった。
「今日からこの学園で世話になる、ウェイニー・サディスだ」
なんとウェイニーが僕のクラスに転入して来たのだ。
え……どゆこと……ジェイクにやられたんじゃなかったの?
そもそも年上じゃなかったの?
王国中にその名が轟くウェイニーが転入してきたことに、教室が騒めく。
そして、ウェイニーは僕と目が合うと、ツカツカとこちらに歩みをすすめてきた。
そして、ユイナの時と同じように、セリカの前に立った。
嫌な予感しかしない。
「おいお前、席を譲れ」
「え、……私ですか?」
ウェイニーが僕を見下ろす。
「そこにいる、ウィル殿は自分の……ご……ご主人様なのだ」
『『えええええええええええええっ!』』
嘘やん……それ言っちゃだめって言ったよね?
クラス中に衝撃が走る。
「私はもう……ご主人様なしでは生きていけない身体にされてしまったのだ」
伏し目がちに頬を赤らめるウェイニー。
えーと……もう勘弁して下さい……。
『『えええええええええええええっ!』』
さらにクラス中に衝撃が走る。
「分かったら早く席を譲るのだ」
セリカは肩をプルプルと振るわせている。
「ちょ……ちょっと待ってウェイニーさん……その前にウィル!」
「は……はい」
「これは、どう言うことなの? あなたユイナ様と婚約しているのに……なんでウェイニーさんとそういう関係になっているの?」
「……セリカその件は」
すかさずユイナがフォローに入ってくれようとするも……。
「ユイナ様は黙っていて下さい!」
「……はい」セリカの気迫に気圧されるユイナ。僕のせいで、なんかごめん。
「ウィル、答えて?」
答えてって言われても……。
「セリカ殿、あなたは何か勘違いをされているようだ」
ウェイニー……僕は君が口を開くたび……嫌な予感しかしない。
「私のこの身は全てご主人様に捧げているのだ、我が身をどう扱おうがご主人様の自由なのだ。私の一生はご主人様に尽くすためのみにあるのだ。私はいわばペットなのだ」
ウェイニーの言葉にクラス中に衝撃が走り……みんなドン引きした。
「うん……分かった。席譲るね」
ウェイニーは王女でも譲ってもらえなかった席を見事にゲットした。
「ウィル……ごめんね……もう付き合いきれない」
僕にはセリカを止めることができなかった。
僕は学園で唯一の癒しを失った。
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