第6話 絶対零度の魔女と王国の至宝

 ウェイニー団長……対峙すると中々のプレッシャーだ。


 こうしている間にも、どんどん魔力が膨れ上がってきている。さっきゴーレムを倒した時は全然本気じゃなかったんだ。


 大気が震えている。


 ……なんてエナジーだ。もしかしてドラゴンクラスでも単身で倒せるんじゃないだろうか。


「ウィル・ギュスターヴ……ひとつ提案がある」


 ……そんなに物騒な魔力をまとって、何の提案だよ。


「大きな声では言えぬ。もう少し近くに来い」


 ……何だこれは……罠か?


 でも、あの様子だと、ウェイニー団長は僕の実力を知らないはずだ。小細工をする必要がない。


 僕はウェイニー団長に近づいた。


「もっと近くだ」


 言われるがまま、目の前ぐらいまで近付いた。


 するとウェイニー団長は事もあろうか「フッ」っと僕の耳に息を吹き掛けた。


 僕は思わず「はうっ……」声を上げてしまった。


 な、な、な、な、な、何考えてんだ? この女?


「ハァハァ……やはり良い感度だな……」


 ウェイニー団長はダメなモードになっていた。


 もしかして……このために魔力が上がったとか言わないよね?


「ウィル・ギュスターヴ」


 何だろう……不安しかない。


「自分のペットになれ」


 ……もうヤダこの人。


「そうすれば、命だけは助けてやる。悪い条件てはなかろう?」


 ……何も言えねー。


「貴様の働き次第では……たまにご褒美をやっても良い」


 働き……ご褒美……なにそれ。


 もしかして……あんなことや、こんなこと?


 こんな美人と?



「……」



 僕は天を仰いだ。


 くそっ……魅力的な提案じゃないか……。


 あのナイスバディーをむさぼるのが仕事なんだろ?




 くそっ!



 でも……。



 でも……。




 でも僕は、Mじゃない!



 だから、残念だけど……。



 この提案は受け入れられない。




「だが断る!」語気を強めて言ってやった。


「な……なんだと?」


 ウェイニー団長が片膝をおった。


 うん? もしかしてダメージを受けてる?


 僕は続けて言ってやった。


「何を言ってるんですか、このメス犬は」


「はうっ……」


 崩れ落ちるウェイニー団長。


 やっぱり思った通りだ。


 この人……打たれ弱い。


「そ……そんな目で自分を見るな!」


 そして、極フリしたSであり、極フリしたMでもあるのだ。


 僕は続けた。


「ウェイニー団長って……本当にどうしようもない変態ですね」


「あうっ……」


 ……面白いぐらいダメな人だ。


 もしかして……このままウェイニー団長を調教出来るのでは?


 僕は罵った。


 あらん限りの言葉を並べて罵った。


 ウェイニー団長はどんどん従順になって行った。


 行ける、このままウェイニー団長を調教出来る。


 だが僕は、後一歩というところで致命的なミスを犯してしまった。


「本当、ウェイニーさんてドMバカ女ですね」


「……」


 ウェイニー団長はうつむいて、肩をプルプルと震わせている。


「ば……バカだと……」


 え……地雷踏んじゃった?


「今バカと言ったか?」


 もの凄い形相で睨まれた。


「バカといったのか!」


 あまりの迫力に気圧されてしまった。


「バカはダメだ……バカはダメなんだ!」


 いや、本当に怖い……なにこの人。





「バカは悪口だ! 愛がない!」




 

 あ……愛。


 

 なんかもう……面倒くさくなってきた。


 だがそうも言っていられない状況になった。



「コキュートス!」


 ウェイニー団長がブチ切れて、禁呪をぶっ放してきたのだ。


 この魔力でコキュートスなんかぶっ放されると、辺り一帯か氷漬けになってしまう。



 僕も仕方なく対抗した。



 禁呪で。



「インフェルノ!」 





「ズゴゴゴゴゴゴォォォォ————ン!」


 視界が完全に真っ白になり、この世のものとは思えない轟音が響く。


 光が止むと、2つの大きな魔力がぶつかった衝撃で、辺りの木々は吹き飛び、上空から雲が消えていた。




 一応ここ……学校だから色々遠慮して欲しい……。




「ば……バカなインフェルノだと……」


 ウェイニー団長は僕のインフェルノに驚いていた。そんな事よりもこの惨状に驚いて欲しい。


「バカはテメーだよ! なに学園で禁呪なんかぶっ放してんだよ!」


 ウェイニー団長の表情が沈んだ。


 もしかして、反省してくれたのか?


「……バカ……バカ……またバカって言ったな!」


 また、肩をプルプルと震わせている。全然ちがったようだ。


「アイスランス!」


 アイスランス……本来は1本の巨大な氷の槍で相手を貫く、一撃必殺の技だ。


 だがそれもウェイニー団長クラスになると……無数の氷の槍になる。


 僕もこんな数のアイスランスを見たのは初めてだ。


 だが……。


「ホーリーレイン!」


 ユイナがリッチ戦で使った、ホーリーレインで、なぎ払った。


「ば……馬鹿な……ホーリーレインだと?」


 テンプレのような驚きと戸惑いを見せるウェイニー団長。


「何者だ……貴様何者なのだ?」


「見たまんま、どこにでもいる普通の魔法学園の学生だよ」


「ふ……普通の学生がインフェルノなんか使えてたまるか!」


 ウェイニー団長は魔力を帯びた剣を抜き、僕に斬りかかってきた。


 速い! 魔法だけかと思っていたが、剣術も中々のものだ。


 僕は聖魔法を凝縮した光の剣、ホーリーセイバーで、対抗した。


 突如現れたホーリーセイバーに、団長は目を丸くして驚いていたが、斬り込みの鋭さには一切影響がなかった。


 ヒリヒリした攻防が続いた。


 真面にやり合ってはラチがあかない。


「くそっ、貴様はなんでこんなに戦えるんだ!」


 それは、僕のセリフだ。

 

 ウェイニー団長は、この間を嫌ったのか、バックステップで大きく距離をとった。


「……貴様……まさか、噂に名高い『王国の至宝』ではあるまいな?」


 ここまでやって、もう隠す意味もない。


「……そう呼ばれていた事もあったかな?」


 目を丸くして驚くウェイニー団長。


「……ははっ……まさかな……ずっと会いたかった相手にこんなところでお目に掛かれるとはな」


「光栄ですよ。あなたのような美人にそう思われて」


 ウェイニー団長が、少しだけ赤面した気がした。


 もしかしてチョロイン属性も持ち合わせているのか?


「だが、分からん! 何故貴様ほどの男が、あんな小細工を弄してまで姫を狙ったのだ!」


「いや、だから僕じゃないって何回も言ってるじゃん」


「え、聞いてないよ……姫は貴様のことを庇っていたけど、貴様は一回も否定していなかったぞ。むしろ『はい——っ?』と受けごたえしていたではないか」



 ……あれ?



 ……ちょっと記憶を辿ってみよう。





「……」





 ノォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!





 本当だ……確かに一回も言っていない。

 


 痛恨のミスだ!



 っていうか、普通分かるだろう!



「もう、そんな事はどうでも良い、決着をつけよう」


 どうでもはよくない……でも、決着をつける事には賛成だ。


 ユイナ達が気になるし、コキュートスをぶっ放したお仕置きをしなくちゃならない。


「行くぞウィル!」


 ウェイニー団長はアイスバレット、無数の氷弾で目眩しをしつつ斬り込んできた。


 だが、このレベルの戦いで、その選択は間違いだ。


 魔法に意識が集中したウェイニー団長の剣筋が乱れた。


 僕はここぞとばかりにウェイニー団長の剣をへし折り、喉元にホーリーセイバーを突きつけた。


 あっけなく勝負がついた。


「終わりですよ」


 僕を睨み付けるウェイニー団長。


「……くっころ……」


「殺しません」


「……私の負けだ……好きにするがいい」


 す……好きにするがいいだと……。


 僕はこの一瞬で色んなことを考えた。


 あんなことや、こんなこと、まさに男のロマン。


 ……でも、今じゃない。


 だからと言って、ただ見逃すこともできない。


 当初の予定通り、お尻ぺんぺんだ。


「では、お仕置きをさせていただきます」


「お……お仕置きだと……ハァハァ」


 ダメだこの人……喜んでる。


 お尻ぺんぺんとか、ご褒美になるのではなかろうか……。


「……取り敢えず、四つん這いになってもらえますか」


「はっ はひ!」


 ウェイニー団長は素直に四つん這いになった。


 こんな時まで性癖全開とか……僕はだんだん腹が立ってきた。


「何でこんな場所で禁呪なんか使ったんだ、このクソバカ女!」


「バ……バカだと……バカは「もういい!」」


「僕は冗談で言ってるんじゃないんだ。下手したら皆んな死んでたんだぞ? 分かってるのか?」


 ウェイニー團長は泣きそうな顔になり無言でうなずいた。


「国民を守る魔法師団、その団長がバカって言われたぐらいで冷静さを欠いてどうする!」


 ウェイニー團長は無言でうつむいていたまま、肩を震わせていた。


 これは反省したであってるよね?


 さっきはここで逆上してきたから、油断大敵だ。


「そんなバカにはお仕置きだ!」


 そして僕はいよいよ、ウェイニー団長のお尻を思いっきり引っ叩いた。


「パチィ——————ン!」


「はうぅ……」


「パチィ——————ン!」


 何度も引っ叩いた。


「パチィ——————ン!」


「はうぅ……!」


 そして2度と大勢の人の居るところで禁呪を使わない約束と、バカと言われたぐらいでブチギレない約束をさせた。


 お仕置きが終わる頃には、ウェイニー団長は恍惚こうこつの表情を浮かべていた。


 つか、こんなことをしている場合じゃなかった。


 ……ユイナが心配だ。


「ウェイニー、命令だ、ユイナのところに案内してくれ」


「はい……ご主人様」


 そしてウェイニー団長は僕のことをご主人様と呼ぶようになっていた。


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