恋をすると、男だって変わるものです
メグミを送り届けた後、自宅へ向かっていると、ハヤテのスマホがメールの受信を知らせた。
(メール?誰からだろ)
ハヤテはポケットからスマホを取り出して受信画面を開く。
(あ、ショウちゃんだ)
【久し振り!!
ソウタから連絡先聞いた。
ハヤテに頼みたい事があるんだけど、
これから時間ある?
久々にうちでメシでも食わないか】
メールを確認すると、ハヤテはこれから行くと返信をして、ショウタの家に向かった。
(久し振りだけど……何の用だろう?)
ショウタは近所に住む幼馴染みで、子供の頃はハヤテの母親が開くピアノ教室に通っていた事もあった。
ハヤテとショウタは同級生で、ショウタの弟のソウタも連れて、よく一緒に遊んだ。
高学年になるとショウタがピアノをやめ、ハヤテは逆に、遊ぶ暇もないほどピアノのレッスンに没頭して、一緒に遊ぶ事もだんだんなくなった。
中学までは同じ学校だったが、ショウタが私立の工業高校に進学してから、会う事も少なくなった。
それでも時々、駅や近所で会ったりすると、一緒に食事をしたり、ショウタの家に行って話し込んだりする。
時々しか会わないとは言え、ハヤテにとってショウタは、いくつになっても大切な幼馴染みだし、あまり人に心を開く事のできないハヤテが胸の内を素直に話せる唯一の親友だ。
ショウタは工業高校を卒業後、ガソリンスタンドに勤めながら、中学時代からやっているバンドを続けている。
時々、曲のアレンジを相談されたり、ライブを観に行ったりもしていたが、ここ最近は連絡がなかった。
おそらくソウタが言っていたように、スマホが水没して、連絡先がわからなくなっていたせいだろう。
(ショウちゃんは昔っからおっちょこちょいなんだよな。しょっちゅう物は失くすし……。そう言えば、彼女と浮気相手の鉢合わせ事件とかあったよな……)
時々会ったら、必ずと言っていいほど彼女の話を聞かされるが、その度に相手の女の子の名前が違う。
(ショウちゃんはモテるからな……。もう歴代の彼女の名前すら思い出せないや)
ショウタの彼女の話を聞きながら、ハヤテはいつも、恋愛は自分にとって他人事だと思っていた。
いつも聞くばかりで、自分の恋については話した事がなかったが、今日は初めてショウタに彼女ができたと話す事ができる。
(オレに彼女ができたとか言ったら、ショウちゃんビックリするんだろうなぁ……)
「ハヤテ、久し振りー!!」
「久し振り。相変わらず元気そうだな」
「元気に決まってんだろ」
ショウタの家に着くと、まだ食事をしていないハヤテの分も、ショウタの母親が用意してくれていた。
明るくおおらかなショウタたちの母親は、いつも笑ってハヤテを温かく迎えてくれる。
「ハヤくん久し振りねぇ」
「御無沙汰してます」
「しばらく会わないうちにまた立派になって。うちのバカ息子たちとはえらい違いね」
「とんでもない……」
「謙遜しなくてもいいのよー。ホントの事なんだから」
ハヤテを誉めちぎる母親に、ショウタとソウタからブーイングが飛ぶ。
「自分の息子にバカはないだろう、バカは」
「そうだよ、兄ちゃんはバカだけど、オレはハヤくんと同じ高校に行ってるんだぞ!」
「はぁ?なんでオレだけバカなんだよ?!」
「バカね!自分ちのバカ息子にバカって言って何が悪いの!!それに、よそ様の息子さんにバカなんて言ったら、それこそホントのバカよ!!ハヤくんは昔から賢かったから、バカなんて言わないけどね」
「ハイハイ、バカで悪かったよ!!」
「ごめんねぇ、バカ息子たちがうるさくて」
「いえ……」
(相変わらずおもしろい親子だなぁ……)
子供の頃も、よくこんなふうに一緒に食事をさせてもらった。
ショウタの家族の愛情溢れる賑やかな食卓は、いつも一人で味気ない食事をしているハヤテにとって憧れだった。
(久し振りだな、こんな賑やかな夕食……)
食事を終えて、ショウタの部屋でコーヒーを飲みながら、いつものように男同士のおしゃべりが始まる。
「最近どうよ?」
「ん?あぁ……相変わらずピアノばっかり弾いてるけど……」
「けど……、なんだ?」
「……彼女ができた」
「おぉ、やったじゃん!!やっぱりあれ、ハヤテだったんだな!!」
「あれ?」
「この間、駅のそばで女の子と手ぇ繋いで歩いてるの遠目に見かけたんだよ。ハヤテに似てるなーって思ってたんだけどさ、声かけられなくてな」
「そうなんだ」
(手繋いで歩いてるの見られてたのか……。ちょっと恥ずかしいな……)
「彼女、かわいいか?」
「うん……かわいいよ、すごく」
ハヤテが照れくさそうに答えると、ショウタは楽しそうにニカッと笑う。
「良かったじゃん。彼女、いくつ?」
「18……。ソウタと同じ学校の同級生」
「なかなかやるな、ハヤテ……」
少し驚いた顔のショウタが意外そうに呟く。
(何が『なかなかやるな』なんだ?)
「もう付き合って長いのか?」
「いや、そうでもない。まだ2か月くらい」
「へぇ。どうやって知り合った?」
メグミとのなれそめを、ハヤテは少し照れながら、かいつまんで話した。
「はぁー……偶然に偶然が重なったわけだな。偶然も三度続くと運命とか言うよな」
「そうなのか?」
(たしかメグミも、運命感じるとか似たような事を言ってたな……)
「ハヤテにも春が来たわけだ」
「春って……。まぁ、奇跡的にな……。とは言え、オレなんか地味で目立たないから、全然モテないのは変わらないけど……」
「ハヤテって相変わらずだよな……。マジでそう思ってるのか?」
「え?」
ハヤテは何の事かと首をかしげる。
「ハヤテは別に、地味で目立たないとか、全然モテないとか言うわけじゃねぇよ。元々、素材はいいんだからな」
「何?どういう事?」
「ハヤテは昔から、下ばっかり向いてたろ」
「そうかな……」
「人を寄せ付けないって言うか……。関わって欲しくないってオーラ全開だったからな」
「えーっ……。そんなつもりないけど……」
「ハヤテ自身はそうなのかも知れないけどさ……ハヤテは子供の頃から、誰かに期待して裏切られた時に傷付くのが怖くて、心を開かなかったじゃん。それって家族との事があるからか?」
「あ……」
(ショウちゃん……気付いてたのか……)
「ちゃんと前向いてりゃ結構いい男なのに、もったいないよな。ハヤテと仲良くなりたくても近寄りがたいって、オレ、女の子から何回か相談された事あるぞ?」
「えっ?!そんな事があったのか?」
「うん」
思いもしなかった衝撃の事実に、ハヤテは驚いて目を丸くしている。
「まぁ、どんだけアドバイスしたとこで、ハヤテの方がシャットアウト状態だったからな。女の子があきらめて離れてくのがお決まりのパターンだったけど」
「えーっと……何かの間違いじゃないか?」
「疑い深いな……。でもあれだ、ハヤテ変わったよ」
「変わった……って、何が?」
「明るくなったと言うか……ちゃんと前向いて、人の目見て話せるようになったじゃん」
「えっ……そうかな?」
「彼女のおかげかもな」
「そうかな……。だと嬉しいんだけど」
「おぅ」
親友のショウタの目にはそう映っているのかと思うと、ハヤテは少し嬉しいような、くすぐったい気分になった。
もしメグミと付き合い始めた事がきっかけでそうなれたのなら、自分にとってメグミは本当に運命の相手なのかも知れないと、ハヤテはおぼろげに考えたりもした。
「ところでショウちゃん。なんかオレに頼みたい事があるってソウタから聞いてるけど……」
「ああ、そうだった。ハヤテの恋バナに夢中で、肝心な話忘れかけてた」
「オイオイ……」
(恋バナに夢中って……女子か!!)
「ハヤテさぁ、来月、うちのバンドのライブで弾いてくれよ」
「ピアノ?」
「いや、キーボード」
「ハイ?」
「時々うちのバンドのヘルプでキーボードやってくれてた女の子がいたんだけどな、彼氏が遠くに転勤になってさ。で、遠距離になるくらいなら、この際だから結婚してついてく事にしたんだってさ」
「へぇ……。その子いくつ?」
「ハタチになったとこだって言ってた」
「早いな」
「彼氏がかなり歳上だからな。ひとまわり近く上だったか。高校出てすぐから付き合ってたらしい」
「ふーん……。考えられん」
「オレらの歳でひとまわり下は犯罪だろ」
「まあ、今はそうだよな。恋愛に歳は関係ないとか言う人もいるけど……けっこうな歳上の男と付き合う女の子が多いって事は、やっぱり彼氏に包容力とか経済力とか求めてるからかな」
「かもな。で、それはさておき、引き受けてくれるだろ?」
「そうだなぁ……。来月か……。今回だけなら」
「さすがハヤテ!!助かるよ」
「って言っても、キーボードは弾き慣れないから練習しないと」
「とりあえず音源渡すから。ハヤテ、耳コピできるだろ?」
「うん」
「あとはスタジオで練習する日が決まったら連絡するよ。急で悪いけど、頼むな」
「お礼に、なんかうまいもんでも食わせて」
「じゃああれだ、かーちゃんのメシだな」
「それいいな。カレーとマカロニサラダ。ショウちゃんちのカレー、子供の頃めちゃくちゃ好きだった」
「かわいいハヤテにそんなおねだりされたら、かーちゃん喜ぶわ。またちょいちょい顔見せてやってくれよ」
「かわいいハヤテってなんだ?」
「もし娘がいたら、娘の理想の彼氏はハヤテなんだってさ」
それからスマホに曲の音源を入れてもらい、次に会う約束をして帰宅したハヤテは、入浴を済ませてベッドに寝転がった。
(なんか……ショウちゃんが意外な事言ってたな……)
女の子には無縁だと思っていたのに、仲良くなりたいと思ってくれていた子もいたと、ショウタは言っていた。
ショウタの話は自分では思いもしなかった事ばかりで、ハヤテはまだ信じられない。
(メグミが時々言う『ハヤテは自分をわかってない』って……そういう事?)
ふとメグミの言葉を思い出すと、なんだか今日の様子がいつもとは違っていた事が気になり始めた。
(受験も近いしナーバスになってるのか……それとも、なんか悩みでもあるのかな……)
何かを言いかけては言葉を飲み込むメグミの表情は、とても寂しげに見えた。
(『春になったら』って……なんだろう?春になったら高校卒業してる、とか……大学生になってる、とか……?)
春に何か不安な事でもあるのだろうか?
(オレには言えない事なのかな……)
不安な事があるなら、少しでもその不安を取り除いて、安心させてあげたい。
もし自分には解決できない事でも、一緒に考える事くらいはできるはずだ。
(オレじゃ頼りないから言えないのかも……。オレがもっとしっかりしてて、頼りになる大人の男だったらな……)
歳だけはメグミより3つ上だが、ただそれだけで、お世辞にも大人の男とは言えない。
(だからメグミは……頼りになる大人の男と付き合ってたのかなぁ……)
今まではあまり気にした事もなかったのに、ショウタと話していて、メグミがどんな男と付き合っていたのかが急に気になり出した。
『私が今好きなのは、ハヤテだけだよ』
メグミはそう言ってくれたけれど、恋愛においても人生においても経験の浅いハヤテは、男としての自分にはまだ自信が持てない。
(ホントに……オレだけ……だよな?)
他の子にハヤテを取られたらどうしようと不安がっていたメグミの気持ちが、なんとなくわかる気がした。
(恋愛って、ハッキリと先が見えないから不安になるのかな?それとも、相手がずっと自分を好きでいてくれるかわからないから不安なのかな?)
将来のたしかな約束ができるほど大人じゃない。
だけど、好きか嫌いかだけで単純に割り切れるほど子供でもない。
ずっと先の未来を保証する事は、今の自分にはまだできないけれど、メグミを大切に想う今の自分の気持ちを素直に伝える事ならできる。
ハヤテはスマホのメール作成画面を開き、メグミへのメールを打つ。
自分では頼りないかも知れない。
でも、すぐそばにいて守りたい。
メグミが安心して笑える場所は、自分の隣であって欲しい。
いつかきっと、メグミを丸ごと包み込めるような大人の男になれるといいなと思いながら、ハヤテは素直な想いを綴ったメールを、少し照れくさそうにメグミへ送った。
【オレ、一緒にいない時も、
メグミの事ばっかり考えてる。
いつの間にか、メグミがいない毎日なんて
考えられなくなってるって気付いた。
ずっと一緒にいたいって、オレも思ってるよ。
オレにはメグミが必要だし、一番大事だから、メグミの特別な存在に、オレもなりたい。
誰よりもメグミが大好きだよ。おやすみ】
ハヤテがメールを送信して少し経った頃、メグミからの返信が届いた。
ハヤテは少しドキドキしながら、メグミからのメールを開く。
【ありがとう。
ハヤテの気持ち、ホントに、すごく嬉しいよ。
私もハヤテが大好き。
もうハヤテは私にとって、
誰よりも特別で大切な人なの。
できれば……ずっと一緒にいたい。
今日は、わがままばっかり言って
困らせてごめんね】
ハヤテはメグミからのメールを読みながら、少し口元をゆるめた。
(『誰よりも特別で大切な人』か……。嬉しいな……。でも……『できれば……』って……?)
やはり少し何かを言いたげな、寂しさを含んだようなメグミの言葉が気にかかる。
(オレが離れてくって思ってるのかな……?)
明日もメグミに会えたら、思いきり抱きしめて『どこにも行かないから、ずっと一緒にいよう』と直接伝えようと、ハヤテは思った。
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