ミドリ。

ゴンkuwa

ミドリ。


 わたしは、ママの顔を知らない。


 いつかママに会える日が来るとしたら、一緒に武蔵野の緑の中を歩きたい。


 それが、わたしの夢。



    *    *    *



 ママは武蔵野の生まれ育ち。「所沢」ってところで子どもの頃に過ごして、大人になってからは「吉祥寺」ってところで暮らしてるんだって。


 吉祥寺のカフェは、わたしもちょっと知ってる。小さなお店だけど暖かな雰囲気で、ママはそこでカフェインレスの紅茶にお砂糖を入れて飲んでた。


 どんな味がするんだろう?って、わたしはわくわくしながら想像してた。それから、ママが食べてた小さなロールケーキも。とってもとっても憧れちゃって。


 一緒に食べられる日が、すごく楽しみ。行きたいなぁ、吉祥寺のカフェ。ママと一緒に。実際に見てみたら、どんな感じなんだろうなぁ?


 それから、武蔵野には大きな森があるんだって。キラキラした木洩れ日と、緑の匂い。樹々に浄化された澄んだ空気の中を歩くと、すごく気持ちがいいって「天国のお友だち」が言ってた。


 けどね、森にはこわーいおばけが出るかも知れないんだって。ぶきみな手で、「こっちにおいで、こっちにおいで」って、手招きをするってお話、聞いたことがあるの。


 でもね、おばけは天国に行けなかった人がなるんだって聞いたんだ。それなら、わたしや「天国のお友だち」ともそんなに変わらないかも知れないね。


 そうしたら、おばけとも意外と仲良くなれちゃったりして。一緒に遊んであげてもいいかなって、思ったりもするんだ。


 あとね、大きな大きな公園もあるんだって。その公園にはでっかい白鳥さんのいるお池があるとも、「天国のお友だち」から聞いたんだ。


 そのでっかい白鳥さんは人間をぱくっと食べちゃって、スイスイ泳ぐんだって。そして船着場についたら、人間をお腹から出して陸に降ろしてくれるって。本当かな?


 白鳥さんの胃の中に入る人や、ボートに乗る人もいっぱいいるらしいんだけど、わたしはお池に行ったら自分の力で泳ぎたいなって思ってる。


 だってわたし、ちょっと前まで、素敵なしっぽとエラを持ってたんだもの。今はもういらないから、無くなっちゃったけど。


 それに、ママに会った時にわたしにしっぽが生えてたら、ママがびっくりしちゃうもんね。


 だから、無くてよかった。でも、やっぱりわたしは泳ぎが得意なんじゃないかなって思うの。楽しみだな。


 本当に、楽しみ。ママに会えるのも、お外に出るのも。カフェも、森も、公園も、みんな行って、遊びたい。


 ママは、わたしに会えることを喜んでくれるかなぁ?そうだとしたら、わたしも嬉しいな。


 早く、早く、ママに会いたい。ママの顔を見て、ぎゅっと抱きしめてもらいたい。


 早く、早く、早く、早く。

 ママ、ママぁ…



    *    *    *



「———さん」


「はい」


 名を呼ばれ、彼女は立ち上がった。病院の待合室だった。辺りは明るく、ピンク色の壁の中、同じくピンク色の椅子が並んでいる。


 診察室の戸を開けると、そこにはにこやかな看護師と医師が座っていた。促されてベッドに座ると、彼女は慣れた様子で衣服をたくし上げた。


「順調ですね」


 彼女の腹に機械の先を当てながら、医師がそう言った。モニターには、黒い背景の中、白い小さな人影が浮かんでいる。


「指しゃぶりしてるね。見えるかな?」


 医師が指差した箇所を、彼女は「可愛い」とキラキラとした瞳で見つめた。


 そこには、彼女のお腹に宿った赤ん坊が、すくすくと成長している姿が映し出されていた。


「そろそろ性別もわかるよ」


と医師は微笑んだ。「本当ですか!?」と彼女は明るい声を上げた。


「うん。ちょうど今日は見やすい位置に来てくれてるからね。あなたのお子さんの性別は…」



    *    *    *



 わたしは、ママの顔をまだ知らない。


 でももうすぐ、きっともうすぐ会えるんだ。それが、すごく楽しみなの。


 天国にある虹のすべりだいで、シューってお腹の中に入ったんだ。


 ママ、どんなお顔なのかな?優しいかな?わたしのこと大切にしてくれるかな?


 早く会いたいな。


 生まれたら、武蔵野の緑の中をママと一緒に歩きたい。


 それが、わたしの夢。

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ミドリ。 ゴンkuwa @Gonzaleskuwawa

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