3度目の正直?2度あることは3度ある?⑥

 圭介は沈んだ気持ちを抱えたまま圭介は家で休みを過ごしていた。

 そして、今日、また山本と組んで仕事をする予定だ。しかも、仕事はこの間青年をぐちゃぐちゃにして異世界へ転生させたルートを走る。ただでさえ、憂鬱で仕方がないのにおやっさんからメールで、予定より30分ほど早く事務所に来るようにと言われており、ますます足取りが重くなる。しかし、いくら駄々をこねたところで仕事がなくなるわけでもない…。圭介は意を決して家を愛車で事務所へ向かった。


「…はよっす…」

 いつもの半分ほどの声量で挨拶しながら、事務所へ入ると、中にはおやっさん1人だった。

「おう、圭介、遅刻はしなかったな…」

 おやっさんの声は少し不機嫌だった。圭介は何かやってしまったかと最近の出来事から心当たりを探すと、ハッとした。


 —まさか山本のやつチクりやがったか…?


「その顔は覚えがあるみてぇだな…」

 感情がそのまま顔に現れていたようで、おやっさんは鋭くそれを見抜いた。

 圭介はしどろもどろにあ、とかや、とか言い、なんとかその場を凌げないかと考えたが、そんな甘い考えはおやっさんの怒号によって打ち消された。

「てめぇ、ふざけた仕事してんなよっ!受けてもねぇ講習、受けたふりするなんてなめた真似してんじゃねぇっ!」

 圭介の思った通り、やはりフォークリストの免許の件だった。全くもっておやっさんの言う通りで、圭介はただ黙って下を向くばかりだ。

 おやっさんは続けて、無免許で何かあった場合の罰則にはどのようなものがあるのかやら、会社がどんな責任を負わなくてはならなくなるのかやらをつらつらと語り、休みを調節するから次の連休でしっかりと講習を受けろと話を締めくくった。

 しかし、圭介はそんなことは何一つ頭に入ってこなかった。代わりに頭にあったのは山本のことだった。


 —あいつがチクったせいで、おやっさんに注意を受けた…。あいつのせいで…。


「…?おい聞いてんのか?」

 圭介があまりにも静かだったからか、おやっさんは怒りの裏に心配の色を滲ませながら、尋ねる。圭介は、ハッと我に返り慌てて返事をした。

「あ、聞いてます…。すみませんでした」

「まぁ、謝って済む問題じゃねぇけどな…。お前のことは可愛がってたから、多少大目に見てやるが、次はねぇからな…」

 おやっさんのこんな怒気の含まれた声を圭介は初めて聞いた。それだけで、心が締め付けられる。


 —可愛がって…。


 その言葉が過去形であることが、圭介の胸に突き刺さる。おやっさんは唯一圭介を気にかけてくれていた人だ。圭介自身もすごく懐いて、おやっさんのため命だって投げ出してもいいと思えるほどだった。


 —もう、俺はいらねぇのかな…。あいつがいれば…。


 山本の姿が目に浮かぶ。事務仕事は優秀、運転もそこそこ、仕事態度は真面目。

 対して圭介は事務仕事は可能な限り逃げる、運転は優秀、仕事態度はそこそこ…、そして、無免許でフォークリスト仕事をするやつだ。

 どこからどう見たって経営者ならば山本のことを優先したくもなるだろう。


「そろそろ、山本くんも来る。今日の仕事は山本くんに任せて、お前はサポートに徹しろ。余計なことはすんじゃねぇぞ!」

 おやっさんがそう言い切ると、圭介の背後で扉の開く音と共に山本の元気な挨拶が聞こえてきた。


 =====


 運転をしながらも山本はチラチラと助手席で不貞腐れている圭介の様子を確認していた。それが圭介の心をさらに刺々しくさせた。


 —チクった分際で何心配アピールしてんだ…?ふざけやがって…。


 2人の雰囲気とは裏腹に仕事はスムーズに進んでいく。今回の仕事は、普段圭介が扱っているもので複数の県を跨ぐ長距離の仕事だ。会社近くの工場で荷物を積み込み、隣の県の工場へ運ぶ。その荷物と入れ替えるように、また荷物を積み込み、さらに別の工場へ運ぶ。これを数回繰り返しながら会社に戻って来ると言うものだ。

 午後に出発した彼らは、夕方になる現在にはすでに3つの工場で荷物を交換していた。もちろんおやっさんの言いつけ通り、作業は全て山本が行った。


「…あの圭介さん…」

 おどおどとしながら圭介を呼ぶ山本。そんな態度も当たり前だ。今日圭介は山本と対面してから何を言われても、相槌程度しか返さないようにしていた。はじめのうちは何かの冗談だと思っていた山本は、果敢に様々な話題を振っては撃沈していた。そんなことが1時間ほどすぎると山本も意気消沈し、車内にはラジオの音と走行音だけが響いていた。


 圭介は、あ?とめんどくさそうに応答する。

 それにわずかに喜びながら、山本は話し出した。

「あ、えっと…次の道の駅で晩御飯食べたら、仮眠取ってもいいですか?」

「いちいち聞くな…。今回はお前の仕事なんだから、俺はいないと思って好きにしろ」

「あ、はい…すみません」

 そうぶっきらぼうに言い放つ圭介に山本は、また沈んでいった。


 しばらく行くと、仮眠予定の道の駅に到着した。2人とも空腹だったので、併設されている食堂で適当に食事をとる。山本はカツ丼。圭介はラーメンと餃子のセットの食券を買って、カウンターに出して、引き換えに呼び出し用のアラームをもらい、席に着いた。

 スマホを弄る圭介をじっと見つめる山本は、意を決したように声をかけた。

「あの、圭介さん…、今日なんか変ですよ?何かありましたか?」

 その言葉を聞いた圭介は、スマホを山本に投げつけたくなった。


 —何かありましたか?だと…?俺の人生はめちゃくちゃにしといてよく言う…。


 流石に今のセリフは聞き流せなかった圭介は感情をできる限り抑えながら、質問した。

「おまえ、わかんねぇのか…?」

「えっ?もしかして俺のせいなんですか?」


 —白々しい…。


 圭介は紙コップに入った水を一口飲んだ。

 冷えた水が喉を流れ、熱くなる圭介の感情を多少落ち着かせた。


「…この前の仕事終わってからおまえおやっさんに俺のことなんか言ったろ?」

 山本は本当に心当たりが無いようで、困惑している。

「えーと…圭介さんの運転は上手だ、とか予定が狂ったけどいい経験になったとか…その程度しか話してないですよ…」

 記憶をたどりながら、弱々しく答える山本に圭介の怒りが最高点に達した。机をバンッと拳で叩く。お冷やが倒れて、中の水が床に滴った。

「フォークリフトのことだよっ!てめぇ、なんか言ったろっ?」

 理由もよくわからずに怒られた山本も、血圧が上がったのか、語気を強くして言い返す。

「フォークリフトの免許なくてもすごい上手だったって言いました…それの何が悪いんですか?」

「あぁ?免許もなしに運転していいわけねぇんだよ!」

「えっ!そうだったんですか⁉︎」

「はぁ?」

 すると机の上でけたたましいアラーム音が鳴り出した。

 辺りを見るとみなこちらの様子を伺っていて、2人は小さくなりながら食事をとりにいった。


「つまりおまえは、フォークリフトの免許が必須だとは思ってなかったと…?」

 ラーメンを啜りながら、山本に問いかける圭介。空腹が多少緩和されたためか、機嫌は先ほどよりマシになっていた。カツ丼をフゥフゥと冷ましていた山本は、コクコクと頷いている。

「てっきり、現場経験があれば免除されたりするんだと思ってました…」

「んなわけあるか…」

 餃子のタレを調合しつつ、圭介が吐き捨てるように言う。

 食べやすい温度になったカツにうまそうにかぶりつく山本。しかし、咀嚼を終えると圭介に向き直って、はっきりと言った。

「こちらの落ち度で社長に伝わってよかったです。圭介さんの行いは会社の存在を脅かすことです。今後は、免許しっかり取ってくださいね」

「あぁ?」

「だから、ちゃんと免許取ってくださいね!俺が話した時、社長もそう言ってましたもん…休み調整してやんないとなって…」


 —こいつ…どこまでふざけてんだ…?


「んなもん、テメェに言われなくてもわかってんだよ!いちいち言ってくんな!」

 山本はおおらかに笑い、よかったですと言ってカツ丼に集中し始めた。

 圭介はと言うと、どんどん心の闇が深まっていっていた。


 —こいつ、俺をダシにおやっさんに気に入られようとしてるのか…?俺よりも優れた部分をアピールして、俺を貶めて…。こいつを会社から追い出さないと俺の居場所がなくなる…。


 圭介の考えは疑心暗鬼に陥り、濁った汁を吸い込んだラーメンの麺のように圭介の心の闇もぶくぶくと太っていった。


 そんな圭介の気持ちなど知りもしないで、カツ丼を満喫した山本は仮眠をとると言い出した。圭介は眠れる気もしなかったので、代わりに運転を申し出る。何かしていないと落ち着かなかなかったからだ。今回の仕事は山本にとの事だったが、山本はそんなにシビアに捉えていなかったようで、すんなりと運転席を明け渡してくれた。

 おやすみなさーいと助手席のシートを倒して膝掛けをかぶって寝始めた山本を確認してから、エンジンをかけて車を進める。

 圭介は心ここに在らずでほぼ無意識的に運転をしている。

 頭の中にはどうやって山本に会社を辞めさせるかでいっぱいだった。


 いじめて辞めさせるわけにはいかない…。

 きっと返り討ちにあう。

 ならミスを誘って責任をとらせて辞めさせる?

 おやっさんが絶対にかばうだろう…。

 もし、それが俺だったら、おやっさんはどうするかな…。

 嫌な想像をしてしまった。


 ふぅ、と息を吐き運転に思考を戻す。


 —あれ?この道…。


 気がつくと道の駅を出て1時間ほど運転していた。そしてあの道を走っていた。

 そう、あの男の子を跳ねた道だ。


 その瞬間に圭介の頭にいい考えが浮かんだ。


 辺りを見回す。もともと車通りがそれほど多い道ではないし、今はもう暗い。前後にも対向車線にも車は1台もいなかった。

 それを確認した圭介は、ハザードを焚き、車を端に寄せて停車してから、わざと大げさに隣で幸せそうに眠っている山本を叩き起こした。


「おい!山本やばい!」

 そんな言葉に驚いた山本は文字通り跳ね起きた。

「えっ、えっ?何ですか?」

「さっきなんか引いたみたいでタイヤがおかしいかも…ちょっと降りて確認してくれねぇ?俺はいつでも動かせるように乗ってるからさ」

「あ、そう言う事ですか…。全然気がつかなかった…。いいですよ」

 何の疑いもなく山本は路肩に降り立ち、スマホのライトを片手に何本もあるタイヤを1つ1つ確認していく。

「特に何もないですけど…」

 そう言いながら徐々に後方へ進んでいく。


 —今だっ!


 圭介はアクセルを踏み込み、山本を置き去りにするように山道をいく。

 山本が何か叫んでいたが内容までは聞こえなかった。


 走り出して少しすると、圭介の胸ポケットのスマホが鳴り出した。

 左手で取り出し、確認すると、やはり山本からの着信だ。圭介は画面をスライドしてから耳に当てる。

「あ、圭介さん、ふざけないでくださいよ!戻ってきてください!」

 山本は怒っているようだ。ほとんど街灯もないような夜の山道に置き去りにされたのだから無理もない。

 圭介は笑いを堪えつつ答える。

「わりぃわりぃ、ちょっとした仕返しだよ。すぐ戻る。あと少しでUターンできる場所あるからよ」

「仕返しって…あ、フォークリフトの件ですか?」

「それそれ、これでチャラな!」

「あれは、確かに俺の認識不足も悪かったですけど、そもそも無免許で動かした圭介さんの責任じゃないですか…こんなのおかしいですよ」

 圭介は回転場でトラックの進行方向を変えながら、心にもないことを言う。

「そうだよな…ちょっとした悪戯だよ、ごめん」

「そうですよ…とにかく早く戻ってきてくださいね」

「勿論だ、今そっちに向かってるよ…」

「はぁ、よかったです…間違って引かないでくださいよ…」

「当たり前だろ…ヘッドライトが見えたらお前のいる場所がわかるようにスマホのライトを向けてくれ」

「わかりました」

 山本は苛立った声で返事をした。

「ところで俺さ、お前の夢叶えられるんだけど、叶えてやろうか?」

 圭介はハンドルを握る手から噴き出した汗をズボンで拭いながら、スマホの向こう側の山本に提案する。

「俺の夢…?あ、もしかして飲み会の時に聞こえてましたか…?いやー恥ずかしいな…」

 山本の見当違いな話に少しイラついた圭介は冷たく違うとだけ言う。

「え?それじゃないとすると…俺なんて言ってました?」

「異世界に行けるもんなら行ってみたいって言ってたろ…」

「あー、そっちか、でもそんなん絶対に実現できないじゃないですか…だから、夢というよりも希望ですよ…。あ、見えてきた」

 山本がそういうと圭介の目にスマホのライトがチラチラうつった。しかし、圭介は山本を誘い出すために嘘をつく。

「あ、どこだ?みえねぇ…ちょっと道路の方に出てくんねぇ」

「えー、わかりました。スピードは落としてくださいね」

「当たり前だろ…」

 圭介は言葉とは裏腹にアクセルを緩めることなく、山本の光の方へ向かう。近づくにつれ光が慌ただしく動き回り、逃げようとしているのがわかる。

 もうスマホは助手席に投げ出したので山本が何を言っているのかはわからないが、大方、止まれだの、やめろなど言っているのだろう。ぐんぐんと近づいていき、山本の足がヘッドライトに照らされたと思った、次の瞬間に、また、あのぐちゃっとした湿った音がトラックに響いた。その後も、液体の入った袋を引きずるような音がしていた。


 少し行ってから、圭介は車を停めて、しばらくハンドルにしがみついていた。高鳴る鼓動を抑え、笑いを抑える。


 これで山本は異世界へ転生し夢を叶え、俺は会社の居場所を失わない。

 何もかもがうまくいった。

 ふふふと自然と笑みが溢れた。


 —もう消えただろうか…?

 そう思い、たどった道を窓から頭を出して、振り返る。はっきりとは見えないが、何かが、転々と道路に転がっていた。


 —消えてない…?おかしい…。


 確認のために、車から降りた圭介はまずはじめに、山本の膝から下の右足を見つけた。続けて左腕や左足、そして車の前方には山本の頭と胴体が挟まっていた。


 山本の開かれた目と圭介の目があった。

 その瞬間、圭介の背筋に凍るような何かが走り抜けた。


 いつまでも消えない山本だったものを前に、膝から崩れ落ちた圭介は、小さく呟く。


「まじかよ…」

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