3度目の正直?2度あることは3度ある?⑤

 ショッピングモールに出店しているチェーンの喫茶店でコーヒーをすすり、スマホゲームで遊ぶ圭介。操作を誤り、敵の攻撃によってパーティーか全滅してしまった。画面上部に表示されている時間を見ても、まだあと1時間ほど約束の時間まである。まだ仕事もあるし、車に戻って仮眠でもするかと、正面で、生クリームの乗った、かき氷風の飲み物を飲みつつ、先ほど買ったラノベを楽しそうに読んでいる山本を見た。


「それ、そんなに楽しいか?」

「え?あ、はい。すごい楽しいですよ!」

「どの辺が?」

「どの辺…。そうですね…」

 山本は、唸りつつ、ストロー嚙み潰しながら感想を述べるのに適した言葉を探していく。

「やっぱり現実じゃ冴えない感があるけど、異世界だと活躍できるってとこでしょうか?それと、自分にとって当たり前なもので、異世界の人たちがびっくりしたりするのが快感?て感じでしょうか?」

「ほーん、そんなもんか…」

 その気持ちは圭介にも少しわかる気がした。運送屋になるに当たって、自分では何も持っていないと思っていたが、実は運転のセンスを持ち合わせていて、周囲を驚かせた経験がそれに似ているんだろう。カタルシスとでも言えば良いのだろうか。

「多分、そんなもんですよ。もっといろいろあるかもですが…。あーあ、俺もできることなら異世界に転生して活躍してみたいですよ」

 そんなことをつぶやく山本に、圭介は仮眠に戻ることを伝えると、コーヒーを飲み干し、トレイなどを片付ける。山本は再び、活字の海へ潜って行った。


 =====


 それからのことはスムーズに進んだ。

 予定通りの時間に荷物のピックアップを終え、担当者の謝罪を聞きながら、そこを後にし、予定したルートで山本と運転を交代しつつ会社側の工場まで運び、無事に荷物を降ろして、あとは会社にトラックを返すのみだ。

 山本の運転も朝ほど緊張もなく、危なげな所はなかった。

「やっぱり圭介さんは運転上手ですね。トラックもフォークリフトも…」

「あんなん、慣れだ、慣れ」

 しかし、褒められて悪い気はしない圭介。

 山本は羨望の眼差しを向けている。

「当たり前なんですけど、俺まだまだですね…特にフォークリフトがやばかったです…。講習の時は結構できてたんですけど、荷物落としたらって思うと緊張しちゃって…」

「あれはすごかったな…」

 その言葉通り、先ほどの荷物の積み下ろしの時には小さな事件が起こった。

 圭介がフォークリフトを操作しようとすると

「俺も、免許あるからやってみたいです!」

 と山本が元気に言い、圭介も免許があるなら…と試しにトラックの荷台から工場の搬入口まで運ぶ作業を任せてみた。

 その結果、山本はぶつけられる場所という場所、全てに敢えてぶつけているのではないかと思ってしまうほどに、至る所にぶつかっていた。トラックはまぁ、自社のものだから大目に見るとしても、フォークリフトは工場の持ち物だ。持ち主である工場の事務員さんはソワソワし続けていた。さぁ、後一歩で荷物に届くぞ、という段になって、ついに山本が根をあげた。賢明な判断だったと思う。荷物に傷をつけてしまっては元も子もない。山本はしょんぼりしながら、落ち着きのなかった事務員さんにペコペコと謝罪していた。

 それを尻目に圭介はスムーズに作業を進め、仕事を完了した。


「圭介さんは大型の免許、会社に入ってから大型とったんですよね?フォークリストもその時に一緒にとったんですか?」

「あ?持ってねーよ」

「えっ…?持ってないんですか…?」


 —あ、やべ…。


 褒められた上に思い出し笑いをしていた圭介は、あまり深く考えずにありのままのことを伝えてしまった。

 免許もなく扱えば罰則があるにも関わらず、唯、面倒だという理由だけで講習を受けていなかった。さらに悪いことに、おやっさんに尋ねられた時に、もう受けた、免許はあると嘘をついてしまい、現在は、それをどうにかこうにか誤魔化しているという酷い状況だ。


「あ、えーと…」

 なんとか忘れさせることはできないかと、圭介が言葉を探していると、山本は目を輝かせていた。

「講習も受けずにあんなに上手に操作できるなんてやっぱり圭介さんはすごいです!」


 —あ、こいつアホや…。


 とりあえず乗っかっておけば安泰だと考えた圭介はわざと大げさに笑い、その場をやり過ごした。そのあと圭介は失態を誤魔化すように、適当に武勇伝を語っていると、いつのまにか会社についていた。


 車を所定の位置に停め、山本と連れ立って事務所に入ると、パソコンに向かったいたおやっさんが顔を上げて、おつかれといった。2人同時に、お疲れ様ですと言いそれぞれのデスクに戻る。

 今回の仕事の事務処理は山本が担当する事になっていたので、圭介はパソコンの電源ボタンを入れずにただ黒いモニターを眺めていた。


 —山本が余計なことを言わなければいいが…。


 座っていると、頭に心配ばかりが浮かび、それぞれパソコンに向かって会話もしていない2人の姿が自分のことを悪くいっているように感じ、居たたまれなくなる。思わず立ち上がると、おやっさんが声をかけてきた。

「お、圭介どうした?もう帰るのか?」

 山本も怪訝そうな顔をしている。

「あ、や…。山本が書類の作り方わかるかなって思って…」

 その場の苦し紛れの言い訳をし、山本のデスクに向かい、画面を覗き込む。

 そしてそこには完璧な書類が表示されていた。

「あ?…早くね?」

 山本が作業を始めてまだ5分も経過していないのに、すでに書類はほとんどできていた。ちなみに圭介が同じ作業をするときは30分以上かかる。おやっさんがやっても15分ほどはかかっていたと記憶している。

 驚きを隠せない圭介をおやっさんはニヤニヤしながら眺め、言った。

「それなー、山本くんがフォーマットを作ってくれたんだよ。うちにもついに働き方改革の波が来たわけだよ!」

 おやっさんはそれはもう嬉しそうに続けた。

「おめぇとは頭の出来が違うな!さすがは山本くんだ!」

 山本は賞賛をもらって照れ臭そうに、プリンターまで逃げていった。

 圭介は、心臓を撃ち抜かれる心地だった。


 —まただ、またおやっさんは俺と山本を比べた…。


 おやっさんと山本は何やら楽しそうに話していたが、圭介の耳には内容が届かなかった。いや、正確には届いていたのだが、脳が処理してくれなかった。

 心が黒く沈んでいく。

 何も考えられず、ふらふらとトラックへ向かう。運転席に乗り込んで、洗車機に向かう。使い終わったトラックに感謝の気持ちを込めて、洗車をするのは圭介の日課だった。

 ハンドルに凭れながら、フロントガラスに跳ねる水滴を見ると、圭介の心とは裏腹に楽しそうに踊っていた。


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