3度目の正直?2度あることは3度ある?④
あの後、山本は宣言通りしっかりと交代予定のサービスエリアまで、運転した。といっても高速内だからそんなにハードなルートではなかったのだが、本人はやりきったとホクホク顔である。
「おつかれな、後は任せな」
「ありがとうございます!」
昼時ということもあり、少し混み合うサービスエリアで、トイレ休憩やら食事やらを済ませてから仕事に戻る。
今回の仕事は、高速を走行し、積んで来た精密機器を工場へ運び、下道で戻りつつ、別の工場の製品をピックアップして帰りがてら会社近くの工場へ届けるというもの。往復で約300km。圭介は普段、長距離の担当だが、山本の研修も兼ねて、今回は近〜中距離程度の道程だ。このサービスエリアを出て下道を少し行くと初めの目的地に到着する。時間にしてあと30分くらいだろうか。山本に走らせてみてもいいのだけれど、本人にまだ余裕がなく、細めの道も多いため圭介が担当する。
山本は相当心労が溜まったのか眠ってしまっていた。
—こいつ、こんなんでやってけれるのか…?
このルートは圭介も研修の時に使ったものだった。その時は、先輩がずっと助手席から動かず、運転は全て圭介が担当していた筈だ。そして、さほど苦ではなかった。今の山本より若さがあったからだろうか…。いや、単純に山本の精神力の問題な気がする。
今回、圭介は山本の世話をするに当たって、おやっさんには、
「簡単だ所だけ運転させて、距離は半分以下にして、やってくれ」
っと言われていた。スマホの地図アプリを参考にして、往路で50km、復路で60kmで道が入り組まない単純な部分を見つけて走行予定を立てた。
—おやっさん、甘やかしすぎなんじゃねーか?
それとも、山本に何か特別な思いでもあるのだろうか?そう考えたことを頭から追い出すように、ハンドルを切り、高速出口のループに入る。
—おやっさんの態度なんでいちいち気にしない。大人になれ!
そう言い聞かせるように、目的地への道を突き進んでいった。
=====
「ほんと、すみませんでしたっ!」
「いいって、疲れてたんだろ?気にすんなって…」
山本はそれはもうよく眠った。しばらくしたら起きるだろうとと、放置していたのだが、その結果、荷物を渡して、荷物を降ろしている間の作業音も、意に介さず眠り、今度は受け取るための工場に到着する寸前、つまり今の今まで寝ていた。
山本が運転するのは荷物を再び積んだ後だから、気に病むこともないのだが、先輩を差し置いて眠ってしまったことに罪悪感があるらしい。申し訳なさそうにチラチラと圭介の横顔から感情を読み取ろうと伺っている。
圭介はそれが煩わしく、文句も一つでもいってやろうかと思った時に、胸のポケットの中でスマホが鳴り始めた。
ロック画面で相手を確認すると、会社の事務員の佐々木さんだった。
助手席に座っている山本にポイと、スマホを投げ渡し、出るようにジェスチャーで伝える。
山本も画面を確認してから、画面を横に切りスマホを耳に当てた。
「おつかれさまです!山本です!あ、はい…えっ?そうなんですか…2時間くらいですね…はい、わかりました。伝えます。ありがとうございます。はい、では、失礼します」
終始ペコペコとしながらスマホに話しかける山本を、横目で見ていた圭介は受け渡されたスマホを慣れた手つきで元のポケットにしまいながら問う。
「で、なんだって?」
「はい、今から積み込む予定の荷物が出荷検査で引っかかって、新しく用意するのに2時間かかるらしくて…。」
「予定より2時間遅く来いって?」
「そういうことみたいです…」
「まじか…。まぁ、いいか。後のとこは時間押しても問題ないように佐々木さんが連絡しといてくれてんだろ?」
「はい!そういってました」
「なら、なんかして時間潰すか…。寝てもいいけど2時間はナゲェから1時間くらい時間潰せる場所なんかないか?」
幸いこの辺りにはショッピングモールや大きめの公園なんかもある。一番はパチ屋があることだが、山本は興味ないだろうから提案は避けた。
「あ、それなら俺、本屋に行きたいです!」
「本屋ぁ?」
圭介にとって非常に縁遠い場所が提案された。本屋に行くのはいつぶりかと思い出を遡っていると、山本はごそごそとカバンを漁り、例のラノベを取り出して、圭介に見せる。正確には運転している圭介の横顔に向けただけだが。
「今日、これの新刊の発売日なんですよ!」
そう、爽やかな笑顔で山本は嬉しそうに笑った。
=====
山本が検索をした結果一番近い本屋はショッピングモールの中にあったので、そこにやってきた。大型トラックでモールの近くの駐車スペースに停める訳にもいかず、道路を渡らないとたどり着けないような、少し離れた駐車場の隅を選んで停めた。
「ほい、じゃ俺、寝てるから。行ってこい」
「えっ?一緒に行かないんですか?」
山本はまた子犬の目をしている。圭介は、視線を逸らして、投げつけるようにしていう。
「ちっ、わーったよ」
「やった、さっきなんか嬉しそうに読んでたから、他のオススメのも教えますよ!」
山本は運転しながらも、しっかりと圭介の反応を確認していたらしい。あのラノベに心の枷を軽くする効果があったから、圭介はどうやら無意識に嬉しそうな雰囲気を出していたようだ。
うきうきと財布を持って、トラックから降りる山本を、追うように圭介は気だるそうな足取りで続いて行った。
ショッピングモールは当たり前だが、広かった。適当に歩いていては目的地など見つからないので、手っ取り早く案内図を確認する。
「階の真ん中らへんですね、とりあえずあのエスカレーターで行きましょう」
山本は発売日に仕事で当日に手に入れることを諦めていたので、今回の空き時間の調整は、まさに瓢箪から駒。そのせいか、少し浮かれ調子でサクサクと進んでいく。
圭介はその背中を見失わない程度の歩調で追いながら、運転もこのくらい思い切りよくしてくれないか…などと考えていた。
エスカーターをひとつ上がり、少し歩いてまた一つ上がると、降り口から目的地の本屋が見えた。
通路に面した棚には雑誌や雑貨などがたくさん置かれている。その棚を超え、右手側には小説、左手側には漫画というような、小規模な店舗だった。
「圭介さんこっちですよー」
先に入店していた山本が入ってきた圭介を見つけちょいちょいと手招きをした。
あまり興味はなかったのだが、無視するわけにもいかないので圭介は素直に手招きに応じ、そこで驚くべきものを見た。
本棚の上部に取り付けられたでかでかとした手書きのポップには"異世界転生コーナー"と書かれていて、そこには漫画やラノベが所狭しと並べられていた。
「うわ、こんなにあるのかよ…」
「そうなんですよ。最近流行りですからね!でも、ここちょっと品揃え悪いです…」
「…これで?」
「アニメ化したやつしかない感じです…。えーと…新刊はこれですね。あってよかった!」
山本は嬉しそうに新刊を抱えて、レジの方は向かって行った。残された圭介は、試しに1冊手にとり、今朝したようにパラパラと冒頭部分を確認する。
「これも?」
そこにはトラックに跳ねられ死に、異世界に転生する主人公がいた。別の本を取り、同様に繰り返す。
「これもだ…」
今度は女の子がトラックに轢かれていたが、やはり異世界へ転生してしあわせな時を過ごしていた。圭介はまさかと思いつつ、だめ押しでもうひとつ確認する。
そしてやはりそれも同じだった。
「そうか……」
圭介は確信した。
どれもこれも主人公たちを殺したトラック運転手のことには触れていなかったが、きっとこれがあの事の答えだ。ぐちゃぐちゃになった死体が急に消えるなんてありえない事だが、こんなにたくさんの本で描かれているのならば、現実に起こりうる事なのかもしれない。
圭介は笑った。
—俺は、あいつらを異世界に送っただけだ。殺してない…殺してないんだ!
そんな姿を会計から戻った山本が不思議そうに見つめていた。
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