3度目の正直?2度あることは3度ある?③

「おー、流石先輩ですね。俺なんてまだこんなカーブ絶対曲がれないですよ!」

「別にこのくらい慣れれば誰でもできる」

 助手席に乗っている山本は、圭介の気持ちなど知らずによく懐いていた。どこか犬のような印象を与えるやつだと圭介は感じていた。


 圭介らはあの後、急遽、山本の歓迎会として飲み会を開催していた。おやっさんをはじめ、皆が参加の意思を示したので、圭介も渋々承諾して行きつけの居酒屋で呑んだくれた。圭介以外は、山本をちやほやとしていたが、圭介は構わず自分のペースで酒を煽っていた。しかし、山本に対するおやっさんの言葉だけは敏感に拾っていた。だが、先ほどの呟きのようなことは言っておらず、だんだんとアルコールが脳に回ってきたのか、次第にどうでもよくなっていった。この飲み会は正直、ありがたかった。酒の力を借りて、を忘れたかったから。


 そんなことの後の今日は、初顔合わせから3日後で、2回目の顔合わせだった。今回は山本はサポート兼勉強ということで圭介の仕事に同行している。

「いやー俺、練習の時に結構擦りましたよ!社長が言ってましたよ、圭介さんは一回も擦らなかった!って流石ですよ!」

 山本はサポートとはいえ初めての仕事だからか、妙にテンションが高く、はしゃいでいるようだった。山本はよく喋るやつだ。車に乗ってからというもの、今の会社に入った経緯だとか、大学での研究のことだとか、彼女や彼女の飼っている猫が可愛いだとか、色々どうでもいい情報をトラックの助手席から発信する。圭介はそんな人物を少し疎ましく思いながらも、仕事と割り切り適当に相手をする。


 高速に乗ってから2時間ほど進んだが、その間も山本は色々と話していた。圭介はそれを遮る。

「…次のサービスエリアで休憩するぞ」

「あ…わかりました」

 ぶっきらぼうに言った圭介に少し棘を感じたのか、山本はトーンダウンして大人しくなった。それからサービスエリアまではこれといった会話もなく、ラジオの音だけが車内に響いていた。


 サービスエリアは平日の早朝ということもあり、比較的空いていた。大型トラック用のレーンを進み、適当に駐車する。

「…圭介さん、お疲れ様です、俺、トイレ行ってきますね!なんかいるものありますか?」

「あー、無糖のコーヒーとフリスク頼むわ」

「はい!お任せあれ!」


 —元気なやつだ。さっきは悪いことしたな。


 圭介は先ほどの行いを少し後悔していた。

 普段の振る舞いが、おやっさんにダメ出しされたって仕方がない態度だった自覚はある。でも、誰かと比較されるのが嫌だったのだ。

 そこを理解した圭介はハンドルに寄りかかりながら独りごちた。

「ガキじゃあるまいし…」

 そう、これはただの嫉妬だ。急に現れた新人におやっさんの興味を奪われたと思う幼い気持ちが生んだ嫉妬心。

「馬鹿らしい…大人になれ…」

 そう自分に言い聞かせていると、ガチャリと扉が開いた。


「お待たせしました!コーヒーとフリスクとアメリカンドックです!」

「あ?それ頼んでねぇよ」

「えっと、なんか俺、ちょっとうるさかったから迷惑料として受け取ってください。社長が圭介さんはアメリカンドックと五平餅が好きだって言ってたの思い出して…とにかく、さっきはすみませんでした。」

 山本は車にも乗り込まずに、低い位置から圭介に頭を下げている。圭介は勝手に当たっていたことに申し訳なさを感じ、頰をぽりぽりと掻いた。

「あー、おやっさん変なこと教えやがって…。あんがとな…そんで、俺も悪かったよ」

 山本はえへへと嬉しそうに、助手席に座りながら、白とオレンジのストライプ柄の紙に包まれたアメリカンドックを手渡す。圭介はそれを照れ臭そうにそれを受け取る。


 —そうだ、大人にならなくては…。


 アメリカンドックを食べ終わった圭介が、ゴミ捨てとトイレから戻ると山本が助手席で本を読んでいた。表紙には可愛い女の子が描いてあり、皆、剣や杖といったゲームなんかでよく見るファンタジーなアイテムを携えていた。所謂ラノベなのだろう。

「げっ、お前オタクかよ…」

 圭介は2次元を愛好する人物は根暗で卑屈という印象を持っていて苦手としていた。今ではパチンコでアニメを見ることもあるので多少は抵抗は無くなったが、どうしても昔からのイメージは簡単には拭えない。

「えーと、否定はしません…。もしかして、苦手ですか?」

 山本が捨てられた子犬のような目で見てくるので、悪いことをした気になった圭介はバツが悪そうに、別に、と答えた。

 その答えに安心した山本は再び読書に戻り、圭介は仮眠をとった。


 =====


 次のサービスエリアまでは山本に運転してもらった。道の分岐も少ないし、道路状況も安定している区間だから運転の練習だ。運転に集中している山本は先ほどまでとは打って変わって、静かにしている。圭介は助手席でダッシュボードに足を投げ出してくつろぎつつ、山本の持ち込んだラノベをパラパラとめくる。

 小説と呼ばれるような文字の羅列を読むのはセンター試験の問題が最後だったように思う。そのくらい圭介は読書をしない人間だ。

 これからの長い道程の話のネタにと、冒頭くらいはしっかり読もうと思い、肌色多めのカラーページを飛ばしてから、プロローグを読む。


 一行目から、不穏な雰囲気だ。

 なんてったって、主人公が血みどろで道路に倒れている描写だった。腕なんかも取れているようで、生々しい表現が続いた。心臓がどくどくとする。頭の中でイメージした映像が、実際に経験したとリンクする。手が震えてページがうまくめくれない。


 なんとかページをめくると、なんと少年の体は元どおり。しかし、異世界に来てしまった。というようなことが書いてあった。

「はぁ?」

 圭介はつい声が出てしまった。

「…どうかしましたか?」

 山本が緊張の面持ちで運転しながら、どうにかどうにか反応した。

「あ、いや、なんでもねぇ。運転代わるか?」

「んー…いえ!頑張ります!圭介さんは休んでてください!」

「あっそ…」


 圭介は気持ちを落ち着けつつ、続きに目を通す。

 異世界に戸惑いつつ主人公は、特殊な力で活躍をして、先住民?達を驚かせていた。

 続いて、回想シーンに移ると、主人公の冴えない高校生の男の普段の生活。そして、トラックに轢かれそうになる子供を助ける、死の瞬間が書かれていた。


 —…もしかして、こういうこと?


 僅かに鼓動が落ち着き始める。圭介の心に一つの光が射したような気がした。


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