第2話「拾った女」
「ありがとうございました」
「はいどうも」
神田大地はタクシー運転手にそう言って礼をした。
土砂降りの雨で有る。
傘をさして一人暮らしの自宅のマンションに向かう。
今日は医学部の友人たちとの合コンの帰りで有る。
残念ながら成果は無く、一人で帰って来た。
ふと、少し先を見ると、屋根付きのバス停留所に女の姿が見えた。
どうやら傘を持っておらず、雨宿りをしているらしい。
大地は一瞬迷ったが、声を掛けようと思った。
勿論下心からであった。
近付いて見ると、手にスーツの上着を持っていてずぶぬれだった。
格好から就活生の様だと大地は思った。
白いブラウスが、雨に濡れて下着が透けて見えていた。
大地はラッキーだと思った。
合コンで出なかった成果をここで出せると。
大地はなるべく親切を装って声を掛けた。
「あの、大丈夫?」
「あっはい」
女は不審そうに大地を見た。
―まずい。警戒されてる。当たり前だけど。
内心の焦りを出さない様にそのまま言葉を続けた。
「あの、どこまで行くの?」
女は、少し迷った様子をみせたが答えた。
「○○駅です」
「そうなんだ。でも、もうバス無いし、歩くと40分以上は掛かるよ?駅からは?」
「そんなにかかるんですか?どうしよう。駅からも電車乗らなきゃ行けないんですけど・・」
「もう終電出ちゃってるから、駅に行っても電車無いよ?」
「どうしよう・・」
「タクシー呼んであげようか?俺もさっき駅から乗ってきたから」
恐らく今、タクシー代を持っていないか、持っていても使いたくないに違いない。
大地はそう考えた。
タクシーを呼ぶならとっくに呼んでいるはずだからだ。
敢えてタクシーを呼ぶと話す事で、下心から言っているのではないと思わせる為だった。
「ありがとうございます。でも、タクシー代が・・」
―やっぱりな。よし、もう一押し。
「お友達とかは?迎えに来てもらうとか」
女は少し俯き加減で小さな声で答えた。
「あんまり、親しい子居なくて」
大地は内心でほくそ笑んだ。
―予想通り。
大地は敢えて相手にそう話させる事で、選択肢が無い事を再認識させたのだ。
「そうなんだ。困ったね?雨もこのままずっと土砂降りみたいだし・・」
女は、また俯いた。
「良かったら、ちょっと俺んちで雨宿りしていく?すぐ近くだから」
「・・でも・・・」
「何もしないよ。それに俺、家族と一緒で一人暮らしじゃないから安心して」
俯いていた顔が上がった。
少しほっとした様であった。
「・・じゃあ」
「よし、じゃ行こう」
そう言って、傘の中に女を招き入れ大地のマンションに向かった。
マンションに着くとすぐに女を入れ、大地はドアの鍵を閉めた。
「さ、上がって上がって」
大地に促されるまま、女は部屋に上がった。
「ちょっと待っててね。今、タオル持ってくるから」
女を居間に座らせて、大地はタオルを脱衣所から持ってきた。
居間の奥にベッドがある。
とても家族が居る様には見えなかった。
「あの、家族の方は?」
「へ?ああ?そこら辺に居るんじゃないかな?」
ニャア。
猫の鳴き声が聞こえた。
そして、するすると、ベッドの下からアッシュブルーの毛色のロシアンブルーが出てきた。
「これが俺の家族。ロシアンブルーのボルシチ」
「え?家族って猫?」
「そうだよ。俺、人間だなんて一言も言ってないよ。それに間違いなく家族の一員だし。違う?」
屈託なくそう言われ、思わず女は笑ってしまった。
「そう言われると・・そうかも」
「そうだよ。あっ、名乗って無かったね。俺は、神田大地。○○大学の医学部の4年生。君は?」
「あたしは、仁科美香。○○大学の4年生で就活中」
「じゃあ、同い年だね」
「そうだね」
美香の話によると、今日は面接を受ける会社の場所の下見にきたらしい。
他の会社を受けて、OB訪問をした後に回って来た為に遅くなったのだという。
方向音痴の為、どこに行くにも下見は欠かせないとの事だった。
「お風呂入りなよ。そのままじゃ風邪引くよ」
美香は少し戸惑ったが頷いた。
ベッドの中での美香は別人の様に乱れた。
大人しい第一印象からは、想像出来ない位の乱れ方だった。
事が終わると大地は深い眠りについた。
パンの焼けるいい匂いがした。
それで大地は目が覚めた。
「あっごめん。起こしちゃった?」
「いや。起きなくちゃいけないし大丈夫」
美香はこれを境に頻繁に部屋に来る様になった。
大地は最初こそ喜んでいたが、段々と疎ましく思うようになっていった。
「ねえ、大地。箸、持ち方違うよ?」
「ねえ、姿勢悪いよ?」
何かと母親の様に言動を注意してくるのが腹立たしかった。
また、愛猫のボルシチとも仲が悪いのも気になった。
美香が抱こうとすると爪を立てた。
寄ってこようともしない。
何人も女性を連れて来たが、そんな風に事になった事は一度も無かった。
一度嫌だと思い始めたら、何もかもが嫌に思えてきた。
ある日、大地は別れを切り出した。
「あのさ、言いにくいんだけど・・その・・もう来ないでくれるかな」
「え?なんで?あたし何か悪いことした?」
「いや、そうじゃないんだけどさ、ちょっと本腰入れてそろそろ勉強しないとさ試験とかヤバイから・・」
「邪魔?」
「え・・いや、邪魔っていうか・・集中・・そう集中したいんだよね」
「・・・そう。分かった。じゃあ、しばらく来ないね」
「ああ。悪いけどそうしてくれるかな」
大地はこれで終わったと思った。
だが、次の日の夜。
「お帰りー」
ドアを開けると、キッチンに美香が居た。
エプロンをして料理を作っている。
「な、何してんの?」
「何って見て分かんないの?料理だよ」
「そうじゃなくて・・」
「いいじゃん。別に料理位しに来たって。最後に一緒に食べようよ」
―最後か・・
「分かった」
居間に有る背の低いテーブルの前に座って大地は料理が出来るのを待った。
「お待たせ」
テーブルの上に、料理が置かれた。
美香が正面に座る。
「いただきます」
美香が料理に手を付けた。
深皿にシチューの様な料理が盛ってある。
美香が食べたのを見て、大地もスプーンでスープと肉を口に運んだ。
「やだ、毒とか入ってないから」
「・・うん。ってかこれ、なんて料理?」
「知らないの?ロシア料理でボルシチって言うんだよ?」
「え?これが?」
「そっ。食べた事ないのに名前つけたの?」
大地の手が止まった。
そう言えば、愛猫のボルシチの姿が見えない。
大地はキッチンに目をやった。
キッチンの流しの下の扉に白いビニール袋が下げて有る。
肉を処理したのか、中が赤いのが見て取れる。
そこの袋の上から、何かが出ていた。
目を凝らすと、アッシュブルーの長細い尻尾の様な物が、袋から垂れ下がっていた。
―さっき食べたあの肉は・・・
「うっ」
「お前、なんて事しやがる!」
大地は、美香を突き飛ばすと馬乗りになった。
「や、止めて・・だいち・・あたし・・なに・・」
「ふざけんなよ」
大地は馬乗りになったまま、美香の首を絞めた。
美香はもがきながら、大地の手に爪を立てた。
だが、大地の手は一向に緩まない。
ごきゃ。
音がした。
大地は美香を見た。
首が有り得ない角度に曲がっている。
―やっちまった。
医学生の大地でなくても分かる。
蘇生は不可能だと。
大地はへたり込んだ。
そして何気なくベッドの方を見た。
ベッドの下に光る二つの眼が見えた。
「え?」
ニャア。
「え?ボルシチ?」
呼ぶとボルシチはさっと目の前を通り過ぎ、キッチンに向かった。
尻尾もきちんと有る。
大地は混乱したままキッチンに向かった。
白いビニール袋から垂れ下がる物は、尻尾ではなかった。
アッシュブルーの色の猫じゃらしだった。
「なんてこった」
「ねえ、だいち」
「え?」
振り向くとそこに美香が居た。
「美香、お前生きて・・」
反射的に居間に目をやると、倒れている美香の足が見える。
「だ、だれだお前・・」
「何言ってるの?変な冗談止めてよ」
そう言って、美香は居間に向かった。
大地はその背中を見送りながら、キッチンにある包丁を手にした。
「何、これ!」
居間で、新しい美香が声を上げた。
恐らく死んでいる美香を見つけたのだろう。
「な、なんであたしを殺したの?」
大地はさっと居間に駆けて入り、包丁を美香の腹に突き刺した。
「ああ、だいち・・またあたしを殺すのね」
腹部から包丁を生やしたまま、二人目の美香は倒れてすぐに動かなくなった。
大地は呆然とした。居間に二人の美香が倒れている。
―何なんだよこれ・・
大地は浴室の方を見た。
水音が聞こえる。
誰かがシャワーを浴びている。
大地はそっと足音を忍ばせて、脱衣所に入る。
浴室の戸のすりガラス越しに人が見えた。
大地が浴室の戸に手を掛けて開けようとした瞬間、戸が開いた。
裸の美香がそこに居た。
「いやだ、大地、待てなかったの?いやらしい」
ニャア。
猫の鳴き声が聞こえた。
大地は後ずさりした。
「逃げないでよ?抱かないの?違うか・・殺さないの?」
美香はにやりと笑った。
大地は急いで脱衣所のドアを閉めると、部屋に逃げ込もうとした。
その背中に、ピタリと濡れた美香が抱きついた。
白い腕を大地の前に廻している。
ニャア。
美香が猫の鳴きまねをした。
「は、離せ」
「どうして?離しても殺さない?」
「こ、殺さない、殺さない」
「・・・ふふ・うそ・・殺すくせに」
するりと美香が前に廻ると大地にキスをしようとした。
「うわあ」
大地は美香を突き飛ばした。
美香は近くの壁に勢いよく頭からぶつかり、倒れてそのまま動かなくなった。
ニャア。
「ほら殺した」
大地のすぐ後ろから美香の声がした。
今度は大地が突き飛ばされた。
突き飛ばされた勢いで居間に倒れた。
倒れた先に死んだ美香の顔があった。
「ひい」
新しい美香が上から被さってきた。
必死で大地は抵抗した。
「死ねよ!死ね!いい加減に死ねよおお!!」
気が付くといつの間にか馬乗りになり、滅茶苦茶に美香を殴っていた。
もうその美香は動かない。
ニャア。
「だ・い・ち」
目の前に立つ女の白い足が見える。
「やめろーー」
ニャア。
「殺さないで」
ニャア。
どんどんと居間に美香の死体が溢れていく。
ニャア。ニャア。ニャア。ニャア。ニャア。
ニャア。ニャア。ニャア。ニャア。ニャア。
「殺してやる!殺してやる!全員!ころしてやらうあーー!」
ニャア。
怖い 十六夜 @16-izayoi-16
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