怖い

十六夜

第1話「内科医の日常」

「山田さーん。山田雄介さーん」

看護師の高橋加奈が声を掛ける。

真夏の診療室は暑かった。

エアコンの設定温度は27度。

しかし、窓からは日光がまともに当たり、

カーテン越しでも十二分に室内の温度を上げる。

診察室のドアを開けて入ってきたのは、大学生位の男だった。

この病院の内科医、西野健司は白衣の右のポケットの中にあるお守りをそっと握りしめた。

患者が来た時にするいつものだった。

「どうぞお掛けになってください」

医師の西野が診察用の丸い椅子に座る様に促す。

促されて、雄介は丸い椅子に腰かける。

「先生、俺、たぶんですけど、風邪だと思うんすよね」

―またか。

西野は内心うんざりした。

最近の患者はみなネットで症状を調べて自己診断をやたらとしてくる。

―診断を下すのは俺なのに。

そういつも西野は不満に思う。

そっと、その不満を漏らさない様にポケットの中のお守りを握りしめる。

―落ち着け。

そんな西野の様子を、患者の後ろに立つ看護師の加奈が表情の無い顔で見ている。

加奈は、25歳で端正な顔と、肉付きの良い男好きのする体をしていた。

ピンクのナース服のスカートから覗かせる、すらりと伸びた足は、入院患者や医師からの人気を集めていた。

なまじ顔が良いだけに表情がないと、西野はバカにされた様な気分になる。

―くそ。バカにしているな。俺だって本当はこんな所で、アホな学生なんかのどうでもいい自己診断になんか付き合いたくはないんだ。

そう内心でごちた。

西野の医学生時代の志望は外科医だった。

医師にとっての花形である。

少なくとも西野はそう思っていた。

だが、西野には外科医になれない決定的な欠陥があった。

緊張し過ぎるのである。

緊張すると手足が硬直し、何も出来なくなる。

オペなどもってのほかであった。

「先生?」

加奈が声を掛けた。

右手を白衣のポケットに突っ込んだまま、固まっていたからだ。

目の前の患者も不審そうに見ている。

「先生、大丈夫っすか?」

「あ?」

西野は思わず口に出してしまった。

―クソ餓鬼が。てめえで風邪だと分かるなら、それくらいで生意気に病院なんか来てんじゃねぇ。

「へ?」

「先生、患者さんになんてことを!」

患者の雄介と、看護師の加奈がびっくりしたような顔をして医師の西野を見る。

心の内に思っていた事が、言葉にして出してしまっていた。

「やばっ。この先生、頭おかしい」

雄介がそう言った。

その言葉を聞いた瞬間、西野の中で何かが切れた。

西野は白衣のポケットから、を出した。

そして、雄介の首の辺りをで横に薙ぐ。

雄介は、自分に何が起こったのか分らなかった。

「ぐっかあ」

言葉にならない声を上げ、首から大量の血が噴き出していた。

は、銀色に光るよく切れるメスだった。

「きゃあーー」

加奈が悲鳴を上げてへたり込んだ。

西野は、の柄をぐっと握りしめ、ゆっくりと加奈に向かって歩いていく。

―いつもバカにしやがって。その自慢の足と、おっぱいを切り刻んでやる。

それでも俺の事をバカに出来るかな?

残忍な笑みを浮かべて、ゆっくりと加奈に近付いていく。

加奈は完全に腰が抜けてしまった。

「ああ・・せ、先生、止めてぇえ」

ええ?た・か・は・し・く・ん。な・に・を・や・め・る・の・か・な?」

西野は、ナース服の上にメスを当てた。

一気に下にメスを降ろし、ナース服を切り裂いた。

加奈の白い、陶磁器の様な肌が見えた。

下着姿になった加奈を見て、西野は今までの人生の中で一番興奮した。

「お願いです。先生もう止めて……」

加奈が泣きながら懇願した。

西野は凄惨な笑みで答えた。

「もちろん。ダメだ」

そういって、右の乳房の上の方にメスを差し込んだ。


「……先生。西野先生」

西野は、加奈に声を掛けられて気が付いた。

どうやら少し、うたた寝をしていたらしい。

「先生、大丈夫ですか?」

「ああ。大丈夫。患者さんを呼んで」

「はい。山田さーん。山田雄介さーん」

西野は、そっと白衣のポケットの中のを握りしめた。

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