第30話 寂しげな瞳に見つめられ

 しばらくして私はお粥の食器とトレーを片付けようとした。

 恭太郎さんの部屋に静かに入る。

 食器を見てみると、きちんと完食していて、薬を飲んだ形跡もあった。

 傍らに座って顔を覗き込んでみる。冷えピタと薬が効いているのか、さっきよりも顔の火照りが引いたような気がする。

 良かった……これなら週明けには治るだろう。

 そろそろ張り替えるべきかと思って、私は冷えピタに触れてみた。けっこう温かったので、私は手を引いて立ち上がろうとした。

 だが、ふと何かに手首を掴まれた。

 振り返ると、とろんと寂しげな瞳で私を見つめる恭太郎さんがいた。

 ごつごつとした大きな手が力なく私の手を掴んでいたのだ。

 どうしたのだろうか、聞こうとすると恭太郎さんは呟いてきた。

「……いか……ない、で……」

「…………っ!」

 少し頼りなくて、今にも泣きそうなか細い声だった。

 私は思わず目を見張った。無碍に振り払えなかった。

 起きているかは微妙だったが、私はその場にへなへなっとしゃがみ込んだ。

 初めて、甘えられた……!

 物静かで、照れ屋で、意地っ張りな恭太郎さん。

 助けられてばかりだと思っていたけど……自惚れていいのだろうか。

 私が恭太郎さんにとって、居心地の良い存在であるということに。

 恭太郎さんの手から伝わってくる熱が、私の心を甘く侵食していく。

 熱を帯びた毒にやられて、心臓がバクバクと跳ね上がる。

 そういえば、初めて恭太郎さんに触れたのは引っ越しの日だったな……。

 あの時は少し触れ合ってしまっただけで、お互いにびっくりしてしまった。

 だが今は……触れ合えることが、たまらなく嬉しかった。

 私は両手で彼の手を包むようにして握り返した。

 気のせいか、恭太郎さんはさっきよりも穏やかな顔になっていた。




 二十一時頃。

「本当にすみませんでした……っ!」

「いいのよ、気にしないで」

 リビングのテーブルで向かい合いながら、恭太郎さんは深々と頭を下げてきた。

 私は笑みを浮かべながら言ったが、恭太郎さんはこの上なく恥ずかしそうに目を伏せたままだった。

「冴姫さん、病弱だって言っていたのに……もし風邪を移していたらすみません……!」

「大袈裟ね。そこまで体が弱い訳じゃないから大丈夫よ」

 どうやらあの時の恭太郎さんは寝ぼけていたようだ。

 起きて気が付いたら私が手を握っていて、訳が分からず驚かせてしまった。

「ちゃんと暖かくして対策するから。伊達に風邪を引きまくった訳じゃないのよ?」

「威張れる事ではないと思うんですが……分かりました」

 恭太郎さんは頷いてくれたものの、まだ申し訳なさそうだった。

 気にしなくていいのに……。

 と言っても多分、気にするだろうから私は口を噤んだ。

 代わりに私は恭太郎さんに告げた。

「もうすぐ期末考査だってあるんだから、体調管理はしっかりしないと駄目よ。焦ったって成績は良くならないんだから」

「……善処します」

 きちんと反省してくれたようだ。

 むず痒そうに頭を掻く恭太郎さんがなんだかおかしくて、私は薄く笑みを浮かべた。

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ペンギン少女は不愛想なゴリラと恋する夢を見ない エリュシュオン @elysionnoisyle

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