第29話 病弱少女と健康優良児?
看病をするなんて、初めての経験だ。
だが私が病弱でよく風邪を引くから風邪薬や冷えピタなどの備えはあった。引っ越しの日に兄が持たせてくれたのだ。
正直、心配し過ぎだとは思ったが、こんなところで役に立つとは……。
兄に感謝しつつ、私は準備を整えると恭太郎さんの部屋へ向かった。
軽くノックをし、「入るわよ」と言って部屋の中に入る。
眠ってはいないものの、大人しく横にはなっていたようだ。
私は感心しつつ、ベッドの傍らにある小さなテーブルに水のペットボトルや薬などを置いていく。
すると恭太郎さんは私の方を見ながら少し驚いたように言ってきた。
「……ずいぶん、手慣れているんですね」
「私と父が昔から病弱で、するのもされるのも慣れているの。あっ、着替え出すからクローゼットを開けてもいいかしら?」
「……はい」
かなり恥ずかしそうに、この上なく悔しそうに呟かれた。
何がそんなに悔しいのかしら……、私は不思議に思いつつクローゼットを開けて着替えを取り出し始める。
恭太郎さんは深く溜息をつくと、自分自身にうんざりしたように呟いた。
「この年になって風邪を引くなんて……」
「人間は人生のうちに平均で二百回は風邪を引くのよ」
何かのテレビからの受け売りだ。
だが私の言葉に恭太郎さんはとんでもない事実を告げた。
「自分の家では風邪なんて誰も引かなかったんですよ……」
「えっ?」
思わず振り返る。そして素っ頓狂な声を上げてしまった。
嘘でしょ……? 風邪を引かないなんて人、本当にいるの……!?
私には武蔵家一同の健康優良児っぷりが羨ましかった。
小学時代、しょっちゅう風邪を引いたせいで行きたいイベントを休んでいたから……。
私は着替えを取り出すと、持って来たタオルと重ねて恭太郎さんを起こそうとした。
「恭太郎さん、起きられる?」
「…………?」
とろんとした瞳を向けてくると、恭太郎さんは不思議そうな顔をした。ゆっくりと体を起こして、しんどそうに息をつくと私に尋ねて来た。
「……なんですか?」
「汗を拭こうと思ったんだけど……――――」
上、脱いでくれる?
思わず言ってしまいそうになった。
決してやましい気持ちなど、ない。だが少し心配だったのだ。
私は慌てて用意した言葉を飲み込んで、変わる言葉を考えていると、
「じ、自分でやります……!」
先に答えられてしまった。
本人が言っているのだから、無理強いするのは良くない。
私は微笑んで掛布団の上に着替えとタオルを置いた。
「何かやって欲しい事とか、必要なものがあったらLINEしてね」
「……はい」
恭太郎さんが頷くと、私は静かに立ち上がってから言った。
「何から食べられそうだったら行ってね」
「……はい」
寝返りを打った恭太郎さんの返事を聞いて、私は部屋をあとにした。
扉を閉めると、リビングのソファにドサッと腰かけて息をついた。
慣れているとはいえ、やはり家族と他人に対するのとでは勝手が違っていた。
家族だったら体を拭いてあげる事だって抵抗がないだろう。
だがさっきの恭太郎さんは、明らかに恥ずかしがっていた。
私の考え無しの言葉のせいで余計に熱が上がらなければいいのだが……。
「……ご飯、食べよ」
さっきからテーブルの上に放置されていた朝食を見て、私は立ち上がった。
恭太郎さんの分はお昼ご飯として食べよう。
正午を少し過ぎた頃。
久しぶりにテレビを見ていると、傍らに置いていた携帯端末がバイブレーションした。
手に取ってみると、恭太郎さんからだった。
LINEを開いて確認してみると、お粥が食べたい、とのことだった。
やっと頼ってくれた……。
私は少し嬉しくなって「了解」と素早く返信をすると、さっそく作り始めた。
別に作れない訳ではないのだが、恭太郎さんは今日、何も食べていない。早めに出した方がいいだろう、と思ってレトルトのお粥で簡単に済ませた。
レンジで温め終えると、水を入れたコップとバナナと共にトレーに乗せた。
恭太郎さんの部屋の扉をノックして、ゆっくりと開けた。
部屋に入ると、恭太郎さんは落ち着いた様子で眠っていた。
ベッドの傍らのテーブルに置くと、少し声量を抑えて恭太郎さんを起こした。
「恭太郎さん」
「……んん……」
小さく唸って目を擦ると、恭太郎さんは目を覚ました。
「お粥とバナナを持ってきたけど、食べられそう?」
私は尋ねると、恭太郎さんはのっそりと、少ししんどそうに起き上がった。
恭太郎さんは何も言わなかったが、小さく頷いて肯定した。
私は薄く笑みを浮かべると、恭太郎さんに言った。
「ここに置いておくわ。食べたら薬を飲んでね。あとさっきの着替えは洗濯しておくから」
簡潔に伝えると、私はさっと畳まれた恭太郎さんの寝間着を手に取った。
恭太郎さんはお粥のトレーを膝元に置くと、ちびちびと食べ始める。
「食べ終わった頃にまた来るわ」
「……何から何まですみません」
「構わないわよ。私たち、仮にも許嫁なんだから」
私は屈託なく言うと、寝間着を手に持って再び部屋をあとにした。
本当はもっと世話を焼きたいが、一緒にいると疲れてしまう人もいる。多分、恭太郎さんはそのタイプだろう。
元気になるまでそっとしておこう、私は部屋の扉を静かに閉じた。
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