第28話 色濃く心を染める不安

 ある土曜日の朝のこと。

 いつもの時間に恭太郎さんが起きて来ない。

 朝食を作り終えた私は、心配そうに恭太郎の部屋の扉を見つめる。

「どうしたのかしら……」

 もう七時半を過ぎている。

 休日だから別に構わないのだが、私は恭太郎さんの部屋をノックした。

「恭太郎さん? 起きている?」

 返答は、ない。

 おかしい。不安がさらに色濃く私の心を染めていく。

「……入るわよ?」

 私は恐る恐る扉のドアノブを捻った。ゆっくりと慎重に開けていく。

 ベッドの方に目線を向けると――――ぐったりと寝込んでいる恭太郎さんがいた。

「恭太郎さん……?」

 最初は遅くまで勉強をした事による寝不足かと思った。

 だがじっとりと汗を掻いていて、前髪が張り付いている。苦しげに呼吸をしていて、顔がかなり火照っていた。

 もしかして……風邪?

 私は恭太郎さんのベッドの傍にしゃがみ込むと、囁くように恭太郎さんに尋ねた。

「恭太郎さん? 大丈夫?」

「……うぅ……んぅ……」

 苦しげに唸って、恭太郎さんは重たそうに瞼を開く。

 とろんとしている濡れた瞳が私に向けられる。

 私は思わず息を飲むと、恭太郎さんはしんどそうに息をついた。

「……すみません、ちょっと体調悪くて……」

「大丈夫なの? 風邪……?」

 私の言葉に恭太郎さんはひどく咳き込んだ。

 しばらくして落ち着くと、ものすごく悔しそうに息をついてきた。

「……多分、無理したせいだと思います……。今度、模試があるので……」

 そういえば、恭太郎さんは夜遅くに珈琲を淹れていたのを見たことがある。

 おそらく眠気対策で飲んでいたのだろう。

 私は恭太郎さんの言葉に思わずじとっと目を細めた。

「ちなみにどのくらい夜更かししていたんですか?」

「…………に、二週間ほど」

「……はぁ」

 呆れて言葉も出ない。

 仮にも医者を目指している人間が体調管理すら出来なくてどうするのだ。

 いくら模試で結果を出したいからって……少しは頼ってくれてもいいのに。

 意地っ張りで頑なの恭太郎さんに、私は息をついてから頭を抱えた。

「学校の日じゃなくて良かったわ。タオルとか持って来るから、少し待っていて」

「……いや、大丈夫ですから……っ」

「そんな状態で言われても説得力がないわよ」

 恭太郎さんが無理をして起き上がろうとして来た。

 私は恭太郎さんの肩を押して寝かせると、改めて掛布団をかけてあげた。

「たまにはゆっくり休んで。模試で結果が出なかったら元も子もないじゃない」

「…………」

 恭太郎さんは拗ねた子供のように唇を尖らせて不機嫌そうな顔をした。

 その表情が珍しくて私は可笑しくなって、くすっと笑ってしまった。

「……何ですか」

「ごめんなさい。じゃあ私が戻って来るまで大人しく寝ていてね」

「…………」

 この上なく不満そうだったが、恭太郎さんは掛布団を頭まで被った。

 私はその様子を見て、大丈夫だろうと確信すると汗を拭く用のタオルなどを取りに行った。

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