第39話 それから、月日は流れ
それから、月日は流れ、一〇月の下旬、その頃には紫恋さんも、だいぶ調子が良くなったみたいで、髪は青みがかった美しい黒髪のストレートが背中まで伸び、肌も肌荒れやシミがほとんど消えて透き通る白い肌になっている。顔も少しふっくらして、宝石のようなそれぞれのパーツが理想の比率で配置され、どこかから見ても文句のない美少女になっていた。只、残念ながら、体形はまだまだ中性的な域を出ていなかった。
そして、ついに迎えた聖心女学園の文化祭、俺たちの命を懸けた? 舞台が始まった。
演目 「現代版、源氏物語」
配役 光源氏 五条 光希
桐壷(藤壺)二役 雅 藤萌
葵の上 篁 葵
若紫 橘 紫恋
ある天皇 宮田 健二
その他 その他部員
脚本・監督・ナレーション 池田 桜
昔、身分が低く卑しい者であるのに、ある天皇の寵愛を受けた桐壷という女御(にょうご)が居(お)りました。そして、そのある天皇と桐壺の間に、可愛らしい男の子が生まれました。この男の子は光輝くように聡明で、美しくあったため光源氏と名付けられました。
しかし、光源氏を生んだ桐壷は体を壊し、光源氏が三歳の時に死んでしまいました。
池田さんのナレーションの後、舞台にスポットが当たり、健二と藤萌さんの二人が、おもちゃの赤ちゃんをあやすシーンが映し出され、そして、ライトが暗くなって行き、フェイドアウトする。
健二、ナレーションだけで、お前セリフが無かったな。でも心配するな。次のシーンは有るからな。
そして場面が変わり、宮中と言うか、どこかのファミリーレストラン。メイドに扮した藤壺(藤萌)に健二が声を掛けるシーンだ。それにしても古典はどうなった?
そうか、藤萌さんがどうしてもメイドの恰好がしたいと言いはったんだった。
「そこの、女子(おなご)名はなんと申す」
「藤と申します」
「なんと良い名前だ。わしと宮中にこないか。贅沢をさせてやるぞ」
「私は贅沢が好きな女よ。あなたは私を満足させられるかしら?」
「なんでも、好きなものを買えばよい」
そういって、札束で藤萌さんのほほをペチペチと叩く健二。
その札束をサッと取り上げると、にやりと笑う藤萌さん。
「こんなものじゃあ足りないわ。でもしばらくは贅沢できそうだから、あなたに付いて行くことにするわ」
そうして、店を出ていく二人。そこで、また舞台は暗くなる。
なんだよこの劇は? もうすでに、どこにも源氏物語は無かった。おっと、そろそろ俺の出番だ。俺は着ている束帯を確認し舞台にでる。
そして宮中で、藤壷を見た光源氏は、自分の母、桐壺の面影を見て、すっかり藤壺に心奪われるのです。
なんなんだこのナレーションは、俺はマザコンじゃないっていうんだ。
そして、俺は藤壺の後を付け、藤壺の部屋に忍び込む。
まるで、ストーカーじゃないかって、そういうことをこれからしてしまうわけなんだが……。
「藤壺様、私はあなたを一目見て、私の物にすることに決めました」
「ああっ、光源氏さま。いけません。私はあなたの義母親(ははおや)なのです」
「私は、マザコンなんです。もう我慢できません」
一体、俺は何を宣言させられているんだ。
俺は、やけくそで、藤萌さんの十二単の帯に手を掛け、そして引っ張るのだ。
「あれー」藤壺さんは帯を引っ張られ、クルクル回りながら、舞台のそでに引っ込んでいった。
「よいではないか。よいではないか。」俺も、藤萌さんを追っかけて舞台のそでに引っ込んでいく。
あー、もう俺はバカ殿だ。誰かカツラを持ってきてくれ。そう突っ込まずにはいられない。よく、だれも練習の時に文句を言わなかったよな。あの暴君、池田の野郎が!
さらに、場面が変わり、今度は、俺と若紫(紫恋)との出会いのシーンだ。
泣きながら紫恋さんが、舞台のそでから出てきて俺の前でこけるって思いっきりこけて顔を打っているじゃないか。とても体のバランスが悪いのだ。階段から落ちたのもひょっとして自分からか?
「そこの女御、怪我はないか?」
「あたたっ、顔を思い切り打ってしまいました」
そう言って、舌を出しながら頭をコツンと叩く。演技と言えどやっぱり可愛い。
「どうして、泣いていたのだ?」
「飼っていた雀に逃げられてしまって」
「それは難儀なことだな。ところで、そなた、名前は?」
「若紫と申します。あなたは高貴な身分の方ですか?」
にっこり笑う紫恋さん。
「ああっ、私は高貴な身分の者だ。光源氏という」
「光源氏様、ああっ、天皇様の身内の方ですね。私の叔母様は天皇様の宮中にいらっしゃるのです」
「叔母様が宮中に居るのか。なんと申す者だ?」
「藤壺様でございます」
「なんと、藤壺様の姪御(めいご)であったか。ならば、おばさんにたまには会いたくないか?」
「うん。会いたいです」
「じゃ、おじさんについておいで、飴もあげるから」
そうやって、若紫を宮中に連れていくって、まるで人さらいだな。もっとも原作も近いものなんだが。
そして、俺は紫恋さんを連れて舞台のそでに下がっていく。
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