第37話 健二、なんだったんだろうな?
「健二、なんだったんだろうな?」
「ああ、あれが、逆ナンってやつだ!!」
不貞腐れて、健二も海の方に走って行ってしまった。
俺が呆然と健二を見送っていると、また後ろから声を掛けられた。
「さっきは本当にありがとう。光輝君」
「ああ、紫恋さんか。別に役に立ってないよ。警備の人が居なかったら俺だけじゃあどうなっていたかわからないよ」
「でも、一人で三人に向かって行けるなんて、ううん、来てくれただけで嬉しかった。それに、私を拒食症から救ってくれたお礼もまだ言えていない」
なんだ。今日の紫恋さんとてもよく話すな。元々大人しい子だから、会話を持たせるのが大変だったのに。そんなことを考えていると葵が紫恋を呼ぶ声が聞こえる。
「あっ、葵が呼んでる。また、ナンパに誘われるのを頑張るのかな? 光輝君、まだまだ私を支えてね」
「ああ、任せとけ!」
俺の言葉を受け取ると、嬉しそうに微笑んで、紫恋は葵の方に行ってしまった。
それからだ。三人が別々で俺に話しかけてくるようになったのは。
そうして、昼間は、海の家の売上を上げるために、ナンパ修行に明け暮れ、夜は演技指導を受けながら、一週間を過ごしていた。
そんな演技指導の時、池田さんに話しかけられたのだ。
「ところで五条君。あなた、最後のアドリブのところのセリフと演技、もう決めているの?」
「いえ、あの葵や藤萌さんや紫恋さんに声を掛けても、だれも乗ってこなくて……」
「それって、あなたに一任ってことなのかな?」
「良くわからないです」
「だったら、篁さんと二人っきりの時、話題にしてみたら? 三人いっしょだとみんな牽制し合って、なかなか本音なんか出てこないわよ」
うーん。葵と二人きりの時か。そうだな、いつか機会を見つけてだな……。
そして、その機会は意外と早くやって来た。
合宿の最終日、別荘で結構大がかりな花火大会をして、盛り上がった後、俺はちょっと寝つきが悪かった。さすが金持ちだ。打ち上げ花火千発。ちょっとした田舎の花火大会なみだった。
「寝る前に興奮したしな。それに火花を観れば、メラトニンの分泌が……」
俺はのどが渇いて、ぶつぶつ言いながらキッチンに降りていくと、丁度、葵が玄関から出ていくのが見えた。こんな時間にどこに行くんだ。
俺は、葵について玄関を出た。しばらく葵の後を黙って付けてみた。すると、どうやら葵も寝付けずに庭を散歩しているようだった。
「葵」
俺の声に驚いたように振り向く葵。
「光輝……。どうしたのよ。こんな夜更けに?」
「いや、寝付けなくってさ」
「私もそう。あんたのくれたホルモンブレンド。花火という触媒があると、セロトニンからメラトニンに変化しにくいんじゃない」
「そうかもしれない。幸福感に満ちているのに眠れないなんてな」
「へぇー、光輝、今幸福なんだ? 私もそうかな?」
「ところで、葵、劇の最後なんだけど……。どうしようか?」
「あの劇のラストか……。なんならここで練習する?」
そう言うと、葵は俺の胸に抱きついてきて、首に手を回すのだ。
これは、ラブシーンなのか。俺はここでファーストキスを経験するのか……。
俺が、葵に覆いかぶさるように、顔を葵に近づける。そこまでいって、葵は人差し指で、俺の唇を止めるのだ。
もちろん葵だけじゃない。ギフトが俺の後ろ髪を必死に引っ張ってくる。
(光輝様、ダメです。キスをすると女の子は無意識のうちに、この人に抱かれてもいいかどうかの判断をしちゃいます)
おおっ、そうだった。確かに女の人は、キスによる唾液の交換で、瞬時にその男の免疫系の遺伝子を無意識に読み取っている。そして、自分に無い優秀な免疫遺伝子を男が持っていれば、脳がこの男との子作りにゴーサインを出すのだ。そうなれば、エロホルモンが色々と活性化してしまう。
(光輝様は、もうどなたかを決めたんですか? そんなはずはないです)
(確かに、俺自身はいまだにベストハーフという意味では決めていないよ。でも、どうしてギフトはそれが分かるのさ?)
(分かるんです。私の存在そのものがセンサーなんです)
(センサーってなんだ?)
(いえ、そこは秘密です)
そういうと、ギフトは横を向いて黙ってしまう。
同じく葵も同じことを俺に向かっていう。
「勢いで、流されるなんて光輝らしくないな。それにこういうのはフェアーじゃなかった」
そう言うと、俺の胸を押し返す。
それにしても、フェアーじゃないってどういう意味だ。雰囲気をつくったのは葵の方だろう?
(危ない。危ない。光希のホルモンブレンドに流されて、光輝とキスをしてしまうところだった。まったく、花火って、ロマンチックでセロトニンがたっぷり出ている所に、ベータエルドルフィンも出るから、ずるずるいっちゃうシチュエーションを作り出すのね。
私は、藤萌や紫恋の気持ちを聞いたわけじゃないけど、二人の雰囲気でわかる。二人とも、光希に恋心を抱いている。私は光希のいとこで相談役でもある。その立場を利用して抜け駆けするわけにはいかないのよ。
あーあっ、私は、こういうところで、やっぱりテストステロン女だから、友情を裏切るわけにはいかないのよね)
俺が葵に何も言えないうちに、葵は部屋に帰って行ってしまった。
そうやって、俺にとって、演劇も私生活も何の進展も無いままと言うか、池田さんから小遣いをむしり取られ、葵と少し気まずくなった聖心女学園の演劇部と城央高校の演劇同好会の合同合宿が終わった。
そんな俺と葵の二人の雰囲気を察して、帰りのバスでは、俺の隣に紫恋さん、通路を挟んで藤萌さんが座った。
「光輝くん。葵と何かあった?」
「別になにもないよ」
「ふーん。あなたたち付き合っているの?」
「いや、それはないと思う」
「この合宿で何も無かったんだ。じゃあ私、葵に宣戦布告するわ」
いや、藤萌さん、俺、あなたが何をいいたいのか全く分かりません。
すると、隣に座っている紫恋さんも、俺に言う。
「光輝君、あなたには心から感謝しているの。わたしはあなたに救われたのかな? だから、これからも私を支えていてほしい」
二人の目は、恋に恋する乙女の目になっている。雰囲気に踊らされてPEA(フェネチルアミン)が分泌されているとしか思えない。これが合宿効果なんですか?
葵や藤萌さんや紫恋さんを始めとする演劇部のみんなとの距離は、この合宿で一気に縮まったような気がした。
それから三人は、頻繁に俺の薬屋に顔を出すようになった。どんどん美しくなっていく三人の少女たち。俺の若紫計画は、誰をターゲットにしていたのかわからなくなっていった。
それに合わせて、文化祭で発表する演劇の練習にも熱が入っていくのだった。
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