第34話 葵は紫恋さんを支えながら

 葵は紫恋さんを支えながら、大原先生に言い放ったのだ。

「先生、謝って済む問題じゃないんです。紫恋は死にかけたんですよ」

「葵、もういいの。お父さんの会社のことでもあるし」

 紫恋の言葉に、葵も沸騰したアドレナリンの美少女剣士が鞘に刀を納め、冷静になる。確かに罪を追求しようとすると、やっと知り得た証拠も捜査段階で違法性があれば、裁判になった時、証拠として取り上げてもらえず、逆に個人情報を漏らした紫恋の父親の会社の社会問題になる。

 ちなみに、だから日本ではおとり捜査による証拠が認められていないのだ。

 俺は、三人の状況を見てゆっくりと口を開いた。

「仕方ないよなあ。今の世の中、男がいい加減なのは男性ホルモンのテストステロンを発揮するところが無いからなんだよ。本当はテストステロンって性欲だけじゃなくて、男性社会じゃ不可欠な権威や規律、地位なんかを競い合うのが好きなのに、争いながら社会性を学ぶ場が教育から無くなっているんだ」

「そうよね。学校じゃあ、競争よりも協力が大切だって学び、身近な現実より遠い世界の苦しんでいる人に感情移入することを強要する。力の白黒を決める運動会だってお手々つないでゴールだもん。学校の先生も権威の象徴から、穏やかなまとめ役を求められているしね」

 俺の言葉に、葵が同意する。

「ああ、俺に言わせれば、教育の女性化だな。テストステロンを発散させるところがない。だから、男は物腰の柔らかいメス化した奴と、決まりが守れない粗暴な奴に二極化してしまう」

「そうそう、粗暴な奴は社会性を教えて貰ってないから、地位や権力を争い、要するにリーダーになって何かを成し遂げるっていうより、そのテストステロンのはけ口を女とかお金に求めて、執着するのよね」

「まあそういうことだ。切磋琢磨して個性を育てるどころか、個性と本能のはき違えて、エロと金そして暴力に支配されてしまう。これは女性化した教育からはじき出された男たちの悲しい末路だ。テストステロンの使い方をしっかり学んでいれば、健全な勝負に挑んで違う人生を歩んでいたかもしれないのにさ」

 俺たちは、そこまで一気に言って、大原先生を見る。

 大原先生の肩が小刻みに震えている。

「「だから、あなたも、この社会の犠牲者なんだ(です)!」」

 俺たち二人は、同時に叫んだ。

 その言葉を聞いて、大原先生は、さらに大泣きになった。

「大原先生、俺たちは、先生をどうこうするつもりはありません。あなたがその男に騙されたのは、母性本能、プロラクチンがなせる技です。その豊かな胸、まさにダメンズを抱擁する聖女です。これからは男を見る目を養ってください。」

 ここは、俺だけの持論だが、最近の女性の胸の発育の良さに比例して、ダメンズに振り回される女の人が増えたのではないかと考えているのだ。


「光希、もういいでしょう? 大原先生も他人の借金を抱えて、バカな男から婚約破棄されて、生き恥を曝(さら)して、十分な社会制裁を受けているよ」

「そうだな、でも一言だけ、先生は生徒を守るのが仕事だ。その生徒を攻撃するなんて許されることじゃない。今の時代、先生がストレスにさらされていることは同情するけどね。それから、橘紫恋については俺たちが責任を持って回復させる。だから、心配しなくて大丈夫だ。

 それに協力してくれている宮田健二はいい奴だから、この聖心女学園に入れるように許可してくれ」

 そう言うと、俺は大原先生に背を向けた。俺は、これから謝り続けるだろう女性を見ることなどできなかったのだ。

 そして残されたのは、紫恋を支える葵。反対側には藤萌さんがいる。後ろには、恵子さんや真由美さん。池田さんや演劇部の子たちは、大原先生の傍にいるようだ。

 それでいい、大原先生の感情が堰を切って、溢れ出すのを受け止めることが出来るのは、同じ女性しかできないことなのだ。


 「そうなの。私、あの男の婚約しているんだからいいだろうっていう言葉で、カードを貸したら、アッと言う間にカードの借金が増えて、それを相手に言うたびに「この程度の金、旦那になる俺に使わせることもできないのか!」って罵られて。

 挙句の果てに、カードが止められたら、カードを投げつけられて、「お前みたいな、使えねえ女、婚約破棄だ。俺はカードが使えないで女の前で恥をかかされたんだ。慰謝料を払え!」って、無理やり結婚資金で貯めていた定期を解約させられて、ごめんなさいね。橘さん、あなたの両親の会社が全て悪いって逆恨みして、あなたに酷いことをしてしまった……」

 胸に痞(つか)えた言葉を一気に吐き出したのだろう。少しずつ落ち着きを取り戻した。

 そこで、俺はギフトに大原先生に向かって息を吐きかけるようにお願いした。

(光輝様、分かったよ)

息を吹きかけられた大原先生の周りで、妖精たちが視覚化される。

(ギフト、思った通り、コルチゾールがステロイド化して、アドレナリンたちがボロボロになっている。そしてアドレナリンに守られているのは、プロラクチンだ)

 コルチゾールは紫恋にも取り付いていた芋虫だ。その芋虫が強化され、体表が鎧をまとったように、銀色の光沢を纏っている。さすがにこの状態だと、美少女剣士たちの刃(やいば)は通らないどころか刃も欠け、折れるのも無理はない。そして守られているプロラクチンは、青い髪に青い瞳を持ち、シスターが着るような修道服を着て、怯えたように震えている。

 そして人目を引くのがその豊かバストで、誰もがうっとりとする美しい聖女のような妖精だ。母性本能を司るホルモン。ダメンズを支えてあげないと使命に燃えている厄介なホルモンでもある。そして豊かなバストを形成するのはプロラクチンのお蔭なのだ。

 ステロイドは心身ともに強化するが、それは興奮剤で、血圧も血糖値も上昇し、体内の塩分も必要以上に排出してしまう。長くこんなホルモンが居座れば、内蔵はボロボロになり、早死には必至の危険なホルモンだ。

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