第32話 これなら……、俺は橘さんに鏡を見せた

 これなら……、俺は橘さんに鏡を見せた。恐る恐る鏡を覗き込む橘さん。

「これが、今の私? ガリガリ、顔色も悪いし髪も艶が無くてぼさぼさ……」

「そう、これが今の橘さん。でも、一か月前はもっとひどく痩せていたんだ」

「紫恋、光輝の言っていることは本当よ。でもこの一か月ですごく綺麗になってる」

「そうだよ。それで、今度はCDを変えるよ。大分、精神が落ち着いてきて、ストレスが減ってきているから。今度は女性らしい体を作るためのホルモンブレンドを渡すから。それに少しずつ食事も取ろう。まずは、三食きっちり食べること。そしてゆっくり食べること。間食はしないこと。ジャンクフード、コーヒーなんかはなるべく避けること」

「光輝、わりと普通のことだよね」

「ああ、ホルモンを交えて説明すると長くなるから割愛するけど、体にいいことは、ホルモンにももちろんいいってことだ。後、大事なことは楽しみながら食事をすること」

「だよね。心配ごとがあったらどんなに栄養のあるもの食べても、ちゃんと消化されないって聞くもんね」

「そして、ホルモンはアミノ酸から作られるから、良質なタンパク質を取ること。植物性、動物性両方バランスよく採ること。後はミネラルやビタミンをしっかり採ることだな。これは、渡しているペットボトルの水分で十分だ。そして、塩分は控えること。以上に注意してくれ」

「紫恋わかった?」

「うん」

 橘さんがここまで前向きになったら、目標達成というストレスを快楽に変える準備も整ったな。じゃあ、まずは中性的な体形を目指すか。俺はそう考えて、ホルモンブレンドに、ストレスを快楽に変えるベータエンドルフィンを多めに加える。

 再び、ギフトが赤いオーラを纏い、気を高めている。そして、ギフトが分身するように現れた妖精たちは……。美しい手足の長いバレリーナが橘さんの周りを踊っている。しかもこの妖精たちのティアラは黄金の輝きを放ちその踊りの軌跡は虹色の帯を作り出している。その子たちが、俺の調合したホルモンブレンドの中に消えていく。

 美しい。そして橘さんがバレリーナの体形を手に入れたら、次はエストロゲンだ。

エストロゲンは、肌や髪の艶を出すだけでなく、女性らしい脂肪をつけて、ウエストとピップの比率を七対一〇にして、男性から見た最高のヒップラインを作り出すのだ。無意識のうちに子孫を残すことをパートナーに求める男は子どもが産める理想の体型として、またエストロゲンを大量に持っている女性として、無意識にこのヒップラインの比率を探し求めるているのだ。

そして、このヒップラインを手に入れたら、今度は、プロラクチンだ。

これは、理想のバストラインを作るホルモンだ。

俺は、ボンキュボンの体形になった橘さんを思い浮かべ、口元が緩んでいる。

「光輝、涎が出ているんですけど!」

 葵の言葉に、はっと、我に返った。

「ごめん、ごめん。橘さん。そろそろ学校に出てこられるかな? 無理なら仕方ないけど、良好な人との交わりが有った方が治りが早い。もちろん俺たちのクラスに橘さんに悪意を持つ人はいないから」

「紫恋、出来る?」

「うん。がんばる……」

 ちょっと言葉が弱いか。でも、目には決意が宿っている。後は、橘さんの意志に任せればいい。そう考えて、本日の治療を終え、葵と橘さんを見送った。



 そうして、ゴールデンウィーク明けに、遂に橘さんが学校に出て来た。

 そして、出て来た橘さんの周りを取り巻く、藤萌さん、恵子さん、真由美さん。多少気を使っているようだが、割と元気そうな橘さんにだんだん遠慮が無くなっていく。

 そうして、遂に橘さんを強引に演劇同好会に入部させようとしている。

 もともと、胎児の時にしっかりエンドロゲンを浴びて生まれてきた橘さんは、人の繋がりや、協力することを大事にする。結局断ることはできないだろうなと成り行きを見ていると、やはり断りきれずに入部を約束させられているところだった。

「いい、じゃあ、今度から、橘さんのこと、紫恋(あこ)って呼ぶよ。わたしたちも、藤萌、恵子、真由美でいいから。それにあそこで見ている。光輝くんや健二君も名前で呼ぶのよ」

「うん」

 やった。俺もこれから、橘さんを紫恋さんと呼べるぞ。グッジョブだ、藤萌さん。

 放課後は、そこに葵もやって来て話に加わっている。

「紫恋も演劇部に入るの。やった。頑張ろうね」

「うん」

 

 そうして、紫恋さんも交えた学校の日常が始まった。紫恋さんはさすがに聖心女学園に合同練習に行こうとはしなかったが、始めは「うん」としか言わなかったセリフもだんだん語彙が増えてきている。

 女性は話すだけで、ストレスがある程度解消される。とてもいい傾向だ。それに俺も紫恋さんに初めて「光輝君」と呼ばれた時には、心が痺れたのだ。

 声のトーンがかなり固くて、漢字の君だったけど。

 そうして、俺の紫恋さんの若紫計画も、紫恋さんが中性的なからだを手に入れて、髪も見事に黒々として艶やかになり、顔色も病的な青白さから健康的な透き通る白さになってきている。

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