第31話 それから、一か月、学校では相変わらず

 それから、一か月、学校では相変わらず、発声練習に明け暮れ、さらに、聖心女学園の池田さんに与えられた課題もこなしていく。

 表情を作りながらの発声練習だ。それにセリフも発声練習に取り入れられている。「あり、おり、はべり、いまそかり、いとおかしにそうらふ」ダメだ。舌を噛んじまった。舌を噛んだのは俺だけじゃなかった。葵も藤萌さんも舌を噛んでいる。

「もう、今度の劇は、古典なのに、これじゃあ、無理じゃない。もう現代風にやるしかないか」

 池田さんは、そう言うと、今度は、シェークスピアのセリフを練習させられる。もう演劇は、ロミオとジュリエットでいいんじゃないかと言いたい。

 さらに、一人二組になって、お題を与えられ漫才やコントをさせられる。

「いい、私の演劇はアドリブが決めてなの。アドリブができないようじゃ、役者失格だからね」

 これっていじめですよね。よくある退屈した上級生が下級生に「なんか面白いことせえ」みたいなノリですよね。仕方ない。最近有ったことをネタにするか。

 俺と葵の漫才である。

「俺、最近、影薄いねん」

「影薄いって、なにがあったんや?」

「そこなんや。最近、ファミレス行ったんやけど、水も出てこん。注文も取りにこん」

「でっ、どうしたん?」

「もちろん、大声で、ウェートレス呼んだで。「ねーちゃん、はよ注文取りに来てーや」ゆうてな」

「ほんなら、ええやん」

「いや、あかんねん。今度は、注文した料理が出てこん」

「そりゃあ、災難やったな」

「そや、最後、レジのところで呼び鈴押しても、店のもん出てこえへん。しゃあないから、金払わず出て来たってん。影薄いのもええことあるで」

「あんた、それ、食い逃げやん!」

 俺は、葵に重いきり、頭をはたかれた。

 ギフトも腹を抱えて笑っている。いや、お前もその時いたでしょ。

(影が薄いって、いいこともあるんですね。光輝様、今度は私もしてみます)

(いやいや、あの時は、俺しっかり金払ったでしょ。ギフトも見てたじゃん)

(そうでしたっけ?)

(なにその言い方。唯一の無実の証人だろ)

 ギフトの言い方に、俺も少し心配になってきた。あくまでネタで、食い逃げなんてする人間じゃあないってみんな分かっているよね。

 周りが結構笑ってくれた。でも俺の内心は複雑だ。ちゃんとネタだって分かって笑っているんだよね。しかも池田さんの目は笑っていない。まさか本当に食い逃げしたと思われた?

「篁さん。はたき方が甘いねん。そこはメガネが飛ぶ位、いったらなあかん」

 池田さんが笑えなかったところはそこですか? だったら俺が「めがね、めがね」ゆうてメガネを探す振りをするんですか。大体、俺、メガネを掛けてないんですけど!っていうか、なんでみんな大阪弁になってるんだ?


 さらに月日が立ち、四月最後の合同練習日に、池田さんが脚本が出来たとみんなに渡した。

 渡された台本を見てみると、なるほどこの話か。俺の役にはこれを持ってくるのか。まあ順当だな。しかし、この配役のところで、シークレットってガチャや食玩じゃあないんだから。まだ、配役を決めかねているのか? それに最後はなんだ「アドリブ」って。

「池田さん。これ最後一番盛り上がるところで、アドリブって?」

「要は、五条君のやりたい放題。篁さんや雅さんにキスをしようが、十二単衣をひん剥こうが好きにすればいいわよ。篁さんや雅さん、女優魂を持っているから覚悟はできていると思うわ」

 いやらしそうに笑う池田さんに、対して青ざめる葵と藤萌さん。

「光希、もし、舞台の上でそんなことをしようとしたら、ぶっ飛ばすからね」

「あら、そのラストもいいわね」

 池田さん。あんた、この劇がどうなってもええんかい!

 俺も、心の中で突っ込んでおくが、もともとそんなつもりはない。ここまでの流れに乗って盛り上がるラストを葵や藤萌さんみんなで考えるか。そんなふうに、文化祭で発表する演題も決まったのだ。

 あと、毎週土曜日には、うちの薬局に、橘さんもちゃんとやってくる。葵に引っ張って連れてこられているようだが、それでも、大分積極的に行動するようになってきている。

 外見も、ボロボロだった肌や髪にハリや艶が戻りつつある。

 さて、最初のホルモンブレンドの投与から一か月経っている。コルチゾールという魔物を撲滅している頃だろう。一応ギフトに視覚化してもらうか。

 ギフト目配せすると、ギフトは肩から飛びあがりバク中をする。淡い光に包まれて裸のシルエットが浮かびあがる。そして現れたのは特攻服をきた魔法少女バージョンのギフトだ。いちいち変身する必要は感じないんだけどな。そして息を橘さんに向かって吹きかける。

 視覚化された橘さんの周りでは、美少女剣士たちが、自分たちの何倍もあるコルチゾールという芋虫相手に可憐に舞い、吐き出す糸を躱し、炎や電撃を纏った聖剣を体中に突き立てている。そしてまた一体、芋虫の頭がはじけ飛び霧散して消えていく。さすが最強のホルモンブレンドだ。


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