第30話 紫恋の母親は、やっとそう言うと
紫恋の母親は、やっとそう言うと電話を切って、ため息を吐く。債権回収係は、日々、お金にまつわる人間模様を見せつけられているのだ。
自分の夫の仕事の闇の部分を見せつけられたような気がした。
それでも、紫恋の母親は深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
そして、今度は、葵の母親の電話番号を回すのだった。
その話を聞いた葵の母親は、紫恋の母親よりも怒り狂っていた。その大原とかいう先生をどうしてやろうかといきり立っていたが、紫恋の母親がこれは自分たちの会社に係る問題で、まして、自分は個人情報保護を掲げた会社のコンプライアンスに反して、入手した個人情報だから、こんなものが表に出ると会社の信用にかかわると、葵の母親を必死に宥(なだ)めたのだ。
そして、その後はお互いに大原先生を罵り合い、おそらく婚約破棄したであろう男を罵り、そんな男と結婚しなくてよかったと、今度は大原先生に同情するのだ。
この電話に掛かった時間はなんと二時間。お互いに、共感した濃い時間を過ごしたのだ。
これは、紫恋が、今日、病院から帰ってきて、少し前向きになっていることも、いい方に影響している。
二人の間では、紫恋という子どもを守るための解答を、ある程度得ることができている。
もし二人が、暗闇の中、答えを探すとなると、とても二時間で終わる話ではないのだ。
そして、二人は紫恋のこれからの治療について、この情報は必要と判断して、葵と光輝の二人に話すことを決めたのだ。
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初めて、俺が橘さんを治療した日の夜、葵から電話があった。
その電話は、橘ファイナンスと大原先生との間に有った出来事を伝えるものだった。
遂に、大原先生が橘さんをいじめた動機にたどり着いた。
それにしても、葵の母親も橘さんの母親も頑張ったものだ。まあ、俺自身は例え法を犯しても、自分の子どもを優先するだろうとは思っていたんだが。
「で、どうするの光輝?」
「どうするって?」
「大原先生のことよ」
「まあ、どこかで対決しなくちゃいけないだろうけど、もう少し橘さんが復活しないとな」
「やっぱり、紫恋と大原先生を対決させるんだ」
「トラウマは、最後には克服させないとなあ。それに今の話だったら、そろそろ大原先生も冷静になる頃だしな」
「それは、ホルモンの関係で」
「そうだよ。のぼせあがる恋愛ホルモンはPEA(フェネチルアミン)は持続時間が短くて、さめるのも早いだろう。そうやって盛り上がった気持ちが後押しして、恋の障害に対して牙を剥く。アドレナリンもそっちの気持ちが治まれば、鞘に納(おさ)まるしな」
「だいたい、すべて、その男が悪いのよ」
「まあ、悪い男に、引っ掛かる女に悪い女は居ないよな」
「どうすれば、そんな悲劇が減るかな?」
「さーな、そういえば、再犯率の高い性犯罪者に、女性ホルモンのエストロゲンを打ったら、再犯率が下がったっていう話があったなあ」
「えっ、そんなことで?」
「ああ、今の時代のような教育なら、男と女を同じホルモンバランスにするしかないだろう。男と女、性別はもちろん、性格も感情も考えることも違うのに、画一的に扱おうとする今の教育じゃあな。女の子として扱うと差別だとかなんだとか言われるし。逆に女の子を守るとか女性に対して責任感を持てとかの教育って、俺もされた覚えがないもんな」
「確かに、そうだよね。個人の個性だかなんだかは尊重しようとするけど、男と女の違いは個性として尊重しないよね」
「それだよ、ホルモンって純然たる違いがあって、人類が誕生して、数百万年掛けて男と女は役割分担してきたんだ。そんな役割分担がここ数十年で変わるはずないじゃん」
「そうだよね。なんか、どんな性格なのか目に見える基準が欲しいよね。あっそうだ。根拠のない血液型占いなんかより、ホルモンを分析したホルモン占いの方がきっと当たるんじゃない」
「ははっ、確かにそうだな。でも科学的根拠のあるホルモンを占いって、葵はやっぱり女の子なんだな」
「当たり前でしょ! 私、女の子なんだから!」
あれ、葵の機嫌を損ねたか? 俺って、葵をちゃんと女の子扱いしていなかったかな。
そう考えて、ここ最近は、葵を女として意識していることが多いことに気が付いた。
「確かに女の子だ。膝枕のふともも、凄く柔らかかったもの」
「なに言ってるのよ、バカエッチ光輝! 私もう寝るから!」
葵から一方的に電話を切られてしまった。なにか怒らせるようなことを言っただろうか?
まあ、月曜日には機嫌も直っているだろう。その辺は、葵は男らしいさっぱりした性格だったはずだ。
それにしても、「金の切れ目が、縁の切れ目」とはよく言ったものだ。いや、この場合「女のいじめの影に、男有り」か。動機、状況、そして残ったのは証拠だけだ。しまった。例の援交サイトから、成りすました犯人のパソコンは特定できたのか。そこのところを葵に聞くのを忘れていた。
まあ、いいか、橘さんの身体が回復するのにはまだしばらくは掛かりそうだ。
俺は、今日一日、色々なことがあったと考えを整理しながら、眠りにつくのだった。
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