第27話 そんなわけで、俺たち演劇同好会は

 そんなわけで、俺たち演劇同好会は、葵を含め割と本気で活動している。

 放課後、イケメンに美少女二人が学校の渡り廊下で大声出して発声練習をしている。これまで、演劇部のなかった城央高校では注目を集めること必至なのだが、実は人の注目を集めることは、ホルモンにとってはとてもいいことなのだ。

 ギフトもこの光景を見てうんうん頷いている。ギフトの目には俺がイメージしているホルモンの姿がそのまま写っているのだろう。

俺はもちろん「ホルモンに良いこと、毎日やっている」という葵もそう言ったことを理解しているので真面目にやっているが、恥かしそうにしている健二、恵子さん、真由美さんを置いてきぼりにして、藤萌さんはノリノリで発声練習をしている。

これは、天然か。意識しないで美容ホルモンが分泌される行動を起こすように、感情ホルモンを制御している。これはさっき言っていたコミケにコスプレして行っているに違いない。

きっと、写真撮影もウェルカムドンドンだ。

普段からこんなふうだから、藤萌さん、これだけ美人なんだ。天然だ。天然ホルモン美少女だ。あれっ、美を抜いてしまうとじゃりん子○エちゃんになってしまうぞ。あっ、性格はちょっと似ているかも知れない。


そうやって、日常を過ごしていると一週間はあっという間に過ぎていく。

そして、今日は土曜日。俺は朝から店番に立ち、葵や橘さんが城央病院の林先生のホルモンドックでホルモンチェックを受けて、やって来るのを待っている。

店を開けて二時間ぐらい経ったか。店の前に黒塗りのベンツが止まった。

中から、葵と橘さんが下りてくる。橘さんは俺が凝視してしまった時より病状がさらに悪化しているみたいで、ますます、顔色が悪く歩くのも葵に支えてもらっている。

「こんにちは」

 葵が店の中にはいってくる。

「いらっしゃい。今日はどうされました?」

 体調が悪いから来たんだろうがと自分にツッコミながら俺は二人を招き入れた。

 橘さんが俺に気が付いたようだった。不安そうに俺から目を逸らしている。

「紫恋、大丈夫よ。林先生も言っていたでしょ。信頼できる薬剤師だって」

「……でも、この人、私が醜いから悪意を持ってる……」


 消え入りそう声で、葵の声を否定している。

「悪意なんて持っている筈ないでしょ。光輝は私たちの味方だよ。さっさとやるよ」

 葵の言葉に、俺もビジネスライクに答える。親しげに話し掛けて、警戒されるよりはこの場合は、都合がいいだろう考えてのことだ。

「もちろん、私たち薬剤師は、患者様が健康になれますように、お手伝いさせていただきます。それでは、さっそく処方箋を見せてください」

 俺は、葵の持っていた処方箋を貰って、さっと斜め読みする。よし、ここまでは打合せ通り、正々堂々、橘さんの医療情報を入手した。

 それでは、まず階段から落ちた影響が、今の拒食症に関係が在るか無いかなんだが?


【所見】

  MRI検査の結果、脳の前頭葉の部分に萎縮が見られる。また視覚を司る部分に、鏡を見せた時のみに、血流不足が発生している。これは階段からの転落時に、脳に軽い損傷が在ったことが原因と考えられる。このことにより患者の実際に見える視覚を歪め、幻覚症状を引き起こしていると考えられる。

 

一緒に、処方箋を覗き込んでいた葵は、何のことか分からないと言った顔をしている。

 しかし、俺にとっては、まさに推測通りだったことが確信できた。

「ねえ、光希、これってどういうこと?」

「ああ、これは、ダブルイルネスとでも言うのかな。一つの病気が他の病気をさらに悪化させているんだ。まず、過度なストレスが長く続けば、コルチゾールという物質が脳内に分泌される。それによって、脳の前頭葉が委縮を始めるのさ。これだけでも十分危険なんだが、そこに、階段から落ちた時に脳に小さな損傷ができたんだろう。事故当時じゃわからないぐらいの小さなやつだ。

 その損傷部分が、運が悪いことに視覚を司る部分だったために、鏡を見る→コルチゾールが分泌される→前頭葉が委縮する→損傷した部分の血流が滞る→誤った視覚情報を脳に伝える。この一連の流れが、橘さんを拒食症に走らせたのさ」

「うーん。誤った視覚情報って?」

「今、実際見ていると思っている物は実は脳が見ていて、脳が更に補正を加えているのさ。実際、網膜には上下左右さかさまに映っているのに、俺たちはそんなこと意識したことも無いだろう。それから網膜にはすべての景色が映り込んでいるけど、素早く情報を処理するために、必要な視覚情報だけを抜き出す、都合の良い取捨選択を脳内でしているんだ」

「という事は、人は見たものを自分の都合の良いように脳内で変換しているってこと?」

「橘さんの場合は、都合がいいっていうより、ストレスの都合の良いように変換されているな。だから、幻覚なんだ」

「その幻覚って……」

「たぶん、葵が想像した通り、自分が凄く醜く見えてるんだよ。たぶんいじめのキーワードによくある「ブス」とか「デブ」っていう言葉が、ストレスによってイメージ化されて、それを鏡を通して脳は見ているんだ」

 俺はギフトにも聞こえるように説明する。

(やはり、ホルモンだけの問題ではなかったんですね?)

(そうみたいだ。ギフト何とかできないか?)

 俺がそう言うと、ギフトは橘さんに向かって息を吹きかける。

 視覚化されたコルチゾールはまるで芋虫の魔物だった。

(こいつらと戦うのか?)

(大丈夫です。精鋭を送り込みます)

 ギフトは体から燃えるような赤いオーラを出し、アドレナリンの美少女剣士を作り出す。

 この女剣士たち、普段の刀ではなく炎や電撃を纏った剣を携えている。

(彼女たちに聖剣を与えました)

 視覚的には、彼女たちは、コルチゾールの芋虫どもを切り刻み焼き殺している。

(これなら大丈夫か! なら話を進めるな)

(はい!!)

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