第26話 翌朝、俺は二日酔いにもならず

 翌朝、俺は二日酔いにもならず、学校に出かけていく。当たり前だ。昨日はブランデーとギフトの暴走によるドーパミンの大量分泌で酔ってしまっただけなのだ。

 そうして、健二といつもの場所で落ち合あった。

「光輝、昨日の話だと、俺たち毎週、聖心女学園に合同練習行くことになるんだよな」

「ああ、そうなると思う」

「光希、頼む。俺と養子縁組してくれ!」

「待て、待て、養子縁組して俺と兄弟になるって言うのか?」

「だって、そうしないと、聖心女学園には入れないじゃないか!」

「だから、昨日の帰り道、反対している大原先生を近いうちになんとかするって言ったじゃないか」

「近いうちって何時だよ? そうこうしているうちに文化祭が終わっちまうだろうが。俺は憧れていたんだよ。女子校の文化祭で他校の生徒と出会い交際することに!」

「心配するな。こちらの事情が文化祭まで待っていられない」

「こちらの事情? なんの事情だよ。あっ、橘さんの件か?」

「そういうこと。橘さんの拒食症の原因を探るために、聖心女学園に行ったんだから」

「そうだった。お前らが文化祭に出るとか言うから、本来の目的を忘れるところだった」

「それで、何か進展はあったのか?」

「ああ、むちゃくちゃ有ったぞ」

 そうして、俺は、昨日会った出来事を粗方、健二に聞かせた。

「なるほどな。俺が聖心女学園に入ることに反対しているその大原っていう先生が、橘さんをいじめていた証拠さえ掴めば、俺の問題も橘さんの拒食症の問題も解決するわけだ」

「まあ、橘さんの拒食症は、それほど簡単じゃないけどな」

 俺と健二がそんな話をしながら、学校に向かっていると、俺たちの横に、黒塗りのベンツが止まった。そして、車から飛び出してきたのは葵だ。

「二人が登校しているのが、車から見えたから、私も一緒に歩くことにしたわ」

 俺は、葵を見て昨日の気恥ずかしさを思い出した。

「葵、昨日はごめん。俺、何も覚えてなくて」

「いいのよ。言い訳なんかしなくて」

 ちょっと待て、なんだこの会話は。まるで酔っぱらった挙句、勢いで一夜を共にしたバカップルの会話じゃないか。さっそく健二が喰い付いて来るよな。

「なんだ、お前ら二人、昨日何かあったのか?」

「うん。ちょっと……」

 半分はお前のせいだぞと、肩に乗っているギフトを睨むが、この妖精眠そうに目をこすっているだけだ。妖精も二日酔いをするのか? しかも葵も悪乗りしている。この人を楽しませようとするのは、ベータ―エンドルフィンが働いているのか? ギフトが調子悪そうなのであえて視覚化はしないけど。葵は目を伏せて、恥かしそうに答える。しかも察してそれ以上は聞かないでオーラを出している。

 健二が、葵から俺に視線を変えた。そんな目で見られても、俺も葵の膝枕で寝ていたなんて健二に言いたくもない。だが、何か言って健二の誤解を解かなくては。

「あのさ、健二、お前が想像しているようなことは一切、起こってないから」

 凄い疑いの目で見ているのだが、葵の手前それ以上何か言ってくることは無かった。

 ここは気まずいので、話題を変えるしかない。

「ところで、葵、橘さんの受診の件はどうなったんだ?」

「それで、今度の土曜日に城央病院に連れて行くことになったの。平日は私が付き添ってあげられないから」

「そうか。だったら、俺も店に居ないとな」

「なんで、あなたが店にいる必要があるの? あなたも付き添わないの?」

「付き添うというか、俺は橘さんと親しいわけじゃないから、違う立場で話をした方が、俺の話を素直に聞くと思うんだ」

「違う立場って?」

「俺は、薬剤師の資格を持っているんだ。だから薬剤師としての立場でさ」

「嘘でしょ!! まだ高校生なのに」

「もちろん、持っているのは、薬剤師じゃなくて漢方の方の国際免許だけどな」

「あんた、そんな資格もっているの?」

「ああ、これは知識が在れば、年齢に関係なく取れるから取っとけって親父がいうから取ったんだ。うちの薬局、メーカーの薬以外に、かなりそういう薬を扱っているからな。だから、俺はメーカーの薬以外なら処方することができるんだ」

「へーっ、恐れ入るわね。それが、紫恋の医療情報を手に入れる方法なんだ」

 しきりに感心する葵。昨日の間抜けな失態を少しは挽回できたか?

 そんな話をしている内に俺たちは学校に着き、葵は俺たちと別れて自分の教室にいってしまった。


そして、教室に入った俺たちに、今度は雅さんたちがやって来る。

 やっぱり、昨日の池田さんの話が中心だ。あと大原先生と橘さんとの関係について、何かわかったことは無いか興味深々だ。

まだ、何もわかっていないので、他の人には話さないように釘をさしておいた。なにせ先生がいじめの中心と思われるのだ。それにあの階段の仕掛けは、一つ間違えると死人が出たかもしれないのだ。殺人未遂事件の容疑者を簡単に特定するわけにはいかないだろう。

そうして一通り、橘さんの事について話した後、今度は演劇同好会の話になった。

「ねえねえ、光輝くん。あのね、私たち演劇同好会のメンバーになったんだから、もっと親しくなろうって話し合って、名前で呼び合うことにしたの。だから、光輝くんも私たちのこと藤萌(とも)とか、恵子とか真由美って呼んでいいからね。それから健二君も」

 さっそく始まったか、女の子のファーストネーム呼び。親しくなった人に更に親しさを出すために名前で呼び合う。でも俺と健二とでは、くんの声色が若干違うか。確かに女の人は親しさランキングによって、声のトーンを変えているはずだ。

 何せ女性の耳は声のトーンを聞きわけるのだ。俺の目の前では可愛い制服美少女が、耳に手を当て優しく微笑んでいる。ナイス視覚化だ、ギフト。

 健二、どうやらお前の君(くん)の声色は固い。まるで漢字の君だ。親しさランキングでは最下位だぞ。そう考えて、健二の方を見ると、何やら嬉しそうに顔を綻(ほころ)ばせている。

 そうか、男の耳にはこの微妙な声のトーンの変化は聞き分けられないか。雅さん、いや藤萌さん、なかなか巧妙だぞ。

「ところで、光輝くん、池田さんが言っていた古典劇ってどんなのだろうね?」

「さあ、きっと桃太郎かなんかで、藤萌さんや恵子さんや真由美さんたちが、犬、猿、雉とかをやるんじゃないか。あっ、健二は背景の木な」

 俺は劇なんて言われても小学校の学芸会以来なのである。当然、劇の内容はその辺しか思い浮かばない。

「なに言ってるのよ。私、高校生の劇を見たことが在るけど、もっと本格的よ。わたし、文化祭の劇を観て、泣いちゃったことがあるんだから。

 それに、あそこに在った衣装、かなり本格的だったわよ。あのままコミケに行っても、全然、大丈夫だもの」

「コミケ?」

「あっ、なんでもないの。でも演劇って楽しみだわ。私たちも本格的に練習しないと。人前で、演技するんだから」

 藤萌さん、演劇に何か引かれるものがあったのか? 俄然やる気になっている。これはドーパミンやベータエンドルフィンのような快楽ホルモンが分泌される琴線に触れたみたいだ。

 こっちはそれどころじゃないっていうのに。

 でも、日常は常に平凡に過ぎていく。演劇っていうのは刺激を求めるテストステロンのアマゾネスたちが欠伸(あくび)をするよりは精神的には良いか。それに適度な緊張はエストロゲンのような制服美少女も刺激して、美容にはいいはずだからな。



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