第24話 おかあさん。私ちょっとお父さんの会社に

「おかあさん。私ちょっとお父さんの会社に電話を掛けたいから席を外すね」

「ええ、いいわよ。わたしのことわかってくれるのは光輝クンだけだもん」

 そう言うと、葵のお母さんは葵に向かって、手でシッシッとしている。

 おい葵、この状況で俺を置いて行ってしまうのか?

 葵は、片手で俺を拝むように謝っている。仕方ないか。例の援交の掲示板に登録した本当の犯人の追跡についてのお願いをインターネット事業部に依頼するのだろう。

 仕方ない。葵のお母さんの相手は俺がするか。

「ところで、最近ではどんなパーティに行っているんですか?」

「あら、光輝クンってそんなことに興味があるの?」

 別にあるわけではないんだが、会話を途切らせてはいけない。俺の計算づくのサービス精神が言わせるのだ。しかし、葵のお母さんは思いがけないことを俺に言った。

「えーっとね。最近じゃ橘銀行のパーティかな? そうそう、そこで昔よく家に来ていた紫恋ちゃんのお母様に遇って、久しぶりにガールズトークしちゃった」

なんだよ、ガールズトークって。単なる近況報告だろうが。いつまでも若作りするんじゃねと怒鳴りたかったのをグッと堪えた。


「どんなくだらないガールズトークをしたんですか?」

 あれ、俺の舌も随分滑りがよくなっているか?

「いやね。おばさん、まだまだ若いんだから」

「じゃあ、キャピキャピとお気に入りの歌舞伎俳優の話でもしたんですか?」

「それだと、凄く楽しかったと思うの。でもね紫恋ちゃんが大変らしくてね」

「ああっ、その話なら俺も葵から聞きました」

「そうなの? 今、紫恋ちゃんが拒食症で大変だとか、聖心女学園を辞めて、心機一転して城央高校に行く予定だとか。だから、うちの娘も今聖心女学園を辞めてどっかの高校を受け直そうかって悩んでいるみたいとか」

「そうですね。今は橘さんも葵も城央高校に居ますけどね。後はどんなことを?」

「後は旦那の仕事のこととか、今、紫恋ちゃんのお父さん、橘銀行系列の橘ファイナンスの社長らしくってさ。最近はキャッシングやクレジットが焦げ付く人も多いらしくって、それの立て直しに出向したらしいの」

「そうですね。最近は、キャッシュレスになったのはいいんですけど、いつでもどこでも欲しいものがカードで買えるようになりましたからね」

「そうそう。お金の管理ができない若い人が増えたのよね。それで旦那がカードの使用停止とか、給料の差押えとかガンガン指示するから、お客さんとのトラブルも増えて、下の人の愚痴を聞かされて大変だって」

「そうですか……」

「そうなのよ。昔は借金って言ったら、住宅ローンか車のローンぐらいだったのに、今は日用品でさえクレジット払いだもんね」

「そうですね。日本もサラリーマンの収入に対する借金の割合が、アメリカ並みになって、給料が上がらないから金利を下げろって、労働者組合が要求したりするようになるんじゃないですか」

「あら、光輝クンって若いのに経済のこと良く知ってるわね。でもそうなって本当に喜ぶのは、私たち一部の金持ちだけなのよね」

 自分で金持ちって言っちゃてるよこの人。でも、今日はなんかお金のことをよく考えるよな。なんで考えたんだっけ。

 そうだ、聖心女学園で、大原先生の婚約破棄についての時だ。「確か金の切れ目が、縁の切れ目って」あれ、大原先生のお金が絡んでいるのって、まさか橘ファイナンスなのか?


 俺は、体中に電気が走ったような衝撃が起こる。これが女の勘か。いやとにかくギフトが暴走気味なので、俺も暴走しているのか? ついにリミッターが外れ超能力者になるのも近いかも? とにかく今は気分がいい。 

 俺が女の勘で痺れていた時、葵のお母さんに心配そうに声を掛けられた。

「光輝クン、どうしたの黙り込んで。それに顔が赤いわよ。まさかブランデー入りの紅茶とカステラで酔っぱらっちゃたのかな」

 なに、俺は酔っぱらっているのか?いや、酔っぱらっているのはギフトです。ケーキをしっかり抱え幸せそうに眠っている。あれギフトはもう暴走していない? そういえば体が熱いし、痺れているような感じがする。こんなはずでは? そうかドーパミンの麻薬作用の相乗効果で、酔っ払ったようになっているのか! なんだ、俺の女の勘は酔っぱらった時、限定かい! 

 俺は脳内のアストロゲンの制服美少女にツッコミを入れる。だが、その後はハリセンを持った制服美少女に頭を張り飛ばされた!

 これはダメだ。意識が混濁する前に、葵のお母さんにお願いをしとかないと。

「おばさん。橘さんのお母さんとは親しいんですか?」

「そりゃそうよ。葵と紫恋ちゃんとも仲良かったしね」

「その、橘紫恋さんの病気の件で、お願いがあるんですが」

「なによ。紫恋ちゃんの病気って、確か拒食症だったはず。その拒食症の件で?」

「そうなんです。橘さん、学校でいじめられていて、それが引き金になってうつ病になったみたいで。その原因が担任の大原先生にあるみたいなんです」

「それと紫恋ちゃんのお母さんとどんな関係があるの? 学校の責任問題にして怒鳴り込むの?」

 葵のお母さんが少し意地悪そうな顔をする。いや、篁コーポレーションを後ろ盾に学校に乗り込むって、それはモンスターペアレント以上の行為でしよう。

「あのー、おばさん。まだ大原先生が原因って決まったわけじゃなくて、今、証拠集めをしている段階でして」

「そうなの。学校って先生同士がお互いに庇(かば)い合うから、きっちりシッポを掴んでガツンと言ってやらないとダメなのよ」

「そうそれ、その大原先生と橘ファイナンスの関係をね。橘さんのお母さんに調べてほしいのです」

「光輝クン。それは難しいわよ。だってそういう個人情報って、どこも厳しくなっているから」

「でも、自分の娘を守るためですよ。橘さん、あのいじめのトラウマを克服しないかぎり、拒食症も良くならないと思うんです」

「うーん。橘さんのお母さんに言ってみるわ。それで大原先生って名前は?」

へっ、名前、名前ね。確か葵の持っていた中等部の卒業アルバムに乗っていたような。グルグル回る頭で考えることに限界を迎えた時、葵がやっと部屋に戻ってきた。

悪い葵。後は頼んだ。そこで俺の頭はシャットダウンだ。

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