第23話 そうして、みんなと別れた後 

 そうして、みんなと別れた後、俺は日課になってしまった葵を家まで送っていく。

「葵、ところで、橘さんの病院の受診の件はどうなっている?」

「その件だけど、電話では紫恋と話が出来なくて……。一応、お母さんには許可を貰ったのよ。でも、紫恋自身はどうかな? お母さんの話だと医者に行きたがらないようなの。やっぱり、医者に行くと食べ物を取れとか、色々言われるからかな?」

「葵、そこを何とか説き伏せてくれ。まず林先生に見てもらわないことには、俺も症状が把握できないんだ」

「でも、医者も患者の守秘義務があるでしょ。光輝が直接紫恋に話を聞くしかないんじゃない?」

「そこは、ほら、いい手が在るんだよ」

「なによ。いい手って」

「まあ、それは秘密だ」

「なによ、光輝のケチ」

「葵が橘さんを医者に連れて行けばわかるよ」

 葵は不満そうな顔をしているが、それ以上は俺に訊ねてくることは無かった。

 そう葵の中のテストステロンが達成すべき任務の報酬と認識したのだ。

「ところで、光輝、今日は家に寄ってく? お母さんの相手だけど、光希に会いたいってさ。最近ストレスを溜めているみたいだから」

「あのおばさん。またストレス溜めているのかよ」

「そう、光輝との会話がストレス解消に最高みたい」

「俺は、ガス抜き係か?」

「そんなこと言わないの。うちのお父さん、お母さんの話をほとんど聞かない人だから」

「まあ男はみんなそうだな。本当は女の人の話を聞いて上げるだけで、円満な家庭が築けるんだけど……」

「じゃあ、決まりね」

 葵はそう言うと、家に電話をかけ始めた。

「もしもし、あっ、お母さん。今日光希が家に寄るって。お母さんの相手をしてくれるらしいの。うん。もうすぐ着くから、よろしくね」

 電話を切ると、葵は俺の方を向く。

「おかあさん。喜んじゃって」

「おい、俺はまだ行くとも行かないとも言ってないぞ」

「まあまあ、女の人の愚痴って面倒くさいから」

「お前が聞いてやればいいだろう。女の人は共感してほしいだけで答えを求めてないんだから」

「だって、光輝の合いの手、絶妙なんだもん」

「俺は、お前の母さんの太鼓持ちじゃないぞ」

 そんなことを言いあっている内に、葵の家に着いてしまった。


 そして玄関から出て、手を振っているのは葵のお母さんだ。相変わらず、いい着物を着ている。くそお手伝いさんいないじゃないか。

「ふふっ、光輝、もう逃げられないわよ」

「お前も同罪だからな。葵!」

「はい、はい」

「はいは一回だ」

 葵のお母さんは、すでに門を開けて出てきている。

「いらっしゃい。光輝クン。今日はブランデーのすごく効いたカステラが在るのよ。みんなで酔っ払いましょうよ」

 そんなことを言いながら、俺の手を取って家の中へ引っ張っていく。

 そして高級そうな皮張りの応接セットが置いてある応接間に引っ張りこまれたのだ。

「光輝クン、そこに座って。葵はこっちね。私は光希クンの隣に座っちゃおっと」

 葵のお母さんは、俺の横にちゃっかり座る。そして、そこにお手伝いさんが紅茶とカステラを持って入って来た。

 横に座った葵のお母さんが、俺にすり寄りながら話し掛けてくる。

「光輝クン。紅茶にもブランデーを入れるでしょ」

 そう言いながらお手伝いさんに指示して、サイドボードから高そうなブランデーを持ってこさせ、俺の紅茶にブランデーを注いでいる。ドボドボと。さらに自分の紅茶にも。

 なんか、高級クラブにいるみたいだ。もっとも高級クラブに入ったことは無いんだが。いや、この集まりの主旨から言えば、俺はホスト役になるのか? とても無理だろう。そんな経験ないし……。

 しかし、そんな心配は杞憂であった。

 葵のお母さんはマシンガンのように夫の愚痴を言い出す。

「あの人って、仕事が忙しい忙しいって言って、家のほとんど帰ってこないし、たまに帰って来ても、疲れたとか言ってすぐ寝てしまうの。光輝クンの所は良いわよね。姉から良く聞くもの。いつも旦那さんが家に居るって」

 いや、うちは家が薬局屋だから、普通は家に居るよね。家業を放り出してうろうろしている方が問題だよな。

 俺が葵の母親に掴まっているうちに、ギフトが俺のカステラを盗み食いしている。

(こら、お前は食事は必要ないだろうが)

(だって、すごくいい香りがするから)

(そういやあ、かなりお酒を使っているっていうから、妖精はお酒を飲んでも大丈夫だろうか? もっとも俺もほとんど飲んだことはないけど)

 そう思ってみている、ヒック、ヒックとしゃっくりをするような声がギフトから聞こえてくる。目がトローンとなっているし、飛び方もフラフラだ。

(おい、ギフト、大丈夫か?)

(うん? なにが? なんか気持ちいいの)

 そういうと、全身からオーラが立ち上る。そして、弾けるようにドーパミンのキャピキャピギャルが飛び出してきた。

「あら、何か舌の滑りが凄く良くなってきたわ」

いや、それはドーパミンが大量に出って、気分が良くなっているだけですから。

「今日はとことん旦那の悪く口をいっちゃおっと、それでね。たまに二人で外出しても、大抵は取引先のパーティでね。私は夫の後ろについて挨拶まわり、私は夫のお飾りじゃあないっていうのよ」

 俺は隣で、「うん、うん」聞いているだけだ。そして時々、秘儀オーム返しを使っているだけなのだ。いや、俺もかなり気分が高揚しているんだけど。


秘儀オーム返し = 相手が言った言葉をそのまま返す技。例えば、「……が在って辛かったのよ」に対し「……が在って辛かったんですね」と返すと、相手は勝手に自分の思いに共感してくれたんだと勘違いして親近感を持てくれるというカウンセリングが良く使う技。ただし、相手が共感を求めているのではなく、回答を求めている時には使えない。

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