第21話 俺はみんなの方を向いて
俺はみんなの方を向いて、俺の推理を話すことにする。
「あのさ、これから話すことは、ここまでの状況から判断したあくまで推理だと思って聞いてもらいたい。まず、このスリッパなんだけど、こんなふうに甲の部分が縦に破けるのは、スリッパのかかと部分が固定されたからだと思うんだ。固定されたために、体だけが前に出って、前のめりになる。それで体重が掛かったこの甲の部分が破けたんだ。
じゃあ、どうやって、スリッパのかかと部分を固定したかというと、さっき見た階段、滑り止めのレールが、わずかに浮いていたんだ。そしてネジが曲がりネジ山が潰れていた。
きっと、浮いている隙間から、ネジに釣り糸を捲きつけて、階段の段差の部分に小さな輪っかを作くっておいたんだ。
別に何時引っかかっても、別に引っかからなくてもいいと思っている節があるしな。
そうして、橘さんがそこを通った時、その輪っかにこの鉤爪が引っ掛かって、橘さんは前のめりになって、階段から落ちたと思う。たぶんその時の勢いで、釣り糸が切れネジがななめに曲がってしまったんだ。
犯人が、証拠隠滅しようとして、そのあと、ネジを閉めようとしても曲がっているため、締まらなかった。無理をして締めようとしたネジ山部分が潰れた跡もあった。
橘さんって、その時期うつ状態だというから、多分人とぶつかる様な階段の中央の手すり側を通ることは無かっただろう。それに、人って普段でも歩くときに、実はそれほど足は上がっていない。だから少しの段差でも躓(つまづ)くんだけど。きっと自信を失っている橘さんは、歩幅も小さかったため、テグスの輪っかに引っかかりやすかったと思う。たぶん」
「ふーん。紫恋が階段から落ちたのはやっぱり誰かが仕組んだんだ!」
「この学校怖いわ! やっぱり、金持ちのお嬢さんの集団ってめっちゃ怖いわ」
葵が怒ったように言って、雅さんが恐れを抱いている。
「じゃあ、プランターが落ちたのも誰かが意図的に橘さんを狙って?」
池田さんが俺に尋ねる。
「そうですね。あそこにあったプランターが勝手に手すりを乗り越えて落ちるなんてあり得ないでしょう。あれはプランターの土を半分取っておいて、間に板を挟んで空洞を作っていたんです。
それで、片方は板を柱代わりに、もう片方はたぶん空気、いや酸素をパンパンに詰めたコンビニ袋を詰めてその上からまた土を詰めたんでしょう。そして渡り廊下を通る時に、プランターのコンビニ袋側を半分出して、あの幅のある手すりの上においておくんです。教室の反対側の手すりに乗っかっているプランターは、相当意識しないと見つけられないでしょう。
後は、橘さんがプランターの下を通ったところを遠くから確認して、遠隔操作で起爆装置を使ってコンビニ袋をバン! すると、支えがなくなった空間に板が傾いて砂が集まってくる。
プランターはバランスを崩して下に真っ逆さまというわけです。ああっ、起爆装置といっても、酸素なら少しの熱で爆発しますから、ボタン電池にむき出しのフェラメント、あと電波を受信して電流を流すスイッチがあれば……。おそらく小指ぐらいの大きさでしょう。落ちた先は、砂利が敷いてあるだけ、爆発でバラバラになってそんなに目立たないでしょうし、騒ぎのあと、犯人が回収すれば証拠隠滅です」
「コンビニ袋にはそんな用途があったんだ?」
葵が感心するように声に出し、雅さんが確信に触れる質問をする。
「それって……、犯人は……」
「前もってプランターを準備して、誰も通っていない渡り廊下が通れる人、橘さんがいつどこを通るか前もって知っていて、そのタイミングを計れる人ですかね」
「そんな人っているんですか?」
「あくまで可能性の話だから、俺がその現場にいたわけじゃないからね」
すると、俺たちの話を聞いていた聖心女学園の演劇部の女の子が、恐る恐るという感じで口を開いた。
「私、三年生の時、橘さんと同じクラスだったの。橘さんがいじめを受け始めたのは、二学期の始めぐらいからだったの。それまでは、いじめなんてなかったんだけど。あの大原先生が婚約破棄になったっていう噂が立ち始めたころかな。橘さんの上履きとか、教室に置いていた体操服なんかが無くなるようになったの。
普段は、なくなった上履きや体操服なんて出てこないのよ。橘さんが探して、探して、やっとはさみやカッターでボロボロになっている上履きや体操服が、ごみ箱や今は使われていない焼却炉なんかから見つかるの」
はさみとかカッターでボロボロにするのか。めちゃくちゃ悪質だな……。
「でもあの日、橘さんが階段から落ちた日も、スリッパが無くなっていたんだけど、先生が見つけたって、大原先生が、帰りのホームルームの時に持ってきたの。その時、橘さんは学校の備品のスリッパを履いていたんだけど、先生に交換させられていたの。おかしいよね。そんな細工がされているスリッパだけ先生が見つけるなんて……。それにプランターが落ちた授業の時、橘さんが渡り廊下を潜(くぐ)るのが見える教壇にいた先生って……、それに大原先生って理科の先生だよ。理科室の準備室からなら、予鈴が鳴って誰もいない渡り廊下を通って教室に行けるわ」
「それに、酸素を作るのって、水の分解実験の時にするわよね」
橘さんと同級生だという女の子の発言に、池田先輩がフォローを入れる。
なるほど。しかし、どこまで行っても状況証拠だ。そこまで聞いていた俺は違和感が在って彼女の話に口を挟んだ。
「あの……、橘さんって、教室では孤立してったって聞いていたけど、君はなんで、そんなに橘さんに肩入れするんだ」
彼女は俺の言葉に悲しそうな顔をした。
「だって、私も、「橘と仲良くするな」って手紙で脅されて、援交の掲示板に、顔写真付きで個人情報を晒されたんです。犯人が許せないんです」
そこまで言った彼女は、目に涙を溜めている。すぐに葵が慰めていたので、俺は彼女の言葉を噛みしめていた。
ギフトが息を吹きかけて、俺に彼女の精神状態を見せてくれる。彼女は嘘をついていない。
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