第20話 そう古典もの、あなた達を見ていると
「そう古典もの、あなた達を見ていると、色々と創作意欲が湧いてくるのよね。
あっ、そうだ。それからそこの五条君さあ。さっき、一生懸命橘さんが落ちた階段を見ていたでしょ。実は私、橘さんが階段から落ちた時、履いていたスリッパを持っているのよね」
相変わらず、女性の話はポンポンと飛ぶ。しかし、俺が見たいと思っていたスリッパを池田さんが持っていたとは。
「それ、ホントなんですか。池田さん?」
「そうなの。私、偶然そこに通りかかったんだけど、橘さんが履いていたスリッパが私めがけて飛んできて。思わす手で掴(つか)んじゃったのよ。橘さん、そのまま検査のため、救急車で運ばれちゃって。そのあと、あまり学校に来なくなっちゃから返しそびれていたのよ。あの大原先生、橘さんが落ちた時に、すぐにやって来て、あれこれみんなに指示していたんだけど、何かを探しているようだったんで。先生に渡すのは、ちょっとためらわれたのよね」
池田さんも、あの大原いう先生に何か思うところがあるのか? もし、そうでなければ、普通に、先生に橘さんのスリッパを渡すだろう。
「興味あるみたいね。じゃあ、部室に行くから付いて来て」
そう言うと、池田さんが、歩き出す。
(それにしても、あの橘っていう子、階段から落ちただけじゃなく、プランターにまで当たりそうになっていたなんて驚きでしたね)
(そうだな、やっぱり捜査は、現場と聞き込みが大事だな。ところでギフトはどう思う)
(私にはよくわかりません。でも、あの大原っていう先生のホルモンバランスは異常でしたよ。まるですべてのホルモンが追い詰められて鬼のようでした。エストロゲンが口裂け女になっているのを初めて見ました。ちょっと意表を突かれたせいで、光輝様にお見せできなかったのが残念です)
(そうか、やはりな。俺もギフトの叱咤のお蔭で、色々なことに気が付くことができた。結論から言うと、犯人は別に橘さんが死のうが生きようかどうでもよかったみたいだな。いや、いじめの感覚で、一歩間違えたら死ぬかもしれないという自覚さえ欠如している異常な状態だよ)
ギフトの話から俺は犯人を確信した。後はトリックを暴くだけだ。
そうして、校舎の端の部室棟に行くと、演劇部と書かれた教室に入っていく。
部室の中は、衣装や小道具などが、所狭しと散らかっていて、真ん中にテーブルとイスが置いてある。
ちらっと見えた衣装は、かなりコスプレぽい感じの衣装だ。小道具も刀や剣などが並んでいる。この人たちの演劇って、まさか異世界転生ものか?
そんなことを考えていると、池田さんはロッカーの方をごそごそしながら、俺たちに声を掛ける。
「君たちは、その辺に座っていて。別に衣装とか見ていても構わないわよ。えーっと、この辺に置いていたはずなんだけど。在った、在った」
そんな独り言を言っていたかと思うと、池田さんは、手にスリッパを持って、こちらの方にやって来た。
「五条君、これなんだけど」
「これが、橘さんのスリッパ?」
そのスリッパは、足の甲の部分の布が縦の方向に向かって裂けていた。
この裂け方、昔はよく見たぞ。俺たちの通った城央中学も、俺が一年生の時には、スリッパが上履きだった。廊下を走らないようにという事だったようだが、男子の間ではそのスリッパで歩いている時に、かかとが浮いた時に靴底との間にできるスリッパのかかと部分を、上手く踏んで、同級生をこけさせていたのだ。
その時の、スリッパの破れ方が、こんなふうに破れていたのだ。
この破れ方は、スリッパのかかと部分が固定され、体だけが前に行こうとするため、足の甲を覆う部分に、体重が掛かって縦に破れるのだ。
そういう訳で、俺たちが二年生になった時には、スリッパから普通のシューズタイプに変わったのだが……。
そんなことを思い出し、スリッパのかかと部分を観てみると、厚みのある靴底の横の部分に、小さな突起が出ていて、それが、鉤爪のように曲がっている。そしてよく見ると、それは小さなフックが底板にねじ込まれていて、そのネジと底板の間に釣糸のテグスと思われる物が、食いこんでいるのだ。
「五条君、どう思う?」
「池田さん、どう思うって! これって橘さんが階段から落ちたのって、事故じゃなくて事件ですよね」
「五条君もそう考えるわよね」
池田さんは、誰かが橘さんを貶(おとし)めた。そのことが判っていたから、大原先生にこのスリッパを渡さなかったんだ。という事は、池田さんは大原先生を疑っている?
すると、みんなが、興味深々という顔で、俺の方を見ているのに気が付いた。
そうだな、俺には、大体どういうことか解ったけど、他の人はなんのことだかまったくわからないだろう。
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