第19話 そうこうしている内に

 そうこうしている内に、俺たちは渡り廊下に着いていた。

 渡り廊下の両側には、長方形のプランターが並べられ、女子校らしく奇麗な花が植わっている。しかし、渡り廊下の中ほどの中庭側と反対の方の一角にあるべきはずのプランターがなくぽっかり空間が浮かんでいる。

 俺の視線がその空間に釘付けになっていることに気が付いたのか、池田先輩は思い出したように話を始めた。

「その場所にあったプランター……、ここから下に落ちたんだよ。その時、ちょうど橘さんが下を通っていたんだ。もうちょっとで当たりそうになったぐらい」

「えっ、この重いプランターがここから下に落ちたんですか?」

 葵が実際にプタンターを持ち上げて、驚いて言っているが、誰かが投げ落とせばそれは可能だ。しかし、更に話を続けた池田先輩の話は驚くべきものだった。

「その時間って、授業中で誰も教室から出ていないことが確認できているの」

「じゃあ、誰もいないのに、プランターが浮き上がって、橘さん目掛けて落ちたっていうの?!」

 雅さんたちが怖がっているが、俺のテンションはさっきから上がりっぱなしだ。今の空間情報を頭の中に叩きこむ。中庭に面した側は、確かに二階の教室から見えるだろう。ただし、教壇側からだ。校舎の高さは二階建て、反対側からこの渡り廊下を見ることができるのは地面に居る人だけだ。それに屋根はあるが吹き曝しの渡り廊下、雨水が流れる溝のあたり、土の量が中庭側に比べて多くないか? まるでプランターの砂が落ちたようだし。

 俺には一つの疑問が浮かんだ。それを池田先輩に聞いてみる。

「なんで、そんな授業中に橘さんだけ、渡り廊下の下を歩いていたんですか?」

「ああっ、それはね。橘さん体操服がよく無くなるから職員室で大原先生が預かっているのよ。それで、職員室の隣にある会議室で体操服に着替えて校庭に出るの。だから、いつも体育の授業には遅れ気味になるのよ」

「あるほど、その現場に池田先輩っていたんですか?」

「ううん、後で橘さんに聞いた話。そういえば、橘さん、プランターが落ちてくる前、パンって大きな音がしたって言ってたな。なんだだろうって上をみたら、プランターが落ちて来たって、それに落ちたプランターの近くにボロボロになったコンビニの袋が落ちていたんだって。橘さん、まるで自分の姿のようで凄く印象に残っているって言ってたよ」

 また、大原先生が絡みか。それに音がしただって、俺が色々と考えこんでいるうちに、池田さんの話はなおも続く。

「確かに不可解な出来事だよね。色々職員会議でも問題になったし、プランターの世話をしていた美化委員も疑われたけど……、結局なにも分からないまま、話は立ち消えになったわ。当の橘さんが階段から落ちて学校に来なくなっちゃったから。

さあ、そんなことより練習を始めるわよ」


そういって、俺たちは中庭に向かって並ばされていた。

 そこで、発声練習をするのだが、全員、始めは恥ずかしいし、腹から声が出ていない。

池田先輩から「感情が声に乗っていない! それじゃあ只の怒鳴り声です!」と散々こき落とされてしまう。不味い、この状況だと遊び半分に来たと思われて、葵の立場が悪くなる。

しかたない。俺の実力を見せつけるか。ってこれもホルモンの成せる技なのだ。俺は肩に乗ったギフトに目配せをして、体内のホルモンバランスを調整してもらう。そうなると俺の体内の機能が活性っ生化して、女性のように声色を変えることができるようになるのだ。俺はテノールの声色を遠くまで響かせるように発声する。この音域が、女性にとって最も魅力を感じる音域であり、俺はその辺の男性と違って、女性と同じ七色の声色(こわいろ)を使い分けることもできるのだ。

すると、校庭にいた下級生が注目し出した。それでも、構わず発声をする。俺のベータエンドロフィンが注目されるプレッシャーを快感に替えてくれる。

 視覚化されたベータエンドルフィンは、バレリーナ姿で笑いながら、プレッシャーという蛆虫を踊りながら踏み潰していく。

「あら五条君、あなた良いわね。じゃあ、ちょっとセリフも言ってみる」

 そう言って渡されたのは、ハムレットのあの有名なセリフ集だった。

 うーんこれを感情込めて言うんですか? 俺の周りに該当者は居ないのですが。あっ一人候補者が居たか。仕方ない。その人を思い浮かべて言ってみるか。

「か弱き者、汝の名は女」

 俺が感情を込めていうと、校庭や渡り廊下のつなぎ目で見ていた女生徒から、ため息や

歓声が上がる。俺の周りにいる女優候補生?たちもうっとりした表情になっている。

 ドーパミンというキャピキャピギャルに囲まれた雰囲気だ。

 それに、池田さんがニッと笑って、葵に言う。

「篁さん、今日の貸し、返してもらうわよ。この五条君、文化祭の私たちの劇に出てもらうわ」

「ちょ、ちょっと先輩!」

「大丈夫よ。あなた達にも出てもらうから。演目はこれから考えるとして、五条君、希望は喜劇もの、それとも悲劇もの、男の子らしくやっぱりハーレムもの?」

 なんだその最後のハーレムものって言うのは?

「いや、勘弁してください。まったくの素人ですから」

「大丈夫よ。まだ文化祭まで半年以上あるもの。これからは、合同練習から合同主催に格上げよ」

「せ、先輩~」

「篁さん。あなた、私に借りがあったでしょ。それに、そうだ、演目は古典ものにしようっと」

「古典もの?」

 俺は、思わず、池田さんに聞き返してしまう。






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