第18話 この態度、何かを隠している

この態度、何かを隠している。男の俺では絶対に気づかない仕草だが、今の俺はホルモンブレンドによって、女性の特技も、集中力を上げることで使うことができる。

 葵も同じことを感じたようだが、何事もなく話を進める。

「いえ、別に大したことじゃないですから。それより、池田先輩、まずは何から教えてもらえますか?」

「そうね、やっぱり、演劇部の基本は、発声練習かな。結構キツイわよ。肉体的にも精神的にも」

「ああ、よく、演劇部が渡り廊下でやってましたね。確か、「あ・い・う・え・お・あ・お」とかいうやつですよね」

「そうそう、あれ、他人の注目を集めるって意味でも、感情を言葉に乗せるって意味でも、結構キツイのよ。舞台での度胸付けとしての第一歩ね」

「じゃあ、早速それを! あっ、先輩、さすがに先輩方相手に大声を出すのは恥ずかしいから、私の舎弟がたくさんいる中等部の渡り廊下でお願いします」

 葵、お前、舎弟が居たのか? しかし、池田さんは納得顔で言ったのだ。

「ああ、なるほどね。じゃあこちらで」

 しかし、葵は、校内を案内しようとする池田先輩を制して、さっさと前を歩いて行く。

「先輩、ここは勝手知ったる自分の庭ですから、お気遣いなく」


 ここまでは、すべて、俺と葵の想定内だ。

 まず練習するなら発声練習だろう。そして、渡り廊下で、校庭や中庭に向かって発声させられる。その時何とか中等部、そして橘紫恋が落ちたという階段を見たい。そう打合せをしていた俺と葵は、打合せ通り橘さんが落ちたという階段を上って、中等部の渡り廊下に向かう。

 それにしても、俺たちが来ることに反対したのが、橘さんの元担任だったとは。

 そして俺たちは、橘さんが落ちたという階段までやってきた。

雅さんから橘さんが落ちた状況を聞いていた俺は、早速階段の上から二段目、三段目に注目する。雅さんが三門さんに聞いた内容、それは階段の上の方、つまり降り始めてすぐに、前のめりになって、頭から落ちたというのだ。

いわゆる階段を踏み外したわけではなさそうだ。下っていた階段を踏み外した時、かかとを滑らせたのなら重心は後ろにあるはずだから、尻餅をついて階段から落ちる。前のめりに頭から落ちるのは、重心が前にある状態、例えば、もう階段が終わったと思って足を置こうとして、もう一段階段が在って、空振りをした時とか次の段差に足を出そうとして思ったほど出せなくて足が上半身についていけなかった時なんかだ。

 でも、そんな階段の上の方で、そんな間違いを起こすだろうか?

 

 一通り階段を調べた俺は、やはりなんの痕跡もない階段にがっかりする。まあ、当たり前か。橘さんが階段から落ちてから半年以上経っている。

 するとギフトが諦めるのはまだ早いとばかりに俺に息を吹きかける。

(光輝様、あなたの橘さんへの気持ちはその程度のものなんですか? 女の子一人さえ救えないで、世界を救うなど絶対に不可能です。今まであなたに知識と力を与えて来たというのに見損ないました!!)

(いや、待て、そういうつもりじゃ……)

 ギフトの体は赤い光を放ち、天を衝く赤い髪がなびいている。不味い、ギフトが暴走する。

 俺の体温、血圧、心拍数が急上昇する。これは俺の体内のホルモンが暴走を始めている。

 そう感じると、俺の体から四方八方に向かって空間認知能力にたけたアマゾネスたちが飛び出して行く。そして些細な違和感さえ見逃さないといった美少女剣士たちが極限まで神経を尖らせる。

 そして、俺の目はアマゾネスと美少女剣士が指し示す空間に焦点が集中する。

 あれ? この階段、少し滑り止めのゴムの所が浮いている。この滑り止めのレールを階段に固定しているネジが少し緩んでいるのか。そのネジは、階段の壁から一〇センチほど、こんな端っこを歩く人なんあまりいないから気付かないのか。

 俺は、そこでハタと気が付いた。いや、橘さんはうつ症だったんだ。まず、自分に自信を無くしている。人とぶつかることが多い階段の中央の手すり側を歩くはずがない。でもこのくらいの浮きでつまずくか?

 俺がしゃがみ込んで滑り止めのレールを見ていると、背後から罵声が飛んできた。

「あなたたち、そこで何をしているの!」

 声の方を振り向くと、凄い形相で俺たちを睨む中年と言うにはまだ少し若い女性が立っていた。

「すみません。ここの滑り止めが少し浮いているので、危ないなと思って。僕がネジを締め直しておきましょうか?」

 俺は落ち着いた低い声で、その女性に言い訳をする。確か男性の低い声は女性を落ち着かせる作用があるはずだ。

 しかし、その女性は、まったく落ち着くこともなく、更に興奮して金切り声をあげるのだ。

「池田さん。さっさとこの人たちを連れて行きなさい。そうしないと学長に言って、出入り禁止にするわよ」

「はい、わかりました!」

「「「「すみませんでした」」」」

 池田さんも緊張して返事を返し、俺たちも素直に謝ってその場所を離れ、渡り廊下に向かった。

 

「なによ。凄いヒステリーよね、行き遅れなんじゃない。腹いせに男と居る私たちを怒ったんじゃないの」

 その女性から少し離れたところで、雅さんの不適切発言が飛び出した。

「雅さん。言葉に気を付けて。それに池田さん迷惑を掛けてすみません」

 俺は、雅さんを落ち着かせると、池田さんに謝った。

「ええっ、五条君、気にしないで。もともと大原先生、他所の学校の生徒を校内に入れるのは反対だったから。それに雅さんが言った「行き遅れって」当たりなのよ。だってあの先生、婚約破棄されてから、凄く生徒に対してキツく当たるようになったの」

 えっ、さっきの先生が、橘さんの担任の大原先生なのか? そうか今の先生がね。しかも婚約破棄だって。なんでまた婚約破棄なんてことになったのか?

 それにしても、かなりのノルアドレナリンを出していたな。あそこまで、興奮するということはこの階段に関係が何かあるのか? まあ後は、橘さんが階段から落ちた時に履いてスリッパを見たいな。 

俺は、この学校に来て、生徒達が履いているスリッパが、甲の留め金の部分がないパンプスで、靴底は若干厚みがある木製で、サンダルというものに近いものだという事に気が付いたのだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る