第17話 俺は月曜日の昼休み

 俺は月曜日の昼休み、葵から城央学園の演劇部の発足について聞いた。

「葵、どういうことだ?」

「だって、聖心女学園に潜入するためには、名目が必要だったんだもん。とりあえず五人集めて、演劇同好会を立ち上げるわよ。手続きについては任せて。生徒手帳をななめ読みしといたから」

「生徒手帳をななめ読みって。それに五人はどうするんだ?」

「私、光輝、宮田、あと雅さんとその取り巻きでいいんじゃない」

「ねえ、宮田君、演劇同好会に入るわよね。聖心女学園の中にも入れるわよ」

 葵は、俺の隣で飯を食っている宮田に、すでに声を掛けていた。

「演劇同好会か。俺、演劇にまったく興味が無いんだけど、それでもいいのか?」

「聖心女学園に潜入するのが目的だから、聖心女学園に興味があったら、入部資格は十分よ」

 その入部資格ってどうなの?と突っ込む前に、健二はすでに返事をしていた。

「わかった。じゃあ、俺その演劇同好会に入るよ」

「ありがとう、宮田君。後は、光輝が雅さんたちを誘ってくれたらOKね」

「葵、強引だな。でも、俺たちが聖心女学園に入るためには、それしかないか……」

 俺は、教室で固まって座って、食事中の雅さんたちに近づき声を掛けた。

「雅さん。俺たち、演劇同好会を作ろうと思うんだけど、雅さんたちも入ってくれないか?」

「五条くん。いきなり何の話をしているの?」

「いや、演劇に興味があるわけじゃないんだけど、橘さんの件が有って、聖心女学園に入るために、成り行きでね」

「楽しそうね。五条君がやるなら、私は入るわよ。恵子や真由美も入るよね」

 雅さんたちは、どうやらこの演劇同好会、別の目的が在るってわかったようだ。女の人は勘が良くて助かる。そうなると、雅さんたちも俺と仲良くなるという演劇の目的以外で入部しても、咎められることはない。そう瞬時に判断したところはさすがだ。

 そういう訳で、それぞれの思惑が絡んだ演劇同好会は動き出す。

 すぐさま、葵は同好会設立申請書を提出し、空いている部室を確保し、やる気のない先生を顧問に引っ張りだし、あっという間に同好会の体裁を整えて行くのだ。


 一方、聖心女学園の池田さんの方は苦戦していた。この古都ではそれなりの有力者である篁コーポレーションの身内である篁葵からの申し込みである。許可するかどうかの職員会議でも、忖度(そんたく)があり、楽勝と思われたのだが、元橘紫恋の担任の大原先生が、名門聖心女学園に男子生徒を入れることを頑なに拒んだのだ。


 すでに、城央高校の演劇同好会の面々の情報は池田さんを通して、職員会議でも把握されていた。そして聖心女学園も、文化祭や体育祭に限っては、身内の男性なら、聖心女学園に入ることができるのだ。これに矛盾してはいけないとの学園長の英断が下された。

 そうして、合同練習についても、男性については篁のいとこである五条光輝のみ、入れる許可がでたのだ。


 それからしばらく経って、今日、葵、光希、健二、藤萌、恵子、真由美、そして嵩にも見えないが俺の肩にギフトの六人と一匹?は、聖心女学園の校門の前に居る。

「ごめんね。宮田君、ここからは、男は通っている生徒の身内でないと入れないんだって」

「そんな~。今は、篁さんも通っていないんだから、光輝もアウトですよね」

「ほら、私は元だから、それなりに親が学校に寄付もしていたみたいだから」

「納得できん!」

 あっ、それ以上言うと、葵が切れちゃうぞ。なにせ葵は、目的のために犠牲を厭(いと)わないのだ。

 葵の声が、重厚な低音に切り替わる。あれ、まだこの技を使えるんだ。小学生の時にはよく、あの低い声で脅(おどか)されていたなあ~っと思わず感慨にふける。

「宮田、お前、聖心女学園の前で、下品な声を上げんじゃない! 私たちまで、変質者扱いされるだろうが!」

 とたんに、縮こまる宮田。いや縮こまったのは俺の肩に居たギフトも同じだ。

(光輝様、健二にもホルモンブレンドをお与えになった方が良かったのでは?)

(いや、健二には、ホルモンブレンドは必要ないさ。あいつがイケメンになっていたら、不幸になる女の子がそこら中にできてしまう)

(それもそうですね。他人に美味しい思いをさせることは大嫌いですもんね。生まれながらの根っこの部分は、光輝様も葵もそんなに変わっていないですものね)

(なんだ、その奥歯に物が挟まった言い方は? 葵は仕方ないとして、俺は性格に問題はないと思うけど)

(小心者で、むっつりスケベ)

(ギフト何か言ったか?)

(いえ、光輝様のアドレナリン、いつも撤退の判断がいささか早すぎるような……、男は少しぐらい強引な方が……)

(俺もその辺は感じている。幼い頃、葵にテストステロンを全部持っていかれたのかもな)

(まあ、環境でホルモンの分泌の仕方は変わりますけど……)

そんな話をギフトとしていると、門の中からアンダ―リムのメガネを掛けたお下げ髪の女の子が走り出してくる。

「篁さん。ごめん、ごめん。待たせちゃった。それじゃあ入校許可証を渡すから。あら、この人が、篁さんのいとこ? いい男じゃない。こりゃあ演劇部の女子たち喜ぶわ」

「池田先輩、お手柔らかにお願いします。それじゃあ紹介しますね。こちらが私のいとこの五条光輝、それからこちらが雅藤萌さんで、恵子さんに真由美さん、それから聖心女学園の中に入れない宮田君」

 葵は、演劇同好会のメンバーを紹介しながら、池田先輩の品定めをするような視線が、光輝の所で、ひときわ輝いたのを見逃すはずはなかった。

 しかし池田さんは、何事もなかったように話を続ける。

「そうか、宮田君、ごめんね。顧問の先生、結構頑張ってくれたんだけど、大原って先生の頭が固くってさ」

 そこで、葵は大原先生について、必死に記憶の奥底を引っ掻き回す。在った、紫恋のクラスの担任だ。確かアルバムの真ん中に座っていたはずだ。

「大原先生って、去年は中等部で、三年二組の先生だったんですよね」

 えっ、三年二組と言えば、橘さんのクラスじゃないか。俺もアルバムにあったクラスを思い出した。

「確かそうだったかしら。ごめんね。その時は、私はもう高等部だったから」

 池田さんはそう言って目を伏せる。


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