第16話 まあ人間ドックなんだけど

「そうだ。まあ人間ドックなんだけど、血液検査でホルモンの血中濃度とかや、問診、それから、MRI(磁気共鳴画像診断)なんかでホルモンを中心に検査してもらうんだ」

「それで、何がわかるの?」

「まあ、不足しているホルモンとか、その分泌状況、その時の脳の状態なんかだな」

「でも、その辺の事はある程度、光希が見てもわかるんじゃないの」

「いや、橘さん、階段から落ちたって言うから、なんらかの脳の障害で、ホルモンのバランスが崩れている可能性もあるんだ」

「階段から落ちたって、そんなこともあったんだ!」

「そうなんだ。事故でホルモンの分泌が狂った症例が割とあるんだ。だけど今、橘さんが通っている医者って、きっと心療内科だと思うんだ。でも問診が中心の心療内科って、患者の行動分析から病名を決めるから、実は誤診も多いし、間違って合っていない薬とかを調合されて、さらに悪化することもあるんだ」

「そうなんだ?!」

「ほら、例えば最近じゃよく目にする適応障害ってやつ」

「適応障害?」

「ほら、どこかの国の皇室の人がなったっていうあれさ。学校や職場にはいけないのに、旅行やイベントにはホイホイ行けるやつ。精神科医は原因が特定できないやつは取り敢えずこの病名を付ける。昔は鬱って言ってたらしいけど」

「なに、それ? 只の怠け病じゃないの?」

「さあ、対処療法だと、いやなことを避けるように指導するよな。でも、そんな日常的なことは本来耐性を付けないと問題は解決しない。

「なるほど、ノルアドレナリンの出番という訳ね。でもそれができるのは光輝だけっていうのね。わかったわ。じゃあ、紫恋を城央病院に連れて行くわ」

「よし、それじゃあ、聖心女学園の件と合わせて頼んだぞ」

「オッケー。任せて」

 ここで、葵が思い出したように不機嫌になった。

「ところで、光輝? 雅さんとずいぶん親しくなったようね」

「いや、別に、エムエムバーガーを食べに行っただけだよ」

「ふーん。そうなんだ」

 光希をジト目で見る葵に向かって、光輝は必死に言い訳をする。肩に止まるギフトは面白そうに笑っている。ここでホルモンの視覚化はやめてくれよ。

「別にそこに、健二も居たし、それに恵子さんや真由美さんもいたぞ」

「わかってるって、何もやましいことは無いもんね~」

 俺は、内心キレそうになっているが、口では女に勝てないどころか、納得しない限り、いつまでもぐちゃぐちゃとぶり返されるのはわかっている。こういう時の対処法はたった一つ。先に謝り、葵が雅さんより優れていて、俺が認めていることを言うことだ。

 「ごめん。葵。確かに雅さんたちとハンバーガーを食べに行ったけど、会話は全然、楽しめなかった。葵みたいに俺と共通の話題がないからさ。やっぱりつまらないよな」

 そういうと、葵の瞳がキラキラと輝く。

「そうよね。光希って変わり者だから、話が合うのって私くらいの者よね」

 俺は、心の中でガッツポーズをした。ありがとう。ホルモンバランスさん。いま、葵の頭の中で、ノルアドレナリンの美少女剣士が抜いた剣を鞘に納めたところが、俺には幻視できた。

「チッ」っというギフトの舌打ちが聞こえたが、ここでギフトが視覚化してホルモンを見せてくれていた。危ねえー、首の皮一枚でつながったところか……。

「葵、お前、ああいったジャンクフードってめったに食べないだろ。シェークでも食べに行かないか? 俺、奢るから」

「いいわね。光輝の奢りって何か月ぶりだろ? それじゃあ、善は急げっていうからね。早速、行きましょ」

 そう言うと、葵は喫茶店のレジに行き、自分の紅茶代だけお金を払っている。いつものことだが、女性は男性と違って、こういうところはきっちり割り勘にする。たとえ相手の経済事情がどうであってもだ。

  そして、葵は俺の腕を取って、駅の方に歩いて行く。機嫌が直った葵は、素直で可愛らしい。けなげな制服美妖精の影が重なって見えるのだ。


 *******BY葵サイド*******


 そして、光輝にエムエムバーガーでシェークをご馳走になり、家まで送って貰ったところで、私は論理的思考モードに突入するのだ。

光輝に用事を頼まれちゃった。その報酬がシェーク一つじゃぜんぜん足りないけど、まあ、光輝と一番親しい私しか、頼める人が居ないしね。それに確かにあの紫恋をこのまま放っておくことはできないわ。

 それにしても医者って、専門化しちゃって面倒くさいんだから。早速、紫恋を城央病院の林先生の所に連れて行かないとね。

 それから後、聖心女学園へ潜入しないといけないんだけど、誰に頼むかな……。光輝と一緒にあそこに入るとなると、なかなか難しいのよね。

 光輝、ホルモン薬で子供になってくれないかな。「体は子ども、頭脳は大人って」潜入には、めちゃくちゃ都合がいいんだけどね。まあ、いくら成長をコントロールするといってもさすがにそれは無いか。

 それじゃあ、光輝、割とイケメンだから、演劇部という事で、聖心女学園の演劇部の部長さんに紹介して、合同練習とかなんとかで潜入できないかな? 都合がいいことに、確か城央高校には演劇部が無かったはずだし。

聖心女学園の演劇部の部長さんなら、私を男役に是非って、中等部時代はずいぶん勧誘されたから知っているのよね。それから紫恋はヒロイン役に、って話もあったわね。

 葵はそう考えて、聖心女学園の演劇部の部長の池田さんに電話を入れる。

「もしもし、篁ですけど、池田先輩ですか? そう今、城央高校に通っている篁です。あの池田先輩。ちょっとお願いがあるんですけど。私たち、演劇部を作ろうと思っているんです。だけど、素人ばっかで、練習方法とか全然わからないんです。それで合同練習と言うか、練習風景とかを見学したいんですけど」

 葵の脳内では、ビキニアーマーのアマゾネスたちが、チラチラ見え隠れしている。ここは強引なごり押しも厭(いと)わない決意をしているのだ。

「あら、篁さん、久しぶり。相変わらず、自分の都合でしか電話を掛けてこないのね。挨拶もそこそこに用事だけまくし立てて」

「池田先輩、ごめんなさい。友達にちょっと頼まれちゃって」

「あなた、今でも姉御肌なのね。でも、あなたが演劇に目覚めてくれたのはうれしいわ。だけど、いくらあなたが元ここの生徒だとしても、顧問の許可がないとやっぱりね」

「それで先輩、実は、その演劇部に野郎も居るんですよ。どうにかなりませんかね?」

「それは益々、難しいわね。でも、篁さんのお願いだからなんとか考えてみる」

「先輩、お願いします。頼りにしています」

「わかったわ。顧問に頼んでみるから。いい、篁さん、これは貸しよ」

「先輩、借ります。借ります。よろしくお願いします!」

  電話を切った葵は少し考えた。

まったく、とんでもない先輩に借りを作っちゃった。でも、紫恋を助けるためだからやるしかないよね。困ったら光輝を差し出せばいいのよ。何しろあいつは、美しくなりたい女の子が手に入れたい絶対的な魔法、ホルモンブレンドを持っているんだから。

そういう訳で、光輝を人身御供に差し出すことを、葵の脳内のアマゾネスたちは、全会一致で決定する。このアマゾネスは目的のためには手段や犠牲を厭(いと)わないのだ。

もちろん、葵はホルモンバランスがベストなので、犯罪を犯してまで突っ走ることはない。ちゃんと抑制ホルモンも働いているのだ。


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