第15話 そうして、葵は紫恋の部屋を出ると

 そうして、葵は紫恋の部屋を出ると、部屋の前で、心配そうにしている紫恋の母親がいた。

「おばさん。紫恋は大丈夫よ。あまり興奮させて、体調を崩しても悪いので、今日はもう帰ります」

「ありがとう。葵さん。やっぱりあなたは頼りになるわね。紫恋がカエルや毛虫に困っていた時も、あなたが助けてくれたしねえ。これからも紫恋を助けてあげてね」

「はい、私を信用してください」

 カエルや毛虫の仕込みは、葵がやっていたはずなんだが、そのことは、しっかりスルーする葵であった。

 そして、運転手に電話を入れる葵。さて、ことの顛末を光輝に話さなければならないが、どういうふうに話すか。「本人が、これ以上太ることを拒否しているのだ」と言うしかない。

 そう考えて、頼りにしている光輝の顔を思い浮かべるのだ。


 さて、光輝と葵、二人が紫恋の有益な情報を手に入れた週末、いつものように二人は落ち合っている。

 俺は、葵との待ち合わせ場所に、葵専用のホルモンブレンドを調合して持って来ている。ここ、五年ほど続いている習慣だ。今回落ち合うのは、時々使っている高級住宅街にある落ち着いた雰囲気の喫茶店を選んでいる。

 この前、葵の家に行ったばっかりで、少し気恥ずかしかったのだ。

 それに俺の造るホルモンブレンドは、基本的には粉末で、一回当たりの量も少量で、コップ一杯の水でどこでも飲める代物なのだ。


 二人で、喫茶店の奥にあるテーブルに座ると、葵はウェートレスの持ってきたグラスの水を使って、さっそく俺の調合したホルモンブレンドを飲みほした。

「光希、相変わらず不味いよね、これ。たまにはイチゴ味とかメロン味とかにできないの?」

「良薬口に苦しだ。まあ商品化された場合は、受け狙いで味を付けるか」

「今、付けなさいよ」

「うーん。合成甘味料や着色料は体に悪いからなあー」

「まあいいわ。それより、私、紫恋に直接会って来たわよ。相変わらず女の子していて、とても可愛いの」

「……そうか……」

「どうしたの。なんか反応が悪いわね。あれは、きっと胎児の時、しっかりエストロゲンを浴びているわよ。光輝の理想じゃない?」

「いや、まあそうなだけど、彼女がなぜ、あんなことになったのか、今一確信が持てないんだ」

「そういえば、彼女、今以上太ることを拒否しているみたいなの。もっと言えば、太っている自分を醜いって思い込んじゃっているみたいなの。あんなにガリガリなのに」

「俺も、彼女に関する情報を手に入れたぞ。お前と同じ聖心女学園の子が俺のクラスに居たんだ」

「えっ、なんて子。私の知っている子かな?」

「えーと、名前は忘れた」

「あんた、バカなの。その子の特徴とかは?」

「……」

「あんた、その情報、雅って子から貰ったでしょう」

「……よくわかったな」

「当たり前でしょ。私は女の子なんだよ。男の嘘を見抜くのは上手いのよ。まあいいや。それで」

「なんか、やっぱりいじめられていたみたいだな」

「紫恋をいじめるなんて、私が守ってあげていれば……」

「お前、男と女の特徴、どっちかにしてもらえませんか」

「どっちでもいいでしょ。それでどんないじめなの?」

「いじめの首謀者がわからない。しかも、彼女の友達も次から次へとひどい目に遭っているみたいだ」

「それは、どういうこと?」

「まあ、誰もいないはずの校舎や教室で、体操服やスリッパがなくなったり、本人や友達の個人情報が、とんでもないところに晒されていたり」

「なにそれ、まさかリベンジポルノとか?」

「さあ、俺もそこまで詳しく聞いていないが、そういう事じゃなくて、援交の掲示板に個人情報を晒されたらしい。女は知り得た情報すべてをいじめの武器にするからな」

「ねえ、じゃあやっぱり紫恋をいじめていたのって女なの?」

「まだ、確信は持てないけど、十中八九はな。でも、相手がわからない。誰も居ないはずの場所に出入りできる相手って、絞られるんじゃないかな」

「じゃあ、学校を調べてみる?」

「でも、聖心女学園だろう。簡単には入れないぞ」

「大丈夫よ。私、伝手(つて)があるから」

「よし、じゃあその件は葵に何とかしてもらうとして、もう一つお願いがあるんだ」

「光輝、お願いって何よ?」

 葵は少し身構える。光輝のお願いは、どんどんエスカレートしていくのだ。

「葵、そう身構えるなよ。なにも新しいホルモンブレンドを試そうという訳じゃない。あの橘さんを、病院に連れて行って欲しいんだ」

「紫恋を病院に? どこの?」

「ああ、俺のホルモンの師匠って言える林先生がいる城央病院だ」

「城央病院の林先生?」

「ああ、そこで、橘さんにホルモンドックを受けてもらう」

「ホルモンドッグ?」


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