第13話 そして家に帰って

 そして家に帰って、ギフトが休息のため土蔵に戻っていくと、俺は部屋で橘紫恋について考えている。相変わらずの論理的推理モードだ。

 あの橘さんの状態は、完全にホルモンバランスを崩している。いや、それ以前の問題だな。ホルモンの分泌機能の損傷だな。そこまでになってしまう原因とはなんなんだ?

 俺は、本棚にあるホルモンバランスが崩れた時の症例が書かれた本を引っ張り出しパラパラとめくっていく。

 可愛がられていた両親の死亡などによる相当に強いストレスを受けたか、大病を患ったとか、交通事故などによる脳の損傷か。それとも他の原因なのか? 原因が分からないと、俺も対処のしようがない。不足するホルモンを摂取させることで、見た目は改善させることができても、その状態を本人が受け入れるかどうかは別問題だ。

 俺は本を机の上に投げ捨てて、諦めて布団の上に寝転がった。


 一方、葵の方は、これからどうするか計画を立てていた。

(まずは、紫恋に会わないとダメよね。初等部の時は、仲が良かったんだから、気楽に声を掛ければいいのよ。何も気落ちすることなんてないじゃない。光輝のことなんて関係ないんだから。それにいざとなったら紫恋の家だって知ってるんだから)


 それから、結局、一週間、橘さんは学校には来なかった。

 その間、朝の間だけ橘さんが教室に来るかも知れないという事で、葵が朝から俺の教室に顔を見せるため、葵と雅さんとの緊張感はウナギ登りであった。

 それで仕方なく、葵が別の用事で、送ってくれなくてもいいと言った日に合わせて、健二を誘って、雅さんたちとエムエムバーガーに出かけることにした。

 バラバラに頼むより五〇円安いというディアーセットを頼み、みんなでテーブルを囲っている。

「ねえねえ、五条君、最近、朝まで篁さんが私たちの教室に来るようになったんだけど、どうして?」

「あれか、なんか、休んでいる橘さんと同じ聖心女学園だったみたいで、様子を見に来てるみたいなんだ」

「えーっ、篁さんって、聖心女学園だったの!」

「ああ、そうだよ」

「なんで、そんな人が公立の城央高校に来ているの」

 あいつ、俺を追ってきたとか言っていたが、まさかな?

「さあ、俺も聞いていないな。お嬢様学校と言っても、ようは金持ちの我儘育ちのお嬢様の園(その)だからな、色々あったんじゃないか?」

「そうかもね。私たちのクラスにも、何人かいるけど、結構いじめられたみたいだからね」

「えっ、俺たちのクラスに聖心女学園だった子がいたのか」

「そうよ。三門(みかど)さん、彼女もそうなのよ」

「三門さん?」

「そう、元華族のお嬢様、ちょっと家業に失敗して、そういうのって、金持ちほど噂が立つのが早いでしょ。家業の方は、橘銀行、ほら休んでいる橘さんの一族が経営している銀行から融資を受けて、なんとか持ち直したらしいけど、一旦たった噂はね。それでこの学校を受け直したみたい」

「へーえー」

 だめだ。まったく誰だか思い出せない。でも、橘さんと三門さんは単なる知り合いだけという訳ではないらしい。

「雅さん。その三門さんは、橘さんがうちの学校を受け直した理由を知っているのか?」

「ああ、それは三門さんが誘ったみたい。橘さん、とにかくうつ状態が酷かったみたいで、心機一転、新しいところでやり直してみたらって誘ったみたいよ」

「ふーん。橘さんも三門さんみたいに元気を出したらいいのに」

「でも、そうもいかないみたい。橘さんもいじめられていたみたいなんだけど、やり方が陰湿なのよね。体操服や靴を隠されるのは日常茶飯事なんだけど、誰も居ないところでそういったことが起こるのよ。それに、橘さんと仲良くしている人の机の中に、「橘紫恋とは仲良くするな」とかの警告文があったり。実際、その警告文を無視すると、その子だけ大事な連絡事項が届かなかったり、いつの間にか援交の掲示板に個人情報がさらされていたり」

「いいとこのお嬢さんにそれはつらいよな」

「そうそう、やたら訳のわからない電話が何度も有ったあげく、今度は職員室に呼び出されて、それで職員室で先生に指摘されて初めてその事実を知ったらしいの。そういうことが何人もあって誰も彼女とは口を利かなくなったらしいの」

「女を敵に回すと怖いからな」

 男の付き合いは、一般的には相手が良くわからなくても、目標とかに向かって並列的に付き合えるのだが、女の付き合いは、相手を知ることから始まる対面的な付き合いだ。だから、知らない転校生とかを質問攻めにしたりするのだが、この付き合いが崩れると、女は知り得たすべての事を攻撃材料にする。

 それに、女の褒美は相手と口をきいてあげること。最大の罰は相手と口を利かないことだ。口をきいてもらえないことは、女性にとって最大のストレスだ。

「なるほど、そうしている内に、橘さんは拒食症になって、あんなふうになっちゃたんだ」

「あっ、拒食症は違うみたい。かなり鬱病だったみたいだけど、学校の階段から落ちた時から少し経って、拒食症なったみたいよ」

「階段から落ちた? 誰かに突き落とされたんじゃなくて」

「そうそう、見ていた人も居たんだけど、自分で落ちたみたい」

 なるほど、彼女が拒食症になった原因は大体分かった。後は、誰が橘さんをそこまで追い詰めたかだが。俺の脳内にテストステロンというビキニアーマーのアマゾネスがワラワラと湧いてきているのがわかる。そして、俺の口角が上がるのが自分でも解る。

 ギフトが嬉しそうに俺の頭の中に話しかけてくる。

(光輝様、何か悪そうなことを考えているみたいです。顔に出てますよ)

(ああっ、ホルモンの敵は人類の敵だろ)

(そうです。光輝様 必ず敵(かたき)を取ってください)

(任せろ。俺にとっても他人事じゃない)

 ギフトとの会話が俺のアマゾネスたちに火を点けたようだった。俺のアマゾネスはどSだからな。

「どうしたのよ、五条君。なんか嬉しそうなんだけど」

「雅さん。ありがとう。もう一杯、シェーク飲まない。みんなもさ。俺が奢るよ」

 そういって席を立ち、レジに並んだのだ。男は会計時、奢りたがる傾向があるのだ……。テストステロンを分泌しすぎたようだと、財布の中身を見て、後で俺は後悔することになる。


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