第12話 確かに外敵に備える男のセッ〇ス時間は

 まあ、確かに外敵に備える男のセッ〇ス時間は短い。生物にとってこんな無防備な瞬間なんて、後は飯食ってる時と糞している時ぐらいのものだ。だから芸の内と言うのは早算用より、生物学的には正しいと思う。

 それから、エロ話の時、男は具体的な話は避け冗談でかわすが、女は具体的でどぎついぐらいに露骨になる。その両方を兼ね備えた葵に、子供の頃一緒に風呂に入った時、ちんちんを洗っていていきなり実況中継されたのには参ったものだ。

 その表現は、冗談と露骨さが絶妙のバランスである。俺をとことん辱めつつ、お手伝いさんたち周りを笑いの渦に巻き込んでいっていた記憶がある。

 不味い。黒歴史を思い出し泣きそうになってきた。きっとドーパミンやノルアドレナリンやセロトニンの分泌が低下している。恐るべし葵、俺のホルモンバランスを崩すとは。

 俺の頭の中では、意地の悪い顔をした葵に、ノルアドレナリンの美少女剣士が打ち破られ、キャピキャピ少女たちや癒し系少女たちは、なすすべもなく斬殺されていく。

 何度もギフトに視覚化されてきたので、イメージすることが容易になっている。そのことがさらに俺を落ち込ませる。

「光輝、なに落ちこんでるのよ。客間に移動よ。ケーキを食べるんでしょ。いらないのなら速攻で帰っていいのよ」

 葵の言葉に我に返った俺は、お手伝いさんの後について行って客間に案内された。

 立派な床柱に、床の間のある和室だ。この部屋には、渋い日本茶に羊かんあたりの方が似合いそうだ。それに床の間を背負って、なぜか葵の母親が座っている。

「お母さん、なんでそこに居るの?」

 葵は疑問を投げかける。

「だって、ティーパーティのホストは主催者が担うものよ。さあ光希クンそこに座って」

 そして、俺が座卓に座るとケーキを取り分けてくれる。

「光輝クン。何時も娘を送って来てくれてありがとう。聖心女学園の時は、車で送迎していたんだけど、城央高校に行ったら車で送るのは朝だけでいいって。帰りは光希がどうしても送らせてくれって、言っているからって。ほんとわざわざ遠回りしてまで、ありがとう」

 俺がそんなことを葵に言っていたとは? って俺はそんなことは一切言っていない。葵の方をジト目で見ると、葵は気まずそうに俺から目線を外したのだ。

「お母さん。別にそんなこと、光希に言わなくても……」

 最後の方は、もう語尾が聞き取れないぐらいだ。

「それに、中等部に入って光輝クンが毎週来てくれるようになったら、葵って、どんどん女の子らしくなるじゃない。恋って女の子を綺麗にするのよね」

 いや、そこは恋じゃなくホルモンなんだが。

 もう、そこからは、葵の母親の独壇場である。俺は橘紫恋(たちばなあこ)さんについての思考も整理しきれないうちに時間だけが過ぎて行く。それは葵も同じことの様で、いい加減に家に帰らないといけない時間になっている。


 俺がそのことを葵の母親に告げると、

「あら、もうそんな時間。光輝クン、ごはんも食べて行けば? 泊まっていってもいいわよ」

「でも、ご迷惑をおかけするので今日は帰ります。また日を改めて」

「あらそう。まあ光輝クンにも色々と都合があるだろうしね。葵、光輝クンを玄関までお見送りして」

 そして、お手伝いさんに向かって、

「あなたたちは見送りはいいわ。別れ際は二人っきりの方がね。色々やることもあるだろし」

 誰かこの母親を止めてくれ。そう思っていると、葵が素早く立ち上がった。

「光輝、さっさと行くわよ。お母さんの相手はもういいから」

 そう言って、玄関に向かって行ってしまう。

「それでは、失礼します」

 俺は挨拶もそこそこに葵について行く。

 葵のお母さん、相変わらず絶好調だ。きっと脳内では、エストロゲンの可憐な制服美少女と、その取り巻きのドーパミンのキャピキャピギャルたちがわらわらと湧き出ていることだろう。

「ごめんね、光輝。お母さんいつもあの調子で」

「別にいいよ。きっと俺はお母さんのストレス軽減剤になっているのさ。金持ちの女性同士の社交界のストレスって結構すごいらしいから。女の人はしゃべることでストレスを発散させるからな」

「光希のそういう冷静なとこ、身内として助かるわ。それで紫恋(あこ)の事なんだけど、ちょっと私に任せてくれない」

「まあ、最初からそのつもりだったけど」

「なにか分かったら、また報告するわ」

「ああ、よろしく頼む」

「それじゃあね。また明日」

「ああ、また明日な」

 沈黙する二人。

「……光希、お別れのキスは?」

「はーあっ?」

「冗談よ。それじゃあバイバイ」

「ああ、またな」


 やっと、門を出た俺は、ため息を吐(つ)く。あいつ、本心なのか? それとも体を張ったギャグなのか? 男同士なら、笑わせるために体を張ることなど厭(いと)わないはずだ。

なにせこの家は、あちらこちらに防犯カメラが設置されている。それは葵も知っていることだ。葵がもし、純粋培養の女の子ならそんな状況でキスをせがむなんて考えられない。

もし、防犯カメラに俺と葵のキスシーンが映っていたら、母親は狂喜乱舞するに違いない。ネタ提供もほどほどにしてもらいたいところだ。

 女心だけじゃない。男女の心の中もやっぱり永遠に理解できないか。

 そんなことを考えながら、まだ肌寒い家への帰り道を急いでいる。

(葵、変わったよね?)ギフトが俺の周りを舞っている。

(ああっ、俺との仲に触れられるとキレるようになってきた)

(はーあっ、違うよ。女らしい恥じらいが見られるということよ。躱し方が相変わらず男らしいのが問題だけどね)

(そうか? ところで橘の写真からの変わり様をギフトはどう見た?)

(何かあったか分からないけど、ホルモンの防衛本能が上手く働いていなくて、ぎりぎりのところで踏みとどまっている感じね。精神的なもの以外にもなにかあったのかも?)

(そうだろうな。後は俺が調べてみるよ)



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