第10話 女一人と男が三人いて、やっと同等の

 女一人と男が三人いて、やっと同等の語彙(ごい)やボディランゲージの数になる。

 せめて、事実を交えて反論しておこう。きっと誤魔化せないとは思うんだが。

「葵、別に見惚れていたわけじゃないぞ。拒食症だっていうから可哀そうだなと思って」

「ふーん。で、その子の名前は?」

「確か、橘さんだったかな」

「光輝~、私に嘘が吐(つ)けると思っているの?」

「いや、だから、橘さんが可哀そうだなって」

「光輝が、女の子の名前を一発で覚えられるわけ無いじゃない。怪しいな~♫」

 やっぱり、女はエストロゲンを豊富に持っているから嘘を見破るのが上手い。男ぽいところがあるとはいえ、さすが俺が一週間に一度、ホルモンブレンドを調合しているだけはある。ホルモンバランスはベストミックスだ。ここは嘘を重ねてさらに怒らせるより、先に謝っていた方が、いや褒めておいた方が後々楽だ。葵は俺の若紫計画の理解者だし、良く考えれば、葵の方が雅さんより情報を入手しやすいかもしれない。

「葵さん、相変わらず、勘が凄いです」

「でっしょ。毎日やっているもん。ホルモンに良いこと」

「葵、それでお願いがあるんだけど、俺、橘さんの事を色々と知りたいんだ。ひょっとしたら、あの子、俺の若紫計画にピッタリかもしれない」

「やっぱりね。そんなことだろうと思ったわ」

 そう言うと、葵は、ちょっと考えているようだった。記憶はテストステロンの分野だが、人の印象を記憶しているのは、エストロゲンの分野だ。どちらもベストの状態で使いこなせる葵は、記憶の片隅に引っかかりを見つけたようだった。

 はっと俺の方を向くと、葵は言葉を選ぶように言った。

「橘さんね。今は確信を持てないけど、なんか引っ掛かるのよね。そうだ、光輝、今日、私の家に寄らない?」

「別にいいけど、俺を襲うなよ」

「はーっ、それ、私のセリフなんだけど」

「ごめん。女は男と違って、年がら年中発情しないよな」

「そういうこと、しかもその辺の性欲ホルモンは、月経周期で増大しても、男の一〇分の一でしょ」

「そうだ、胎児の間に浴びたテストステロンも、性格に大きく影響するだけで、思春期の性欲には、あまり影響しない」

 そんな、過去二人で何度も繰り返してきた会話を再び確認して、二人で顔を見合わせニッと笑った。これは二人がお互いを異性と意識し出した時に、どちらからともなく始めた確認事項のようなものだ。

 感情、特に恋愛感情は「お医者様でも草津の湯でも、惚れた病はなおりゃせぬ」と言われているが、それは原因が分からなかったからで、今や、恋愛感情も、脳内でホルモンと言う情報伝達物質が分泌され、ニューロンが頻繁に繋がり脳が活性化しているだけなのだ。

 そして、二人はこの古都の名家?の出身であり、古い慣習も良く知っている。その中でも、二人は特に言霊(ことだま)については信仰しているのだ。その物の名前を知れば、その物を配下に置き制御できる。すなわちホルモンという言葉を口にすることで、感情を制御しようとしているのだ。

 ホルモンの分泌に関しては、意識して制御できるものではないと言われているが、実際に、このことは効果があり、感情も冷静になって、今までこの二人の間に、なにか問題が起こったことは無かったのだ。

 もっとも、俺の周りでは常にギフトが葵を警戒している。感情を読み取り、感情を置き換えることができるギフトがいて間違いが起こるはずはないんだけどね。


 葵の家の立派な門をくぐり、普通の家庭の倍以上ある玄関から屋敷の中に入ると、屏風や衝立が立った和風のエントランスが広がっている。

「お邪魔します」

出迎えたお手伝いさんが、さっそく葵の母親を呼んで来ていた。父親は留守の様で、母親の許しがあるまで、家に上がるわけにはいかないのだ。さすがいいとこのお嬢様だ。

葵の母親は、旅館の女将さんが着るような着物で出迎えてくれたのだった。

実はこの人が、俺の母親の妹さんで、そういう訳で俺と葵はいとこになるのだ。

「あらあら、光輝クン、いらっしゃい。久しぶりね。相変わらずのイケメンぶり。私が後二〇歳若かったら放っておかないのに」

「あっ、おばさん、こんにちは、御無沙汰しています」

「ほんと、御無沙汰よね。でも葵が同じ高校に行き出してから、毎日送って来てくれているんでしょ。ほんと、葵もここんところご機嫌なのよね」

「おかあさん!」

「ごめんごめん。でも本当の事だから」

 この二人の間に入って、俺はなんていえばいいんだ? しかし、そんな社交辞令は不要だった。

「おかあさん。私の部屋に行くから、ケーキと紅茶を持ってきて、光輝の分はいらないから!」

「まあ、あの子ったら、照れちゃって」

「ごめんね。ちゃんと光希クンの分も持っていくから。ゆっくりしていってね。後、ちゃんと先触れを出して、部屋を訪問するのはその五分後だからね。もちろん、紅茶の時もよ」

 そう言って、親指を立てている葵の母親。

 いや、あなたは、俺たちに何を期待しているのですか? それに先触れって。どこの貴族の習慣ですか? 俺は別にいきなり入ってこられても、なにも問題ありません。

 俺は苦笑いをして、階段を上がる葵を追いかけた。



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