第9話 放課後、雅さんたちが俺たちの周りにやって来て 

 放課後、雅さんたちが俺たちの周りにやって来て、周りの女の子がそれを見ている昨日の状態が出来上がった時、葵が俺たちのクラスに飛び込んでくる。

「光輝、それに、宮田くん。一緒に帰ろう!」

 一瞬、教室が凍りつく。が、すぐに日常の雰囲気に戻っていく。美人度は葵の方が上だと思えるが、ここは雅さんのテリトリーだ。葵とクラスの女子全員のノルアドレナリンが、大量に分泌されているはずだ。このホルモンは、闘争と逃走、最善の選択をするためのホルモンだ。さてこの場合、一気に緊張状態に入った心身に対して、どちらの選択を促すだろうか。

 肩に乗っているギフトにも緊張が走った。この雰囲気を敏感に嗅ぎ取ったようなのだ。

 さあ、美少女剣士同士の衝突があるかって、俺はその結末を知っている。女の子は男の前では闘争をすることはない。そんなことができるのなら、男に守ってもらうという種の本能は、どこかに行ってしまうことになる。

「あれ光輝、取り込み中かな。どうしょうかな、家まで送って貰うのに、私の家を知っているのは、いとこの光輝しかいないからな」

 なるほど、俺と関係であることを強調して、とりあえず恋愛関係にないことをさりげなくアピールしたか。しかも昔からの知り合いというアドバンテージも出している。

 ここでどう俺が答えるかだが、みんなにセロトニンを出して、落ち着いてもらうためにとりあえず笑ってもらうか。

 このセロトニンという癒し系美少女は、笑うことが大好きなのだ。

「葵、お前成績はいいのに、相変わらず地図が読めない女なんだな。しかたない、迷子になったら、俺がお前の母ちゃんに怒られるから、送って行くよ。雅さん、ごめん。エムエムバーガーのディア―セットは次の機会にとっておくよ」

 雅さんにフォローを入れつつ放ったギャグに、クラスの大半が、クスッと笑ってくれた。俺のウエットなギャグが分かったようだった。みんなあのベストセラーを読んでくれていて助かった。

 それでもクラス中のわだかまりも感じつつ、俺と葵そして健二は、教室を後にする。

「いやーあ、あんたと付き合っていると、色々、修羅場をくぐれそうで、燃えてくるわ」

「待て、俺たちは付き合っていない」

 葵の言葉にすぐさま反論した俺は、こいつならあの程度の敵愾心(てきがいしん)で、あっという間に一発着火で、くすぶることなく一気に燃え上がるにちがいないと考える。それはそれは盛大に! なにせこいつの本体は、ビキニアーマーで身を固めたアマゾネスなのだ。


 そして、その原因は俺の親父にあるので、俺も立場上、葵に後ろめたさを感じているのだ。

 まったく俺の親父が、こいつを妊娠中の母親に、とんでもない薬を調合するからこんなことになったのだ。

 思い起こせば、俺が一二歳になって、やっと親父からの許しを得て、代々、実家の薬屋に残る調合台帳やその薬の効用や、副作用が書かれた、門外不出の秘伝の書を日々解読していたんだ。

そして、丁度、同じ時期に、ギフトが生み出す美妖精たちの本性がホルモンという脳内伝達物質であることを、ギフトの言葉ではなく知識として知ると同時に、薬草を一定の条件で、加工したり、調合したりすることによって、あらゆるホルモンを作りだすことができることを、ギフトから教わったのだ。

 そして過去の処方箋を調べるうちに、葵の妊娠中に体調を崩した母親に、親父が調合した薬が、男性ホルモンのテストステロンを大量に含む薬だという事が、ギフトに指摘されて分かったのだ。

親父、確かにこの薬、体調を崩した母親にはちゃんと効いたんだろうが、ご先祖様は、妊娠中は服用を控えるようにと書いておくべきだったと俺は思ったのだ。

だってその結果、その当時の葵は、性格は男っぽくて、体つきや骨格も、筋肉質で筋っぽく、肌も脂ぎっていて女性らしさは全くなかった。ただ顔は、両親の遺伝子を引き継いでいたので、美少女と言うか美少年で、某歌劇団で男役をすれば、結構人気が出るんじゃないかとは思えるほどだったんだが。

まあ俺は、この商売、先細りで俺の代では商売の鞍替えをしないといけないと考えていたんだが、当時の葵の有様をみて、直感で東洋医学とこのホルモンを正しく理解すれば、この西洋医学万能主義のご時世にも、この商売でやっていけると光明が見えたんだ。ギフトとの約束、この世界をホルモンで救うという大義名分もあるし。

それで、自分とか葵に色々な薬草ホルモンを投与したり、分泌を促す薬草を与えたりして、遂に、それぞれの最高の状態を作り出すホルモンのベストバランスを見つけ出した。それを俺はホルモンブレンドと名付けたのだ。

そして、その副作用?が、俺の高身長やイケメンであり、葵の美少女ぷりなのだ。

もちろんこの段階で、葵にもホルモンの効用をちゃんと理解してもらっている。親父の医療ミスが原因なんだから、インフォームドコンセントは完璧なのだ。


「光希、ちょっと、私の話を聞いてるの」

 葵が、いきなり、俺の腕を引っ張った。

 葵は、俺が今のように自問自答モードによく入ることも、またこの状態がホルモン、テストステロンの仕業であることも良く知っている。だから決して怒っている訳ではないのだ、と俺は思いたい。

「光輝、さっき宮田君に聞いたけど、あんた、今日、同じクラスの女の子に見惚れていたんだって?」

 これは、オキシトシンのデメリットである嫉妬深いところが出たか。このオキシトシン、「絆ホルモン」と言われるように、人間関係を深めることでより快感を得るホルモンなのだが、逆に、愛情が深すぎて、嫉妬深くなるという一面も持つ厄介なホルモンなのだ。

 まあ葵の治療段階で大量に投与したからな。

 それにしても、健二の野郎、いらないことを言いやがってと辺りを見回したのだが、すでに健二とは、別れた後だったみたいだ。俺は無意識のうちに、自分の家へと向かう道から外れ葵の家に向かっていたようなのだ。

 ちっ、健二が居ないと味方になってくれる奴が居ない。いや、二対一でも女の子相手に、口で勝つのは難しいだろう。男と女では日頃使っているコミュニケーション手段が、三倍くらい違っている。一日のコミュニケーションの量って、確か男が一万弱に対して、女性は二万七千だったはずだ。


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