第8話 そこには、女性らしい脂肪が全くなく
そこには、女性らしい脂肪が全くなく、ガリガリに痩せこけた女の子が廊下側、俺の三つ後ろに座っていた。
本来、そういった人をじっと見るべきものではない。俺も女の人のように、周辺視野を使って、こちらの視線に気が付かせないようにすべきだが、何しろ男はトンネル視野だ。そちらを向かないことには、その子を観察することができない。
その子は、座って下を向いたままだが、周辺視野の広い女の子のことだ。きっと、俺の視線に気づいている。女性には背中にも目が付いていると云われているぐらいだ。
その子は、俺が視線を外すことができないぐらい興味を引く存在だったのだ。とにかく体が痩せている。見たわけではないが、きっとアバラも浮いていることだろう。肌の色や唇も血色が悪く、病人のように青白い。生気がなく、表現は悪いが、どこかの自殺の名所でその子の写真を撮ればトリックなしで心霊写真が完成するだろう。
だがしかし、瞳に眉、まつ毛、鼻に唇、骨格、それぞれのパーツは均整がとれ、宝石のように綺麗だ。それがほほがこけ、肌の血色が悪く、ひどく荒れているため、配置が黄金比から少し狂っていて、その個別のパーツの素晴らしさを全て台無しにしてしまっている。
最良の配置からほんの少し狂っている方が、違和感としてはより大きくなるようだ。
彼女は、ますます具合が悪くなっているようだった。それに呼吸も乱れているようだ。
緊張による過呼吸の発作なのか? 彼女の精神状態は?
(ギフト、悪いが彼女にいつものやつを)
(光輝様、これは……。葵の時とは違った危うさを感じます)
ギフトはそう言うと、橘さんと呼ばれた女の子にふーっと息を吹きかけた。
そこに視覚化されたホルモンたちは、傷だらけでズタボロだった。
まず、女性ホルモンのエストロゲン妖精は髪に艶がなくボサボサで、目が大きく落ち込み顔色が悪い。着ている制服もあちこちが破け、擦り切れ穴が開いている。きっとエストロゲン自体の分泌が減少して鬱の状態を作り出している。女性ホルモンが低下する更年期のひどいやつみたいだ。それに、ノルアドレナリンの剣士たちもほほや体のあちこちに切り傷を創り、構えた刃は折れ、目には諦めの表情が浮かんでいる。
ばかな、アドレナリンたちが間合いを崩され蹂躙されている?!
明らかに葵の時の男本来のだらしなさと違って、外部からの攻撃に晒されて疲弊しきっている?!
俺の彼女に対する悲痛な視線に気が付いたのだろう。雅さんが俺に小声で話しかけた。
「五条君、あまり女の子をジロジロ見るもんじゃないわよ。橘さん、ストレスを感じて体調を崩したみたい。私、ちょっと保健室に連れて行ってくる」
「ああっ、ごめん。頼むよ。雅さん」
俺は、雅さんに話しかけられて、我を取り戻したようだった。そして雅さんは、決して橘さんに同情したのではなく、俺に優しいところを見せるという感情で動いたようだった。
そうして、雅さんに連れられて、橘さんは教室を出て行った。
そうだよな。あんなにふうになるという事は、きっと過去に何かあって、プレッシャーやストレスに晒され続けた結果だろう。あんなに凝視して悪いことをしてしまった。
それにしても、俺の目の前で、PEA(フェネチルアミン)という一目見て、心臓がドキドキ、血圧と脈拍上昇、フォーリンラブする容姿を持つ美少女と、さっきのガリガリの少女とが重なった。
「遂に見つけた、俺の若紫……」
思わず、呟(つぶや)いていたようだった。その声を聞いた健二は、なにが有ったのかという感じだ。
「光輝、何が見つかったって?」
「いや、なんでもない……」
俺は、彼女が出て行った扉をしばらく見ていたようだった。俺の横顔を心配そうに見ていたギフトも、俺の心情を悟ったのだろう。
(あの橘っていう方、葵以上に世話が焼けそうですわ……。でも、生まれついた時のホルモンバランスの良さ、なかなか将来有望でしてよ)
俺の勘を裏付けるように独り言を呟いていた。
そして昼休みに雅さんから聞いた話では、橘さんは保健室からすでに家に帰ってしまったようだった。ジロジロ見たことを謝りつつ、昼休みにお見舞いに行きたかったのだが、その機会は失われてしまった。
まあいい、同じクラスなんだから、会う機会はこれから何度もあるだろう。
それより、俺は彼女がなぜああなったのか、その原因が知りたい。彼女がどこの中学出身なのか? まずはそこからだな。そこまで考えて、雅さんに彼女の出身中学を聞いてみるのだ。そして、女性との会話は遠回しに聞くのがベストだ。
「雅さん。あの橘さんは前から知っている人なの?」
「いいえ、知らないわ。出身中学も違うし、高校になって初めて知ったわね」
「そうなんだ。知らなかった人にあそこまで気を配れるなんて、雅さんって優しいんだね」
「そうなの。よく友達から言われるのよ。例えばね……」
なんか言っているが、俺の知りたいことを知らないという事はわかった。後は男の本性を現わして、人の話を聞かない男になって、自問自答、論理的推理を働かせるだけだ。
雅さんの話に適当に合槌をうっていると、いつの間にか、雅さんは自分の席に帰ったのだろう。午後の授業が始まっていた。
授業内容もそこそこに、相変わらず俺は論理的推理を繰り返している。後、俺が気楽に聞ける人物は? 健二、いや望み薄だろう。俺とほとんど一緒に過ごしてきている健二が、俺の知らないことを知っている訳がない。
雅さんなら、橘さんが拒食症だと知っていたんだから、きっと、誰かに「ここの休んでいる人は誰って?」聞いているんだ。だからこのクラスで、橘さんと同じ中学出身の人にすでに辿り着いているのだろう。
しかし、雅さんを通すのは不味い。きっと、雅さんはこのクラスのスクールカーストがトップクラスだ。これは見ていてわかる。雅さんが、橘さんを俺に対するボーナスポイントだと考えている内は、橘さんに危害が及ばないが、俺が橘さんに興味を持っているとなると話が違ってくる。
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