第5話 しかたない

 しかたない。健二に、男と女のホルモンのさわりの部分だけ、ざっくり説明してやるか。ギフトに視覚化してもらえば、百聞は一見にしかず。すぐに理解できるんだろうけど、あいにくギフトが視覚化できる相手は俺しかいない。

「いいか、健二、男と女の違いなんて、男の遺伝子と女の遺伝子を足した時に、核の中の対の染色体の二三番目の性染色体の部分が、Y染色体になるかX染色体になるかだけの違いなんだ。まず、胎児の人体や脳の出発点は女なんだ。それが証拠に、男にも乳首や乳腺といった身体的特徴が残っているんだ。

 じゃあ、男と女を特長付けるものは何かと言うと、XYの染色体を持つ男子の胎児は、大量のテストステロン(男性ホルモン)を浴びて、精巣が形成されて、当初あった女性の特徴が消えていき、男らしい特徴や行動が出来るように脳が配線されていくようになる。

一方、女子の胎児は誕生して六ヶ月から二四ヶ月の間に体内で大量のエストロゲン(女性ホルモン)が分泌され、女子特有の体や、言語能力、感情表現が出来るように脳が配線されていくんだ」

 そこまで言って、健二の方をみる。所詮、男の脳は人の話を聞こうとしないのだが……。

「えっと、人は、最初はみんな女の特徴を備えていて、胎児の間にそれぞれのホルモンを浴びて、男と女の特徴的な行動や考え方をする脳ができるんだな」

 自信なさそうに言いながら、中々核心を突いている。


「そうだ。胎児の時に、浴びたホルモンの種類で、男特有の脳や女特有の脳が完成される。環境によって左右される脳の領域って男らしさと女おんならしさという点では、殆ど影響を受けないんだ。まあ男と女の兄弟で似るのは言葉遣いぐらいだな。

でも、今の世の中、女性が社会に進出して、ストレスや薬物なんかにたくさん曝(さら)されているだろう。ひと昔前、ダイオキシンからでる環境ホルモンが問題になったけど、加工食品なんて、そのホルモンをでたらめに分泌させる宝庫なんだぞ。実際に環境ホルモンの実験では全てのメダカが生物的にメス化した事実もある。昨今はやりの草食系男子の増加も環境ホルモンが原因じゃあないかと俺は睨んでいる。人間はメダカほど生殖系が単純じゃないからまずは精神の方に問題で出っているんじゃないかって

まあ逆に、XX染色体にも、テストステロンを胎児の時に大量に浴びたりすることで、男っぽい脳の女の子になる人の割合が増えている可能性があるのさ。

それに、男性ホルモンとか女性ホルモンとかいうけど、そのホルモンだけを持っているんじゃなくて、人はどちらも持っているし、女性でも男性ホルモンは女性ホルモンの一〇倍の量が分泌されているんだ。

そして、女性ホルモンの分泌量は、生涯を掛けて、たったスプーン一杯分の量しかないんだ。そんな少量の物質が女性らしさを支配しているんだ。

女性が、社会に出てストレスに晒されている今の時代、こんな微量なバランスなんて、すぐに崩れてしまうのさ。

そのせいで、胎児のときに浴びた間違ったホルモンで、脳の中で、オスがメス化しメスがオス化する。これだけは、出産後に、ホルモンブレンドを使ってもどうすることも出来ないんだ」

ギフトは、葵のホルモンバランスの乱れが人類のいや地球上の生物の危機の予兆だと感じたらしい。だからこそ葵を見て、今ここに地球を救おうと実体化までしたんだ。

(光輝様、こんな大事なことをこんなバカに話してもいいんですか?)

(ギフトか? 大丈夫。いくら脳みその八割が女のことしか考えていなくても、残り二割は普通の思考もできるだろう。それにこういった人類の重大な危機は、多くの人に知ってもらったほうがいいに決まっている)

(それもそうなんですが……)

 俺がギフトと頭の中で会話している合間に、葵が話を繋いでいた。

「そう、だから、私は光輝のホルモンブレンドで体は女の子らしくなっても、胎児のときに浴びた男性ホルモンのおかげで、男のように功名心が強くて、チャレンジ精神や競争心などに富んでいるのよ」

 俺の結論に葵が付け加えた。それに反応した健二が感嘆の声を上げる。

「ホルモンって、男らしくしたり女らしくしたり、なんかすげえんだなー」

「ああ、人間の容姿、性格、行動を決定づける最強の生体化学物質だ!」

「なにもっともらしいことを言ってるのよ、光輝は! その最強のホルモンの存在を知って、その研究を始めたのは、自分が合成したホルモンブレンドを、美容品かダイエット薬として売り出そうと考えたからでしょ」

 いやそこは、ギフトと共にこの世界を救おうとして……。

「まあ、そこはほら、女性は美容やダイエットには大金を出すからな」

 あれ、建前と本音が逆になった?

「まつたく自信たっぷりね。もしも、売れた時は売上や特許料の半分は、人体実験に使われた私に出しなさいよ。そのために、ここにいる、えーっと、……宮田健二君だったっけ、を証人にするわ」

「大丈夫です。僕は、篁さんの味方です」

「よかった。ランチをおごってあげた甲斐があったわね」

「まあ、俺の創ったホルモンブレンドを売る話は置いといて、そういう訳で、俺の野望は、胎児の時に正常に女性ホルモンシャワーを浴びた女の子を、俺の調合したホルモンブレンドを使って、俺の理想に作り上げたいんだ」

「なるほど、壮大な計画なんだな」

「ちぇ、私で我慢しとけばいいのに。妾ぐらいにはしてあげるのに」

  葵はホルモンの影響で、男と同じで一度に何人でも好きになることができるみたいなのだ。いくら美人でも、そのことが俺には我慢できないところなんだ。

 でもギフトに言わせると、この二人、恋愛という感情を抜きにした割り切った関係なら、理想の関係が築ける素養があるそうなんだが……。

 そんな話をしている内に、パスタランチを平らげ、三人はイタリアンレストランを後にする。そして、俺は、葵を家まで送って行くことにして、健二とは別れて二人で葵の家に向かう。



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