第4話 そして、静かな住宅街に
そして、静かな住宅街にひっそりとたたずむセンスの良い外観をしたイタリアンレストランに、三人は入っていく。
俺と健二が向かい合って座ると、当然のように俺の横に座ってくる葵。こいつ、触れることで幸福を感じる女性ホルモンのオキシトシンを出して、自分だけ幸福感に浸ろうとしてやがる。
ギフトが不機嫌になり、オキトシンというホルモンを視覚化させる。この仕草は男にとってこの女、俺に気が在るのか?と やきもきするところだが、実際のところは自分が気持ちよくなりたいだけの自己都合の場合の方が大きい。まあ、いやな相手には絶対にしないんだけど……。女同士がべたべたするのはこのホルモンのなせる業だといえる。
なにしろオキトシンはすぐに人との接触や関係を持ちたがる。人と触れ合うことに幸福を感じる別名「絆ホルモン」だ。ただし、分泌が度を超えると途端に嫉妬を感じるかまってちゃんになってしまうラノベ王道のロリコンヤンデレに闇落ちする。
視覚化された容姿は、丸くて小っちゃいぬいぐるみを抱えた幼児体形の美幼女の妖精だ。
ギフト、葵の企みなんて分かっているって。俺がヤンデレに振り回されるなって意味で視覚化したんだろ。でもその感情、ヤキモチ(ヤンデレ)っていうんじゃなかったけ?
仕方ない。ギフトの相手は後でするとして、葵には俺からも会話して、葵の幸福感に貢献してやるか。冷たくすれば不当な恨みを買いかねない。女はお喋りするだけで幸福感が増すはずなのだ。
「ここに来るのは久しぶりだな」
「光輝、そうでしょ。私が光輝に人体実験されていた時は、時々来ていたよね」
「……」
葵の口から、人体実験という言葉が飛び出したので、俺はすぐに無言になった。
しかし、代わりに若い男女が人体実験という言葉を使うその卑猥さに、顔を真っ赤にして、思わず食いついてくる健二。
「篁さん。光輝と人体実験って? なにをしたんです?」
そこで、意味深に笑みを浮かべる葵。
「そんなことよりメニューは、全員パスタランチでいいわよね。私が奢るから」
葵の提案に、メニューを見て、水だけ飲んで帰ろうと考えていた俺と健二は速攻で頷く。
そうしてウェートレスを呼ぶと、注文を告げ、健二の方を見た。
「人体実験って言うのは、光輝が私の体の隅々まで調べ上げた上で、色々私の体に色々したの。いわゆるお医者さんごっこかな」
さらに、意味深なことを言ったあと、色っぽく微笑んで健二を上目遣いで見ている。
(相変わらず、葵は、オスを誘うメスとしては完璧だな)
俺は内心、感心するが、健二の勘違いを解かなければならない。
「健二、俺と葵は、お前の考えているようなことは一切ないからな」
「だって、篁さんが!」
「人体実験と言うのは、俺が調合した薬を飲んで貰ったり、マッサージしたりしただけだ」
「そうそう、興奮させる怪しげな薬や、きわどい場所をマッサージしたりしたわよね」
ますます、顔が高揚していく健二。健二、それ以上興奮すると、鼻血がでるぞ! きっと健二の頭は、右脳前頭葉付近に男性ホルモンのテストステロンが大量に分泌され、空間認知能力が活性化されて、鮮明なイメージが構築されていることだろう。
この能力を数学の問題を解く時に、使うことが出来れば、お前の成績はもっと上がるのに。
そんな、どうでもいいことを考えながら、葵の話を否定する。
「健二、俺がやっていることは、東洋医学と西洋医学の融合だ。東洋医学は、体の内部から病気を治そうとするだろう。西洋医学にも、体の仕組みを知ろうとして、研究した結果、ホルモンという生理活性物質や情報伝達物質を見つけた。
なんと、このホルモンを最初に見つけたのは今から百年ほど前、竹峰譲吉という日本人だったんだ」
「それは本当なのか?」
「ああっ、最初に見つかったのは、たぶん健二も聞いたことがあるアドレナリンっていうホルモンだ。そして今では一〇〇種類以上のホルモンが見つかっている」
俺は、視覚化されたアドレナリンを初めて見た時のことを思い出していた。
視覚化されたアドレナリンは、背中までのストレートの黒髪を後ろで一括りにして胸元から見えるさらしが色っぽいハカマ姿の切れ長の眼光鋭い美少女剣士だった。
その作用は、ストレスに対して防衛本能が働くホルモンで、闘争か逃走かを瞬時に脳に判断させる「生存ホルモン」。肉体強化や精神強化がお手の物で、双子姉妹にノルアドレナリンがいてアドレナリンは主に肉体的ストレスに、ノルアドレナリンは精神ストレスに対応する心強い間合いの判断に優れた剣の達人だった。
「そうか、一〇〇種類以上もあるんだ」
「ああっ、お医者様でも草津の湯でも、惚れた病はなおりゃせぬって昔は言われたけど、今の医学が本気になったらどんな精神的な病でも直してしまえるんじゃないかな。人間の喜怒哀楽という感情や成長という営みは全て、ホルモンの分泌で促され脳内で行われていたんだ。俺は、そのホルモンのバランスを最良の状態に調整できるホルモンブレンドとホルモンを活性化するツボを見つけようとして、葵を使って研究していたんだ」
一旦話を切った俺の肩でギフトもうんうん頷いている。健二に話した内容は、ほとんどはギフトの受け売りである。ホルモンブレンドもギフトが指示する処方箋に従って俺が調合しているだけだ。
そして、再び言い訳を始める。
「それで、葵には色々、手伝ってもらっただけなんだ」
「それで光輝のおかげで、こんなにエロい体にされちゃったのよ」
いやもう、ここは合いの手を入れる葵は、健二には度外視してもらおう。
しかし、ここまで説明しても、健二はまだ目を白黒している。
こうなったら、実際に見てもらうしかないか。健二に俺の源氏物語の若紫の育成伝説を!
俺がそう考えた時、ウェートレスがランチを運んできたため、一旦話は小休止だ。
そして、こんどは、俺が健二の質問攻めにしてくる。
「光輝、ホルモンブレンドってなんだ?」
「だから、人間の成長や感情を制御するホルモンを最良のバランスで調合したものだ。上手くいけば、この葵のように素晴らしい容姿を手に入れることが出来る」
「じゃあ、そのホルモンブレンドを使えば、女はみんな篁さんみたいになるのか?」
「遺伝子の影響が大きいからそういう訳じゃないけど、最高の素材を見つけて、ホルモンブレンドを使って、俺の理想通りの美少女を作りあげる」
「でも、お前の理想って、この篁さんじゃないのか?」
「うーん。いとこだし、こいつ良いとこのお嬢さんだけあって、玉の輿願望が強いからな。それに一つだけ問題があるんだ」
「そうよ。今の私なら、たとえ、モナコの王子や、アラブの大富豪でも落とす自信があるわよ。まあ、金の無い顔だけの光輝なんて私から見たら雑魚よ。雑魚!」
「やっぱり、葵の奴、いまだにオス化が進んでいるのか……」
「オス化って、お前、また訳の分からないことを言ったな?」
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