第3話 いいね。何を食べに行く?

「いいね。何を食べに行く?」

「そうね、駅前のエムエムバーガーはどう?」

 雅さんの提案に即答で答える俺。

「いや、エムエムバーガーって、セットとか言いながら、同じものを別々に頼んだ方が安い時があるんだ。まったくセットの意味がわかっていないよな。それか、セットと言えば勝手にお得だと考える消費者心理を利用しているのか? あの次から次へ押し売りのように、メニューを進めて来るマニュアルからして、後者が正解か?」

「光希。お前、なに経済評論家みたいなこと言ってんの。行くのか行かないかどっちなんだ?」

 健二の質問に、敢えて答えてやる。

「俺は、いま遠回しに回答したぞ。それに、今日はこれから約束があるんだ」

 俺の回答を聞いて、心底残念そうにしていた三人だったが、それでも雅さんは気を取り直して俺の顔を、真っすぐに見て言った。

「そっか。それじゃあ、また今度ね。五条君」

 そう言って、俺たちから去っていく雅さんたち。そこで会話されている内容は以下の通りだろう。

「ねっ、やっぱり、五条君、誘いにのって来なかったでしょう」

「中学の時からあんな感じ、訳のわからない屁理屈をこねて、良くわからないうちに断られるの。雅さんなら美人だから、ひょっとしてと思ったけど、やっぱり駄目だったか」

 ここでため息を二人は吐(つ)いたのだが、雅さん違っていた。

「屁理屈? 凄く合理的な理由じゃない。今まで気が付かなかったわ。今度から気を付けないと。でもそれさえクリアすれば、五条光輝、落としたも同然かな」

 そう、雅さんだけは、光輝の予想を覆し、まだまだ諦めてはいなかった。さすが男性ホルモン過剰だ。狙った獲物は逃さない狩人みたいだ。


 そして、新しい出会いを期待しながらも、もう残っているクラスメートもほとんどいない教室にとり残された健二が、俺に向かってに文句を言ってきた。

「お前な、あの雅さんは、俺の調査ではこの城央高校の新入生の美少女ランキングベスト三に入る上玉だぞ。せっかく向こうから誘ってくれたのに、無碍(むげ)に断りやがって」

 お前の調査ってなんだよ。まだ、今日一日だけだろうが。まあ、そんなことはどうでもいいか。俺はおそらくこの学校でナンバーワンを知っている。

「それなら、お前だけでも行けばよかったのに、これから約束があるって言うのは本当なんだ」

 そうやって、言い訳しているうちに、俺の約束していた相手が、俺のクラスに飛び込んできた。

「光希! まだ居る?」

「バカでかい声をだすな。篁葵(たかむらあおい)!」

 でかい声を出しながら教室に入ってきた篁葵という女性は、俺とギフトの思い出話に出ていた一緒に土蔵に閉じ込められたあのいとこの男女だ。

その容姿は、腰まで伸ばした髪は青みがかった群青色で、その艶やかさは、窓から入る日の光を反射して天使の輪を作り、女の子らしいふっくらした透き通った肌の顔には、黒々とした大きな瞳を潤ませまがらキラキラさせ、通った鼻筋、丁度良い厚さに潤いを讃えた血色のいいピンクの唇。

そして、スタイルも引き締まったウエストに、形のいい胸のふくらみと、魅力的なヒップライン、男性を引き寄せる完ぺきな体の曲線ラインを持っていた。

まるでエストロゲンが視覚化された時と重なるような美少女にこの五年間で変わってしまっていたのだ。

健二が思わず絶句している。

「お前、約束って? まさか、篁(たかむら)さんとデートなのか?」

「デートって言うのとは違うと思うけど。昼飯を一緒に食う約束しちゃったから」

「お前、なんで篁さんを知っているんだ? 城央高校、新入生美少女ランキング、ダントツ第一位の篁さんを!」

「光輝、なに、この興奮している人? それしたって失礼よね! 私はこの城央高校女子全体で、ダントツの一位なのに」

 失礼と言われて、魂が抜けて言葉が出てこない健二に変わって俺が答える。

「確かにメスという意味では、この高校でダントツの一位だと思う。恋愛ホルモンって言われているPEA(フェニルエチルアミン)というホルモンや、それに刺激されてドーパミンっていう興奮系ホルモンを、相手に大量に分泌させる容姿だからな」

 俺が答えると同時に、ギフトが健二に向かって息を吹きかける。

 健二の周りには、一目見て、心臓がドキドキ、血圧と脈拍が上昇する絶世の美女なのにどこか隙だらけな美妖精と、はしが転んでも笑い転げるテンションのキャピキャピ美妖精が盛り上がり踊り狂っている。

 PEA(フェニルエチルアミン)とは、ずばり「恋愛ホルモン」と呼ばれるホルモンで、一目ぼれさせて「この人は運命の人」と勝手に妄想させるホルモン。でも持続時間が短く覚めるのも早い。まさに乙女心と秋の空ホルモンと言えるホルモンである。

 ドーパミンっていうホルモンは、「快楽ホルモン」と呼ばれ、やる気を出したり、物事を達成したりする原動力になるホルモンだ。ただし、あまりに快楽を得るとさらにその快楽を求め、無謀な挑戦に挑む中毒患者に為ったりする。集団で盛り上がるとどこまでも行ってしまう歯止めが利かない取り巻きギャルたちなのだ。

 健二、悪いことは言わない。葵だけはやめておけ。お前が扱えるような玉じゃないぞ。

 健二は俺の言葉に、魂が戻ってきたような難しい顔をする。

「フェニ……? 光希、お前、相変わらず、なにを言ってるのか全然わからない」

 頭を抱える健二に向かって、笑いながら葵が答えている。

「そこの興奮している人。光輝の話がわかるのは私ぐらいのものよ。だって光輝と私はいとこ同士なんだ。光輝がこの高校を受けるっていうから追っかけて、聖心女学園から転校してきたんだよ」

「えっ、あの元貴族や華族が行くお嬢様学校の聖心女学園?!」

「ああっ、この葵は元華族だし、家もお金持ちだぞ」

「だって、光輝、お前、一般庶民じゃあ……」

「あら、光輝は代々ここの城主様御用達の薬屋の跡取りよ。しかも色々な薬草を調合することに関しては天才的なのよ」

「……知らなかった……」

「あら、君、意外と無知なのね。光輝んちの近所に住んでいるのに。そんなことより、光輝、早く食事に行きましょ」

 俺の腕を取って教室を出ようとする葵をなんとか押し止(とど)めて、健二に声を掛ける。

「健二、一緒に飯を食いに行こう」

 不満そうに健二を睨んでいる葵。それで健二も遠慮がちだ。

「でも、二人のデートの邪魔にならないのか?」

「なに遠慮しているんだ。葵はお前の好みなんだろう。それに俺と葵の間に誰かいないと会話が続かないんだ」

 肩に腰かけているギフトが、いつも俺と葵の会話の邪魔をするのだ。

 俺の話を聞いて、葵もはっと納得顔をした。そう二人っきりでいては、光輝とは全く話が続かないことを思い出したのだ。大体、光輝はいつも一人ごとをぶつぶつと言って会話が成立しにくいのだ。

「そうね。そこの光輝の友だちも来てもいいわよ。わたし達、まだ付き合っている訳じゃ無いから」

「いや、俺はこれからも葵と付き合う気は無いんだが」

「わかってる、わかってる」

 そう言うと、葵はうれしそうに光輝を引っ張っていく。その後ろには、ちゃんと健二も付いてきているのだ。



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