第2話 俺たちが住んでいる町は
俺たちが住んでいる町は、古くから栄えた城下町で、その城跡に植わった千本桜が、今を盛りと咲き誇っている。しかし、今の俺には退屈以外なんの感慨(かんがい)もない、城央高校の入学式がやっと終わって、教室の戻って来た俺は、すぐに帰れることに安堵している。
ギフトと付き合うことで、却ってその人の性格や感情が分かるために、人付き合いが苦手になってしまった俺にとって、新しい環境が始まる入学式と言うイベントは、プレッシャーとストレスの元凶以外の何ものでもない。
もっとも、いつものようにギフトが、俺の感情を読んで息を吐き、ベータエンドルフィンというホルモンを分泌してくれたため、ほとんどストレスを感じなかったんだが……。
このベータエンドルフィンの作用は、ストレスに対抗して神経を活性化させる。その快楽作用は麻薬モルヒネのおよそ10倍。ストレスというウジ虫を撲殺すればするほどその快楽に没頭する。またこのホルモンは容姿にも影響するらしいのだが、妖精の容姿はバレリーナのような服を着て、スリムで長い手足を作り出す中性的な美少女なんだ。
その美少女が高笑いしながら、ストレスというウジ虫を、狂乱しながら撲殺するものだから、いくら視覚的に見せられていると言っても、ビジュアル的に引くところがある。もっとも、美少女は何をやっても美少女なのだが……。
「おーい光輝、一緒に帰ろうぜ」
そう俺の名前は五条光輝。今、俺に呼びかけたのは、俺の家の近所に住んでいて、小学校からの腐れ縁で結ばれた宮田健二(みやたけんじ)という悪友である。しかしこういう場合だと、こいつと一緒のクラスになったのは救いだった。
他人の進学先など特に考えもせずに、家が近いというだけで、この城央高校に進学を決めたのだ。こいつ無しでは俺の輝かしい高校デビューもおぼつかないものになるところだった。
「おおっ、健二、お前が同じクラスにいてくれて助かったよ。連れが居ないと、何をするにもおっくうでさ」
「わかるわかる。お前ってまったく周りに興味を持たないからな。でもお前なら、ずっといい高校に行けただろうに。中学の時、お前が城央高校に行くって決めたのには驚いたぜ。なんで、また城央高校なんだ。一度聞こうと思っていたんだ。俺と一緒で、ここの女子の制服が可愛くて、美少女偏差値が高いからか?」
ギフトが頭の中で、俺の頭の中に話し掛ける。
(相変わらず、この男はテストステロンとアンドロゲンの塊です。光輝様、この男に毒されてはいけません)
(ああっ、それはギフトに言われなくても分かる)
ギフトの言ったテストステロンとアンドロゲンと言うのは、どちらも男性ホルモンで、テストステロンは男を男らしくするホルモンで骨や筋肉を強化し、性格も男らしくリーダシップを発揮する。自己主張も強くて、勝負にこだわり判断力や自信にあふれている。また空間認知能力に優れ、数値推理や論理思考にも強い。まあ男くさいわけで、いわゆる子孫繁栄を常に願っているわけだ。
一度見た妖精のビジュアルは、アマゾネスのようにビキニアーマーでボディビルダーのように均整のとれた金髪美女、まさに戦う女の象徴だった。
それでアンドロゲンの作用っていうのは、とにかく性欲の塊、やりたい性的刺激を求めて、フェロモンを出しまくっている。容姿は巨乳でエロい下着にスケスケのネグリジェを着ているビッチお姉さんのビジュアルだった。
まったく、ギフトの見せてくれるビジュアルは、どれも俺好みで困ってしまう。もっともギフトに言わせると見る人の願望が視覚化に反映しているって言っていた。
俺が過去の出来事をおさらいしてから、まあ、頭の中身の八割が女のことで占めている健二に返事を返す。
「バカいうなよ。男と女の違いなんて、遺伝子のY染色体を持っているかそうでないかの違いだけだぞ。ただ、家に一番近い高校だったというだけだ」
「Y染色体? お前って時々わけわかんないことを言うな。だったら容姿はどうなんだ」
「まあ、九〇%以上は、遺伝子で決まるな。あとは、まあ色々だ」
「色々? なんだよそれ? お前ってホントにつまらないよな。頭がいいから生物学的にしか男女を考えられないんだな」
「頭の良し悪しで言えば、頭のいい方が、セッ〇スに関しては貧欲(どんよく)だぞ。例えば、アインシュタインなんかはな……」
「光希、黙ってろ!」
だてに本ばかりを読んでいるわけではない。俺がうんちくを垂れようとすると、健二が突然、俺の話をさえぎった。
俺たち二人の前には、いつの間にか三人の女子生徒が立っていたのだ。
そして、中央に立っている女子生徒が俺たちに向かって話しかけてきたのだ。
「あの……、城央中学だった五条君ですよね。私は城西中学出身の雅藤萌(みやびとも)っていいます。五条君って中学の時から勉強が出来て、スポーツも万能で、女子の間で人気があったんでしょう」
いきなり話しかけてきたこの雅藤萌という女、腰まで伸びた茶髪がゆるやかにウェーブしている。それに、目鼻立ちがはっきりした西洋風の美少女で、外見だけでなく、もの言いもハッキリした今風の女の子だ。それが何の用で俺に話しかけてきたんだ?
「えっーと、雅さん。俺になんか用かな?」
「あーっ、やっぱり、噂通りの感じだ」
俺は、彼女が言った噂通りの言葉に嫌な予感がした。
「その噂って?」
「えーっとね。めっちゃイケメンだけど、女に興味ないというか女嫌い? あまり女と関わり合いたくないタイプだって」
やっぱり、それか……。別に俺は、女に興味が無い訳ではない。女を生物学的にメスと観(み)る分には、非常に好ましいと思っている。でも、愛だ恋だという話になると途端に興味がなくなるだけのことなのだ。ギフトに散々ホルモンの作用を叩きこまれて、その心模様は、ホルモンが見せる幻想にすぎないことが分かっている。恋愛などどう言葉で飾りつけようが、男女間ではお互いに優秀な遺伝を残すための化かし合いでしかないのだ。
「そうそう、こいつ、中学の時から羨ましいぐらい女にモテるのに、まったく女に興味がないみたいでさ。雅さんみたいな美人が、恋人になってくれたら、こいつも少し性格が良くなるかもな」
「「な、なにを、言っているんだ(の)!!」」
俺と雅さんが、健二の言葉に同時に叫んだ。そして、さらに言葉を続けたのは雅さんの方であった。
「私は、ただ、今日の入学式で友達になった恵子と真由美を誘って、昼ご飯を食べにいこうとしたら、恵子が同じ中学の五条君と宮田君も誘おうって言ったから……」
真っ赤になりながら、一生懸命弁解をする雅さん。
恵子と真由美だって? そういえば、雅さんの両隣には見たことのある女の子の顔が在った。もっとも、この二人も数年かけて、やっと他の女の子と見分けがつくようになったんだが。だから、あれだけ何度も断ったんだから、お前ら、俺がそういう誘いに乗らないことは、良くわかっているだろう。
二人は雅さんの手前、遠慮があるのか、首と手を小さく横に振るだけだ。
ははーん。どうやらこの雅さん、お友達を出汁(だし)に男に積極的に声を掛ける、見た目の清楚さとは違って、中々の肉食系みたいだ。
なかなかいいね。テストステロンとエストロゲンのバランスでいうなら、ちょいテストステロンの方が勝っているか。
エストロゲンという女性ホルモンの作用はとにかく女性らしい体つきや肌や髪を創る。また、性格も女の子らしく優しくなる。それで女性特有の言語能力や周辺視野に優れているから、周りの人間関係のセンサーがビンビンに立っていてよく気が付く。それで嘘を見破るのもめちゃくちゃ上手だ。俺もぼろが出ないようにしないとな。しかし弱点があって空間認知能力に乏しいため、地図が読めないのだ。
よく勘違いされるんだが、男性ホルモンも女性ホルモンも一人の人間の中には両方存在している。人の性格はこのバランスが大きく影響するのだ。
(光輝様、この娘のホルモンを視覚化しますか?)
いつものように、ギフトが俺に尋ねてくる。
(もちろん!)
俺は初対面の相手のこれを見るのを結構楽しみにしているのだ。
ギフトが雅さんに向かって息を吹きかける。
雅さんの周りで、ビキニアーマーのアマゾネスが、可憐な制服少女と鍔(つば)ぜり合いをしながら押しているのが視覚化される。このエストロゲンが視覚化されると、いいとこのお嬢様学校に通う清楚な制服に身を包んだ美妖精が現れるのだが、初めて見たい時の葵のエストロゲンが視覚化された妖精はスカートのひだもよれよれの髪もあちこちが立っただらしない女の子の容姿だった。
しかし、雅さんの視覚化されたエストロゲンは、びっしっとミニのスカートで、髪も腰までのストレートで天使の輪が輝く群青色の艶を持ち、こしからヒップに掛けてのラインは男性の理想のラインで、俺の目はそこに釘付け。健気さを武器に男を虜にしてくるのだ。
(この女、中々やりますね!)
(まあ、本人には自覚がないんだろうが、容姿に自信満々で自己主張も強い。男性ホルモンと女性ホルモンの良いとこ取りの「男を掌で弄んでいることに自覚がない女」いわゆるマンガの主人公に多い無邪気系女王様タイプだな)
(ええっ、中々本性が見抜けないタイプの女ですね。五〇年以上前なら、尽くし尽くされるのが男女の仲だったんですけどね……)
(なら、俺の理想には程遠いか……)
俺とギフトの心の会話は健二には聞こえない。
だから当然、その誘いに乗るんだろうな? 健二。
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