恋愛脳のメカニズムを知らないで、やれツンデレだとかやれヤンデレだとかやれ幼馴染だとか騒ぐラノベ作家やエロゲー作家は、一度ホルモンの女王に謝った方が良い
天津 虹
第1話 プロローグ
俺は講堂の舞台の上で長々と続く話に飽き飽きしていた。周りを見回せば、周りも俺と同様、真新しい制服に身を包んだ高校生は、船を漕ぐやつ、隣同士でひそひそ話をするやつが大半で、校長の熱い話が伝わるやつなどこの中堅の高校には存在しないようだった。
俺の頭の中に声が響いてくる。
(あの禿ちゃびん。ホルモンバランスを崩して、二度と長話できないように鬱にしちゃいましょうか?)
(ギフト、そういうことは許してあげて)
俺は心の中でそう唱えると、右肩に乗ったフィギアのような妖精を見る。
これだけ退屈だと、この妖精との出会いを思い出す。出会いとともに俺や幼馴染に起こった変化。そして高校入学と同時に初心に帰り改めて俺の野望も思い出した。どうやら、俺もお経のように聞こえる訓示に瞑想(トランス)状態に陥ったようだった。
俺の家、それはこの古都でも古くから伝わる薬屋だった。
薬屋と言えば今の時代であれば、薬剤師と言えるのかも知れないが、しかし、今の時代のように、製薬会社が作った薬ではなく、昔ながらの薬草や漢方の知識を駆使して、一人一人の健康状態にあった薬を調合して評判を取る薬屋であった。
俺も幼いころから、薬草とかの効能や調合をおやじに仕込まれていたのだが、俺にはそういったものに、興味が人よりは在ったようだった。
そういうわけで、俺の遊び場はもっぱら、薬草や漢方薬を保管している土蔵だった。昼間でも太陽の光が届かない薄暗い中、懐中電灯とマンガを持ち込み、漢方独特の香りに包まれ日長一日過ごすのが俺の至高の時間だった。
そんなある日、一〇歳ぐらいの時だったと思うんだが、俺は運命の出会いをしてしまった。運命の出会いといっても、ものすごい美少女に遇ったとかじゃあないぞ。いや、実際に美少女だったわけだが、それを俺は美少女と呼んでいいのかいまだに迷っている。
なにせそいつは、高校生になった俺の肩の周りを飛んでいるんだから。
(なにを考えていたのよ?)
俺の頭の中に、コロコロとした声が響く。
(別に、ギフトと出会った時のことを思い出してしたんだ)
この頭の中に話し掛けて来たギフトと呼んだ少女こそ、五年前に運命の出会いをし、その後、いつも俺の肩に止まるように足を組んで腰かけている常識では説明がつかない未知の存在としか言いようがないものである。お互いに声を出さずにテレパシーで話ができ、俺以外は誰も彼女の姿を見ることはできない。
(そっか、あの時のことだね。全くあの頃の光輝様は情けなかったですからね)
(だってまだ一〇歳だよ。それがあの土蔵の中に閉じ込められたんだよ。ふつうに怯えたり、怖がったりするよね)
(まあ、光輝様が土蔵に閉じ込められたのは、濡れ衣でしたしね)
そうなんだ。ギフトの言う通り、俺が土蔵に閉じ込められたのは、濡れ衣なんだ。当時男みたいだった幼馴染の篁葵(たかむらあおい)が、俺を引っ張り出して庭で野球を始めたのは良かったんだが、バットを振り回した挙句、親父が大事にしていた盆栽を割って台無しにしてしまったのだ。
それで、俺と葵は親父にこっぴっどく怒られ、罰として土蔵に閉じ込められてしまったのだ。おまけに、土蔵に隠していたマンガと懐中電灯まで見つかって、更に追加でげんこつを貰ったわけなんだが……。
(ですよね。光輝様のマンガがエロ本だったことで、更にお父さまの怒りを買ったようでしたね)
(いや、小学生の秘密基地にはエロ本は付き物だろう……)
(さあ、どうだか?もっともお二人が、長い間真っ暗な土蔵で泣き叫んで、情緒が大きく乱れたおかげで、私も実体化できたのですが……)
今、俺と話しているギフトは、心の状態に敏感で、すぐさまそれを察知することが出来る妖精?生物?UMA?だと言える。
(そうです。あの時、心が乱れたこともありますが、私が実体を持つことができたのは、あの葵があの場所にいたからからですね。鶏ガラ男女でも役に立つことがあるんですね)
(ギフト……。鶏ガラ男女って……)
しかし、ギフトの言い分も最もなのだ。葵は、当時は男みたいな容姿に性格で、未来を危ぶまれていたのだ。色々な意味で。
(だが、それでギフトは実体を持つことができたんだ。前代未聞、空前絶後、唯一無二の存在として)
(光輝様、四文字熟語を並べれば、私の存在が説明できるものではありません!)
(そうだよね。なにせ、ギフトはホルモンの女王だもんね)
(そうです。ホルモンと言っても食べるホルモンではありませんよ。わずかな微量で、愛や喜怒哀楽などの心の動き、知性やストレス、それに成長や体質まで操り支配する神秘の化学伝達物質のホルモンです。そのホルモンの分泌を自由に操ることができる力を持って生まれましたからね)
そうなのだ。このホルモンのメカニズムを知らないで、やれハーレムだ、とかやれツンデレだとか、やれヤンデレとか書いているラノベ作家やエロゲー製作者は、一度ホルモンの女王ギフトに謝りに来るべきだと思う。
ところで、この土蔵では、何百年も薬草や漢方薬を保管し続けていた野草や漢方は、内蔵に働きかけて体調を元に戻す分泌物の分泌を促すのだが、その分泌物こそホルモンと言うわけだ。そういった薬草や漢方薬のエキスが長い間に凝縮され、妖怪風に言うと付喪神(つくもがみ)になる一歩手前だったのだ。そこに恐怖と畏れで心を乱した子どもが二人飛び込んできた。さらに葵はある理由で、ホルモンバランスを完全に崩していた。
その強烈なホルモンバランスの乱れが、空間に凝縮されたエキスに影響を与え、付喪神の一歩手前から美少女の妖精に姿を変えて実体化したようなのだ。
ところで、付喪神と妖精の違いってなに? 俺は目の前にいるギフトをまじまじと見る。
真っ赤な髪をツインテールに結び、パッチリとした金色の瞳、透き通るような肌に、黄金比を描くS字カーブを描くボデイ、細く長く伸びた手足。今は女王にふさわしく藤色のカクテルドレスを着ているが、目的に応じて、魔法少女の特攻服タイプ、純粋無垢なゆるふわタイプ、男を誘惑する小悪魔タイプ等の衣装に変わる。精巧な八分の一美少女フィギアみたいな妖精だ。
(まあ、実態があやふやな妖怪より妖精でよかったか?!)
ここまで回想だったはずだが……。
(光輝様、何か言いました?)
(いや別に……。それにしてもギフトを初めて見た時は驚いたよ。真っ暗な中、淡い光の玉が浮かんだかと思うと、いきなり人型に収縮して、小さな女の子が目の前で浮かんでるんだもの。しかもその姿は、隣にいた葵には見えないなんて)
(私はその時の記憶がほとんどありませんの。何百年も続いた薬屋の血が、私を見られるようにしたんでしょう。薬草や漢方の原料がどんな効能があるか一目見て分かるように……。私自身は、ただこの子たちを救わないといけないって思いだけだったの。気が付いたらこんな姿になっていたんです)
(その強い思いがギフトを実体化させたんだね?)
(たぶん……。光輝様や葵の気持ちが私に流れこんできて……。だから光輝様と葵は私の生みの親ですよね)
(ギフト~、誤解を生むような言い方やめてくれない)
(でも、本当ですし、だから私を生んでくれた光輝様を、尊敬して光輝様とお呼びしているのですから)
(まあいいや。そしてギフトは、ホルモンの妖精、とにかく癒される容姿の最強の癒し系、亜麻色の髪をアップした萌え浴衣美少女を生み出してくれた)
そう、あの時、ギフトはふーっと息を吐くとその息から、浴衣姿をした妖精がたくさん現われたのだ。もっとも後で話を聞くと、それは俺たちの感情を読み取ったギフトが、俺たちの体内のセロトニンというホルモンを分泌させたらしくて、それがギフトの力で俺だけには視覚化されたようなのだ。葵にも視覚化されなくてもホルモン効果は十分あったんだけど……。
(あの子は、セロトニンでしたね。別名「幸福ホルモン」心のバランスを取って癒してくれる傍にいるだけで温泉効果のある湯上り美妖精ですね)
(おかげで、夜中、葵のお母さんが「うちの子が来ていないか?」って尋ねてくるまで、親父は俺たちを土蔵に放り込んだのをすっかり忘れていて、慌てて俺たちを探しに来た時、土蔵から出された俺たちを見た親は、みんな驚いていたよ)
(そうですね。恍惚の表情で悟りを開いたみたいだって言ってました)
(いやいや、子どもに極限の恐怖を与えて悟りを開かせるってどこのスパルタ和尚なの? 一休さんの和尚さんでももう少し優しいでしょう)
(まあ、私の能力、その人の体や心の状態に合わせたホルモンを生み出せる力のお蔭ですね)
(全くその通りだ。おかげであれから俺の人生、退屈しないよ。元々インドア派で、友だちも少ないオタクだったのに。ギフトが生み出すホルモン美妖精たちのおかげで、イケメンと言われるように成長できたし)
(そうです。人間の成長、もちろん容姿など髪の毛や肌の艶も、元はと言えば、ホルモンを媒体とした体内で起こっている化学反応ですからね。それより、光輝様も私にギフトという名前を与えてくれました。その名前が気に入って、私はそのことにすごく感謝しているんです)
(まあ、色々俺たちに与えてくれるからね。おかげで葵も、あれから凄く変わったしね)
(ふん、あの女は! 光輝様の周りをうろうろと、とうとう同じ高校に入学したって話も聞きましたし)
(まあまあ……。今の葵があるのはギフトのお蔭だ。それにしても、なんで葵にはギフトが見えないんだ?)
(そうですね……。ひょっとしたらいずれ見えるようになるかも)
(それは、どういうことだ?)
(……)
そこで周りがざわついたため、俺とギフトは話を止めた。どうやら、つまらない校長の話がやっと終わったようなのだ。
俺は、今、城央高校の入学式の真っただ中にいる。さっき感慨深くギフトと昔を思い出してしまったのは、ギフトというホルモンの女王がいることで、いつしか芽生えた俺の野望を叶える時期が近づいたのだとひしひしと感じていたからだ。その野望とは、源氏物語よろしく自分の好みに身も心も合わせたベストハーフを育成することなんだ。
しかし、そんなベストハーフは、未だに見つからず、俺は高校で出会う女子生徒たちに一縷の望みを託しているのだ。
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