第一話-06
簡潔に、分かりやすく説明してくれているとは思う。だが、いかんせん情報量が多い。
昨日、自分の姿を見たぼんが「ミサキ」と言った。それが彼女の言う「御先」のことだろう。つまり、自分がその御先ということになるのか。
「……和臣、も……付喪神?」
「はい。付喪神として顕現出来るようになった時に主様の姿を写し、主様の名を頂きました。真の姿は脇差、名は
すっと目を閉じ、その身体がふわりと光に包まれる。すぐに小さくなった光が消えたところに、時代劇で見るそれらのイメージよりも短めの刀が一振佇んでいた。
しゃらの時と同じだ。つまりはこの刀が和臣だということ。名前も、確かに史枝が呼んだ「可彰」が入っている。
「……ん? 姿を写し?」
「どうかなさいましたか?」
「和臣……女?」
主の姿を写した。そして和臣が主と呼ぶのは史枝。確かに姿も瓜二つだ。だが史枝は、女ではないか。ずっと和臣は男だと思っていたが、史枝の姿を象っているというなら、和臣も女ということか。
「ああ……
物に宿る付喪神に性別の概念はありませんからね。その物に対して強い思い入れがあった持ち主や、その持ち主の大切な人の姿を写すことが多いのです」
「主様の姿を写した私は、勿論顕現したこの姿は女性のものです。着物で勘違いされたのだとは思いますが、これも主様を真似ているだけですよ」
「昔は男装していたものですから。そのため名前も和臣と名乗っていたのです」
「凛々しく精悍なお姿でした」
説明口調での話の最後に、また人型になった和臣がほぅ、と蕩けるような笑みを浮かべた。余程主が好きなのか。
だが考えても見れば、当然なのかも知れない。付喪神となって姿を写すほど思い入れ深くその物を大切にしてくれていた主ならば、物の方も主を好きになるのは必然とも言えるだろう。
「……それで」
ぽつりと、絞り出すように声を発する。
「私がその御先だって言うなら、何か役目みたいなものがあるんですか? もう何も見えなくなってるのに、何をしろっていうの」
「御先ほどの者が視えなくなることはありませんよ。ただ、視なくなっているだけです。視る意思があれば視えます」
「……」
視えないのではなく、視ないだけ。それだけ無意識の部分で心が
「御先にあるのは、役目などという大袈裟なものではありません。ただ、付喪神達と契りを結び、生きてさえいてくだされば良いのです。契約さえあれば、付喪神達がその身に降り掛かる危険から貴女を護ってくださいます。例外としまして、可彰は私と、瑞慶は上人様とそれぞれ正式な契約をしているので、二重契約は出来ませんが」
穏やかで優しい口調での説明は、何かを強要するものではない。ただ、『契約』の利点を話している。害はというと、『その身に降り掛かる危険』ということだろう。
出逢ってから今までの史枝の様子を見る限りでは、契約による負担があるようには見えない。
「……契約、したら……お兄ちゃんのことも、助けてくれる……?」
か細くこぼれるのは、昨日からずっとある不安。泣きそうになるのを必死で堪えながら、何とか絞り出す。
熱から覚めて一番に見たのが、兄の姿だったのを覚えている。いつだって優しく、何者からも護ってくれた。幼い子供のように、どんな時も兄について回っていた。大学に入る時に一人暮らしをすると言った時も、初めての一人暮らしは大変だからとルームシェアを提案してくれた上、その為にわざわざ大学の近くの職場に転職までしてくれたのだ。
そんな兄が、昨日突然に豹変し、姫生を殺そうとしたのだ。何が起こったのか分からなくて、怖くて、悲しくて、不安で。
昨日の和臣の話と、今日の史枝の話を合わせると分かる。兄には、何かが憑いてるのだ。そして「御先」たる姫生を狙って来ているということだろう。
「憑かれているだけの人間は、余程の理由が無い限り助けることになっているの。お兄さんも例外ではないわ。私達は人間に作られた物、人間に愛されて顕現出来たものだから、基本的に人間に害は与えないの」
不安を解くように、しゃらが優しく言う。ほっと息を吐いて、だけどふと気付いた。
「余程の理由って?」
「断ち切れないほどに精神や力が深く繋がってしまっている場合です。アレにそこまでの力は無いようですから、その心配は不要でしょう」
今度は和臣が。そう言えば彼──もとい彼女は、昨日も「憑いているのは小物」だと言っていた。話すのはその件が解決してから、のようなことも言っていた気はするが、それは姫生自身が説明を求めたのもあり、説明者が史枝になったこともあり、和臣の中では問題ではないようだ。
とにかく、兄のことは助けてくれるらしい。それだけが今は、姫生にとって何よりも大きな救いだった。
他に、理由はいらない。
「契約……します」
White Crow【電撃応募用】 水澤シン @ShinMizusawa
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