第一話-05
案内されるまま寺に辿り着き、促されるまま昨日と同じ離れの建物に上がる。そこには、昨日の人々も含め十を軽く超える人の姿があった。
「主様!」
姿を認めるなり一番にパッと表情を輝かせて声をあげたのは、和臣だった。昨日の様子からは和臣がここの者達のリーダー的存在かと思っていたが、史枝を「主」と呼ぶということは、思い違いだっただろうか。
「史枝様、姫生様も。いらっしゃるのならご連絡くだされば……」
「こんにちは、上人様。来ることになったのはつい先程でしたので。奥のお部屋をお借りしますね。行くわよ、
「はい!」
声をかける天雅に微笑みかけ、史枝は名をひとつ呼んで、奥へと進む。呼ばれた名に返事をしたのは和臣だった。
どういうことだろう。彼は名を「和臣」だと名乗ったのに。史枝もここへ来る前、「和臣の名を与えた」と言っていた。他の名で呼ぶとは、もしかしてそれは、彼が「和臣」となる前の名、ということだろうか。
考えを巡らせることは出来るが、聞かなければ事実は分からない。とりあえずは黙って史枝たちに着いて行くしかなかった。
案内された部屋で、差し出された座布団の上に正座する。
とりあえず座布団なら正座と思い座ったものの、正直なところ苦手だ。すぐに足が痺れて動けなくなってしまう。
そんなことを思っていると、まるで心を読んだかのようなタイミングで史枝が笑った。
「最近の人は、あまり正座に慣れていないと聞きます。辛ければ崩してくださっても構いませんよ」
「あ……はい、ありがとうございます」
何だか恥ずかしい。だけど同時に、気遣いがありがたく嬉しかった。
すっと隣を横切る影に気付いて目を向ける。すると、いつの間にか人型になったしゃらが、姫生のあとに座った、史枝の斜め後ろに座る。反対側には和臣も座していた。
「とりあえず、道中でしゃらから聞きましたが……」
うーん、と考え込む史枝の言葉を、姫生も他の二人も黙って待つ。
「……姫生様は外で
「異形……?」
「人ならざるもの。一般に、幽霊や妖怪と呼ばれるものの類いです」
短い説明に、首を横に振って答える。
そんなものは、知らない。そもそも幽霊だの妖怪だの、そんな非科学的で不確かなものなんて信じていなかった。
昨日、目の前でしゃらが簪になるのを見るまでは。
「成程。確かに、記憶ごと眼を閉ざしてしまったようですね」
じっと、姫生の目を覗き込むようにまっすぐ視線を向けられ、落ち着かない気持ちになる。何だか心の奥底まで見透かされているような、そんな気持ちになる目だ。
「ですがこれからは、向き合っていただかなければいけません。
単刀直入に言わせていただきますが、貴女は元々、異形を視る眼を持っている人です。そしてこの山は『あちら側』……異形達の世界。私と、貴女、そして上人様の三人以外は、全て付喪神をはじめとした異形達です」
「……は?」
間抜けな声がもれるのを、止められなかった。しゃらは見たから分かるし、疑いようも無い。先の部屋に居た十人強の人々も、山に入ってから寺までの間に聴こえていた子供達の声も、全てそうだとでもいうのか。
「視ることをやめた貴女がこの山で異形の姿を捉えられるのは、ここが異形達の領分だからです。素質が無い者でも稀に見えることがあるような場所ですから、元々素質のある貴女なら視えるのは当然です」
彼女が言っていることの意味が分からない。だけど、辻褄は合う。
幼い時に高熱で三日三晩寝込んだことがあった。起きた時には、それ以前の記憶が全て失われてしまっていた。残されていたのは、同級生や周りの大人達に「嘘吐き」と呼ばれる自分。
もし幼い自分が、異形を見ていたのなら。それらを周りの者に話してしまっていたのなら。見えない者に分かるはずが無い自分の言葉は、その人達にとっては嘘でしかなかったのだろう。
だから手放した? 彼らを知っていた自分を──彼らの存在を、自分の中から消してしまったのか。
「……」
何という弱さだろう。自分を強いなどと思ったことはないが、それにしたって。
昨日のライの姿を思い出す。あんな顔をさせてしまうようなことを、自分はしてしまったのだ。
言うなれば、彼らを捨てたことになるのではないだろうか。それともただの傲慢な考えに過ぎないのか。
「異形にも色々居ます。何も出来ない者、出来る力があっても何もせず見守っている者、他の何者かの助けになろうと力を使う者、そして、悪しき事に力を使う者。ここに集っている付喪神は、御先と呼ばれる者に自身の力を預け、悪しき異形を祓う為に動く者達です」
「ミサキ……」
「はい。
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