マルホランド・ドライブ

 クソみたいに最悪な一日だった。

 駅からの帰りに、深海魚共に襲われた。

 一匹なら何とかなった。

 でも、三匹いたら、どうにもできなかった。

 私は機械的に涙を流しながら、自分の身体が啄まれ、肉がバラバラに壊れていくさまを眺めていた。


 ボロボロの身体を引きずりながら、家路につく。街灯に近づきすぎた蛾がばちりと地面に落ちたので、踏み潰した。

 涙も流れない。ひたすらにタバコが吸いたかった。

 あたしが弱いから。なんでこんな目に合わなきゃなんないんだ。

 ハリウッドなんかどうでもいい。マルホランド・ハイウェイをぶっ飛ばして、ガードレールに激突してやりたい。

 思い切り足元の石を蹴飛ばすと、もはや絶滅に等しいんじゃないかっていうくらいに古いタバコの自販機にかつんと当たって跳ね返る。それは街頭に照らされて、深海の中にぽつんと佇んでるようにも見えた。

 調整中でもどうでもいい。あたしは既にぶっ壊れてんだ。

 震える手でぐしゃぐしゃの千円札を入れて、アメスピのボタンを押した。


 だけど何も出てこない。ふざけんなクソッたれって罵りながら、自販機を蹴り上げる。

 拳を振り上げ、何度も自販機を殴りつける。

 ちくしょう。ぶっ殺してやる。ふざけんな。

 あらゆる罵詈雑言を吐き出しながら。

 がこん、と自販機から音が鳴る。アメスピがひと箱、取り出し口に出てきた。おつりは出なかった。


「アメスピ一箱ってことか」


 自嘲するように箱を開けて、一本銜えた。ポケットに入れていた安物のライターで火を点けると、荒野の夕焼けのような匂いが広がる。おばちゃんがいつも吸っていた香りだ。


 ごごん。

 自販機が動いて、いきなり何かの入り口が現れた。

 バカみたいにわかりやすいそれは、別の世界に続いてるんだと勝手に思い込んで。

 煙を肺まで吸いこんだら、水の中に飛び込むみたいに穴の中へ飛び込んだ。

 随分と柄の悪いアリスだなと苦笑しながら。



 気の遠くなるような硬くて冷たい灰色の長い通路と階段を進んで、大きな扉に辿り着いた。

 鉄製の、生まれてから一度も見た事がないような、頑丈な丸い扉。

 なんだかクソみたいにムカついて、扉を思い切り蹴り上げた。

 タバコは、今咥えているのが最後の一本だ。

 馬鹿でかい音が無機質な通路に響いて、思わず顔を顰める。

 扉が開いた。

 真っ白な色の無い部屋。

 その中にぽつんと、ずんぐりとした影。これは、宇宙飛行士じゃない。深海を歩く潜水士みたいなそれ。


「ああ、やっぱり来ちゃったか。お嬢ちゃん」


 丸い頭をした潜水服みたいなのを着た奴がゆっくり私を見た。

 ラジオのノイズみたいな気持ち悪い声。だけど口調からあのタバコ屋のおばちゃんだと気付いた。

右手を銃の形にしてそいつに向ける。右手のコンドルが、真っ直ぐに前を向いて飛び立つのを待っている。


「うるせぇな。クソババア」


 あたしは最後のアメスピの吸いさしを思い切り吸い込んだ。

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マルホランド・ドライブ 片栗粉 @gomashio

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