第54話 寸劇

「建前はこんなところで十分かな。おい、アスロ!」


 ガンザノフはアスロに手を振る。

 まるで旧知の友人に話しかけるような口調で。

 応じるように背後の候補生たちが銃口を地面に向けた。

 雰囲気で分かる。今の一連のやりとりで戦闘の緊迫は解かれたのだ。

 大勢の人々が血を流し、アスロも死にかけた殺し合いのオチは冗談の様な寸劇だった。


「いいから、まだアタシに銃を向けときな」


 老婆が小声でささやき、アスロは沸騰しそうな脳髄をどうにか冷やした。

 自分が生き残り、かつこれ以上第六小隊に迷惑を掛けないのであれば、ここが正念場である。

 

「ガンザノフ、交渉する気はない! 黙って引き上げろ。さもなくばこの老婆の頭に弾丸が穴を開けるぞ!」


 ガンザノフは目を細めてクツクツと笑った。

 やるのなら早くやれといわんばかりの視線だった。

 

「なあ、アスロ。そのご婦人をどうしても撃ちたいなら俺は止めないが、形だけのものだったらもういい。銃を下げなさい。暴発して万が一ということもあるし、そうなればまた面倒も起きる。銃を突きつけているという体で聞いてやるから」


 視線を下げればユゴールもコクコクと頷いている。

 ハメッドも銃を下げろと手で合図を出しているので、アスロは拳銃を下げて腰のベルトに挟み込んだ。

 ガンザノフは満足げに頷くと、深呼吸をして大声で怒鳴る。


「おい、卑怯者め。しかし私たちは人民の為に戦う戦士だ。仕方がない。おまえらはこの教会敷地から撤収せよ!」


 背後に並ぶ候補生たちに命じ、彼らを石垣の外まで追い出し、ガンザノフは再びアスロに向いた。

 

「ええと、ユゴール。第六小隊はもういい。後に監督役を送るので以後はそいつの指示を仰げ。今後とも偉大なる国家とボージャ閣下の為、任務に励め」


 その声は今までと比べて小さく、敷地外まで出た候補生たちには届かない。


「りょ……了解しました」


 ユゴールは渋面を浮かべて受け入れた。

 この男が軍に入り、ボージャ隷下に所属したのは氏族の独立性を守る為だった。にも関わらず、氏族の存続とを天秤に掛けて、その独立性に大きな制限が着くことを受け入れざるを得ない。

 飄々として掴み所のない怪人にとって、これ以上ない屈辱だろうとアスロは思った。

 その切っ掛けを作ったのは紛れもなく自分であり、払いのける力もない。

 

「さて、じゃあここから先は個人的趣味の話をしたい」


 ガンザノフはそういうと、第六小隊の陣地に近づいてきた。

 ジプシーたちはどうしていいか判断しかね、ユゴールを見るのだけど、ユゴールは首を振って配下の発砲を抑える。

 

「実のところ、ほかのことは全部ついでなんだ。俺も革命軍で最強と言われちゃあいるが、直接全員と腕比べをしてきたものでもない。特に腕利きといわれる特殊兵の面々も半分以上はウチの教導隊以外からボージャ閣下が集めて来た連中だ。まあ、全部を俺に任せるほど信頼はされていないのだろう」


 へへ、とガンザノフが自嘲的な笑みを浮かべた。


「てことはなにかい、ワシとタイマン張りたいが為にアンタはウチにアヤ付けたんかい?」


 ハメッドが額に青筋を浮かべながらガンザノフを睨みつける。

 ほんの一瞬でも隙を見せればハメッドの手にした小銃が火を噴きそうだった。

 しかし、ガンザノフは砕けた雰囲気をまとわせながら、全く油断をしていない。

 ハメッドが銃口を向けた瞬間には身をかわしているだろうし、そうなれば再び候補生たちがやってきて、次こそ第六小隊は壊滅の憂き目にあうことだろう。

 

「最初はそうだったんだが、もういい。オマエは俺より弱い」


 ガンザノフは断言してハメッドの横を通り過ぎた。

 瞬間、アスロの耳にはハメッドの衝動を包み込む理性の袋の、留紐が千切れる音が聞こえた。

 

「アカンぞ、ハメッド!」


 ユゴールも察して怒鳴る。

 周囲の戦士たちもハメッドを取り囲み、銃を上げさせない様、制止に動いた。


「そ……そないに色気の無いことをいわんでもよろしいやんか。教官殿」


 一閃されたハメッドの腕が取り押さえた仲間の手を振り払い、その鼻面を殴り飛ばした。

 

「離せや。ほんで、ほら、持っとけ。こいつで文句ないやろ!」


 ハメッドは手にした小銃を手近な男に渡して前に出る。

 

「ワシも弱いなりにメンツがありますねん。ロートルのオッサンくらいさらっとシバきあげて見せんとあかんねん。のう、コラ、オッサン。素手ならええやろ。ちょっと腕前見てからワシの前を通れや」


 ガンザノフは小皺が無数に走る顔を、一層ゆがめて楽しそうに笑った。

 今からたまらない娯楽が待っているのを知った少年の様な表情である。


「いいのかな、ハメッド君。俺は今、年甲斐もなく大声を上げて喚きたい気分だ。アスロというメインディッシュの前に極上の前菜が出てきた。本当に、こういう時に幸福という言葉について考えるね」


「やかましい、次なんかあるかい!」


 ガンザノフと対照的に、鬼のような顔をしたハメッドが両の手を握り、戦いが始まったのだった。

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