第47話 鎖使い

 血が吹き出す死体を蹴りつけてアスロは乱れた呼吸を繰り返した。

 教導隊から来たと思われる連中と交戦を繰り返し、ようやく三人目を片づけたところだった。

 どいつもこいつも手強い。

 一瞬でも気を抜けば倒れるのはアスロの方だろう戦いを繰り返して極度の消耗を強いられていた。

 

「よし、それじゃあそろそろ相手をしようかね」


 細い路地の途中、広場から追いかけてきた老人がようやく逃げるのをやめ、アスロと向き合った。

 老人は逃走の道中に仲間を配置し、体力の損耗や武器の消耗を待っていたのだ。

 途中からそんなことだろうとは思っていた。でなければとうに振り切られていたはずだ。

 かといって、追うのをやめても一定の距離でちょっかいを出してきたはずだ。結局は打ち倒す以外の選択はない。

 強敵との戦いで顎を殴られ口はぐらぐらするし、右目の瞼は腫れで閉じつつある。脇腹に打ち込まれた強烈な膝蹴のせいで呼吸の度、激痛を発していた。他にもぎりぎりで防いだものの、仕掛けられた関節技で痛めた肘や、締められた首など負傷を数え挙げればキリがない。

 左の前腕と右肩は拳銃で撃たれ、左の脛はナイフで刺されている。

 調子がいいわけがない。

 しかし、即座にあふれるアドレナリンが痛みを誤魔化していき、頬までを痺れさせる。

 全力で動けるのは短時間。アスロは足を獣化させて膝を曲げた。

 常態の数倍する跳躍力で飛び、壁を蹴る。勢いで老人の胸骨をへし折ってやろう。

 

「拳銃弾では利きが悪い。しかし、当たればしばらく動きは悪くなるねえ」


 老人はそう言うと拳銃を引き抜きアスロに向けた。

 ズキリと傷が痛む。

 異様な回復力を持つアスロであっても激しい運動状態では治癒速度が鈍る。血は止まりつつあるものの、傷そのものはふさがっていない。

 

「チッ!」


 舌打ちをしてアスロは跳んだ。

 直前までいた場所を銃弾が通過していく。

 壁を蹴り、しかし老人の銃口がアスロを追っている。

 老人の方へ跳べば真っ直ぐ弾丸を撃ち込まれることを理解し、アスロは背後に跳んだ。

 隙がない。

 着地と同時に転がって狙いを定めさせない。

 しかし、路地は狭く、容易に捕捉されてしまう。

 アスロは立ち上がりつつ小石を拾うと他をいっさい無視して投げつけた。

 老人も飛来する石を無視して引き金を引く。

 銃弾がアスロの脇腹に着弾し、石が老人の額に命中した。

 

「ふふふ、与えたダメージはこちらが上だな!」

 

 老人はざっくりと切れた額から血を滴らせ笑った。

 アスロは路地に転がりながらぼやけた視界で男を見つめ返す。

 当たりどころが悪かった。今度こそしばらくは動けそうにない。それどころか無理をすれば死んでしまうだろう。

 大勢殺してきた。ついに自分が殺される側に回るのか。

 瞼の裏にぼんやり、ニナの顔とボージャの死に顔が浮かんだ。


「なにがフフフじゃ気色悪い!」


 破裂音がして、瞼を開けると老人が吹き飛んでいた。

 

「あ――クソ、鎧かなんか着てやがんな!」


 散弾銃を手にしたハメッドが倒れた老人の背後に立っていた。


「ロートルか落ちこぼれか知らんけど、どこまで面倒かけんねん!」


 長い足が呆然とした表情の顔面を蹴り飛ばす。

 路上に血と歯が飛び散った。

 

「おいアスロ、いけるか?」


 何か答えようとして、アスロは苦痛に顔を歪めた。

 

「このクサれジジイ、ようもうちの連中を何人も殺してくれたのう!」


 アスロに構わずハメッドは散弾銃に弾丸を装填した。

 怒りとともに老人の頭に向けられた銃口はしかし、発砲直前で路地の奥に向けられた。

 銃声が響き、その先には両腕で顔面をかばう大男がいた。

 

「リーヤ教官、無事ですか?」


 服が一部はじけた以外にダメージもなく、男は怒鳴った。

 リーヤ教官と呼ばれた老人と同じく、防弾装備を着用しているのだろう。

 アスロは身を起こさねばと思いつつ、苦痛によりそれは叶わなかった。

 

「無事に見えるなら相当おめでたいぞ、おまえ」


 ダラリと力なく倒れたリーヤ老人の右手をハメッドは踏みつぶした。

 次いで右足首を踏み砕いて悪魔のように嗤う。


「野良犬ハメッド、貴様!」


 おそらくアスロの消耗が少なければ、リーヤ老人は自ら戦う前にこの男をぶつけて来たはずだ。アスロは捨て駒同然に扱われながらも教官に敬意を払う男を見た。

 ダメージが大きすぎて思考が纏まらない。

 

「卑怯なくせに甘いわ。そんなやから特殊兵くらいにも成れんのじゃ、ボケ!」

 

「黙れ、貴様などこのガヴァが打ち倒してくれる!」


 ガヴァと名乗ったは憤怒を浮かべて路地を駆けだした。

 銃弾の利きが悪いことから、ハメッドは散弾銃を鈍器として使おうと考えたようで銃身を握り、振りかぶった。

 二人の距離が詰まる。

 しかし、重なるより一歩早くガヴァは手を一閃した。

 甲高い音がしてハメッドの散弾銃が弾き飛ばされる。

 男の手には一メートルほどの長さを持った太い鎖が握られていた。


「人呼んで『鉄鎖』のガヴァだ」


 鎖は蛇の様にくねりハメッドに襲いかかる。

 間一髪でハメッドが距離を取るも、再度踏み込んで鎖が振り下ろされた。

 勢いからして肉がはぜ、骨が折れる。それほどの威力が一振りごとに込められている。

 ブンブンと空を切りながら猛然と振り回される鎖に、さすがのハメッドも舌打ちをして大きく距離を取った。

 防御も不可能な鎖の攻撃に対していかに対処するものか、アスロは固唾を呑んで見守った。

 しかし、ハメッドはそのまま倒れたリーヤ老人の元まで下がると、気絶した老人の体を持ち上げる。

 

「人呼んで『悪魔王子』ハメッドじゃ!」


 一喝すると、リーヤ老人の体を盾に突撃した。

 

「浅いわ愚か者が!」


 ガヴァも負けずに大喝すると躊躇いなく鎖を振るう。鎖は生き物の様に回り込み、リーヤの背後を打った。

 そこにハメッドがいれば、勝負は決したかもしれない。

 しかし、直前でハメッドはリーヤを突き飛ばしており、鎖はリーヤの背中を穿つにとどまった。

 そのまま進んだリーヤをガヴァが突き飛ばそうとした瞬間、背後からハメッドの足がリーヤの背中を蹴りつける。

 結果として、ガヴァは体勢を崩してハメッドの拳を避けることが出来なかった。一息に六発の打撃がガヴァの顔を変形させていく。

 

「オラ、鎖を貸さんかい!」


 ガヴァから取り上げた鎖を手に巻くと、ハメッドはさらに重たく堅い一撃をリーヤとガヴァに数回ずつたたき込んだ。二つの体は痙攣し、やがて動かなくなる。

 ハメッドは唾を吐き捨てると、手に巻いた鎖をガヴァの死体に投げて返した。

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