第42話 分解者

 逃げようとした男の胸をアスロが撃ち抜くと、ハメッドは「ああ!」と慌てた声をあげた。

 殺したのがまずかったか。アスロは戸惑いつつ、次弾を装填した。


「アホ、撃つなら頭を撃たんかい。服に穴が開くやろ!」


 言いながらハメッドの抱えた散弾銃は最後の一人にピタリと向けられている。そのまま引き金を引けば対象の頭をぐちゃぐちゃにするだろう。

 

「待て、俺たちが悪かった! すぐに出ていくから見逃してくれ!」


 二つの銃に狙いをつけられて、逃走は困難と判断したのか、男は両腕を体の前に出して命乞いを始めた。

 ハメッドはそれに対し、肩をすくめて応じて見せる。

 もはや興味を失ったように銃口を降ろした。


「最初からそうしとくべきやったのう」


 銃声。

 至近距離からの散弾は男の右足を脛で分断させた。

 男は凄絶な悲鳴を上げると、ちぎれた足を押え、血をまき散らしながら転げまわった。


「ほら、すぐに出ていくんやろ。すぐってどれくらいや。ワシは心が広いから、三分くらい待ったるわ。ほんのすぐそこ、敷地の外まで出て行ってみい。ユーリ、時間が来たら頭を撃ち抜け」


 ハメッドは一人目に殺した男の懐から懐中時計を取り出し、アスロに放った。

 それで今度こそ本当に興味をなくしたようで、ハメッドはテントの方に向かった。


「おい、ジャリども出てこんかい。小遣いやるからスコップ持って集まれ!」


 その号令に応じて隠れていた子供たちがゾロゾロと出て来た。

 手には大小のスコップを携えている。

 しかし子供たちはスコップを投げすてると我先に三つの死体へと群がった。


「あ、待て、待て。それワシの戦利品やんけ。勝手に盗るなよ!」


 ハメッドの叫びはあっさりと無視され、声は空しく消えていく。

目端の利く子供はとっとと懐の財布を抜き、指輪やネックレスなどの装飾品を掠めて逃げ去って行った。拳銃やナイフなどの武器を持っていく子もいる。

 出遅れた子供は革製のベルトや血で汚れた衣服を剥いで持ち去り、そうこうするうちに死体は下着や靴までを無くし、全裸で転がった。

 最後にのんびりとした少年がノミと金槌を持って現れ、アスロに尋ねる。


「ねえユーリ、まだ撃たないの?」


 男はすでに虫の息で、口をパクパクと動かして荒い息をしていた。

 撃てばその少年が裸にするつもりなのだろう。

 渡された時計を確認すると、約束の三分までまだ半分も時間が残っている。

 恐るべし早業にアスロは戦慄し、同時に感心した。

 

「まだ少し時間があるからね。その金槌はどうするの?」


 少年はニッと笑うと、嬉しそうに「金歯を取る」と説明した。


「クソガキども、せめて穴掘りに来んかい!」


 憤慨したハメッドが敵を殴るのに使用した椅子を立てて腰を下ろす。しかし、もはやおっとりとした少年の他、子供は見当たらない。

 アスロは時計を裏返し、そこに刻まれていた部隊章を確認した。

 

「ハメッドさん、これ『狼の教導隊』の支給品ですよ」


「ま、そうやろうねぇ。ワシらのこと知っててオヤッさん呼び捨てなんて、そら、なあ」


 ハメッドは面白くもなさそうに答えた。わかった上でやったのだという態度だった。

 時計を見ると丁度、三分が経過した所だったため、アスロは倒れたまま震えている男の頭を撃ち抜いた。

 死体の口から金属を取り出していた少年は、ほくほく顔で最後の死体にとりついて金目の物を引き剥がしていく。

 

「おいアスロ……」


 ハメッドがタバコに火を着けながらアスロの本名を呼んだ。


「なんでしょうか?」


「おまえ、怖いんやったら逃げてええぞ。お姫さん連れて消えろ。しかし、それでウチとの貸し借りは一切無しや。次に会うときは互いに敵同士かもしらんけどな。どうする?」


 ハメッドの提案に、アスロは考え込んだ。

 アスロは通わなかったものの『狼の教導隊』には一筋縄ではいかない人材が大勢揃っているという。ボージャが何度もつぶやいていたのをよく覚えている。

 事実として、この四人組も只者ではなさそうだった。油断しているところを奇襲で銃殺しなければこう簡単には殺せなかった。

 ではなぜ、ハメッドが彼らを殺したのか。まずはユゴールを守る為だ。

 いかなる理由があろうと指名手配犯のアスロを庇ったと知れればユゴールの立場が危なくなる。だから、相手が名乗らないのを幸い、知らないふりをして虐殺して見せた。

 しかし、同時にアスロを守る為でもある。

 首都から動くはずのない精鋭が地方まで出張ってくるのはどう考えても、アスロを目的としている。ハメッドはその出鼻を激しく挫いたのだ。

 少なくとも、一族やわが身を守るためにアスロを売ろうとはしなかった。

 怪物集団を相手にすぐに逃げるというのは魅力的な提案に見えるものの、第六小隊と離れるというのは国境越えの伝手を失うことを意味する。

 それに、ルドミラと離れて二度と会えないかもしれないというのもアスロには辛い。

 なにより、曲がりなりにも友好的関係を構築しつつあるハメッドという男を敵に回すことが単純に恐ろしかった。


「迷惑じゃなければ、もう少しお邪魔させていただいて……」


 アスロが頼むと、ハメッドはタバコをふかして紫煙を見つめる。


「めっちゃ邪魔やけども、ええやろ。面倒見たるわ。そんかわり、髪留めはルドミラにやれよ」


「アニキ、そういうのルドミラ姉ちゃん怒るで。ホンマ、女心わかってへんわ」


 おっとりした少年に言われ、ハメッドは思わず苦笑を浮かべた。

 

「やかましいわ、ガキ。取ったもん全部置いて早よ行け!」


 ハメッドが大声で怒鳴ると、少年は取りまとめたすべての戦利品をしっかりと抱え込み走り去った。

 広場にはアスロとハメッド、それに四つの死体が取り残され、結局アスロは一人で四人分の死体処理をやらされることになるのだった。

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