第39話 狼の人

 七人会議なんて手順を踏むのはまだお行儀のいい方だ。

 ウーデンボガは先ほど殺害した兵士の死体を前にして思う。

 党の高官たちに信頼関係などないのではないかと考えずにはいられないほど、頻繁な襲撃事件が起こるのだ。

 上官から命令を受けた民警の武装部隊、誰かの私兵的に働く軍人、思想的には党の上層部とは相いれないはずの旧帝政復古主義者、無政府主義者、聖職者、少数民族も武装しているし、なんなら街のゴロツキ然とした連中や一介の労働者までが武器を持って向かってくる。襲撃場所も私邸、街中、街道など選択肢は豊富だ。

 だから、各人は身辺警護に十分すぎるほど気を使い、常に多数の護衛に身を守らせていた。

 私邸を襲うなんて愚の骨頂であり、重武装した軍人が十数名で陣地を築いているのを正面から近づくのだから、ボロ屑のようになりたいのでなければ取るべき手段ではない。

 そういった意味で、個人の護衛兵を最低限しか連れ歩けない本部庁舎は恰好の襲撃場所といえる。いくつかの手回しを行えば、無防備な獲物を狩れるのだから。

 スーリム・ボージャは伏魔殿を歩く保険としてウーデンボガを連れ歩き、今その絶大な効果を見せつけたのだ。


「よくやった、ウーデンボガ。まさか私が標的とはな」


 スーリムがウーデンボガの分厚い胸板を叩いた。

 ウーデンボガはこの上官の指示を忠実に実行し「他の高官が議場から出てきてもスーリムが出てこない」場合「議場の外に集まった武装兵士たち」を「出来るだけ静かに排除」したのだ。

 

「さて、長く仕えた上官が死ぬというのは寂しいものだ。それに老人の争いで若者が犠牲になるのもだが、一向に慣れない」


 スーリムが死体の一つを改める。

 ウーデンボガは大振りのナイフを用いて六名の兵士を殺害していた。

 ただの刃物も、この怪物が用いれば猛獣の牙に勝る。胸を突かれ、首を裂かれた若者たちの表情はいずれも恐怖に満ちていた。

 

「光栄です。閣下」


 ウーデンボガは恭しく頭を下げる。

 独立名誉小隊が任務として攻撃してきた不穏分子や小規模の武装勢力は果たして、誰の子飼いだったろうか。そんなことを思わずにいられない。

 

「閣下、騒動だったそうで」


 不意に現れた男がスーリムに声を掛けた。その姿を認識するなり、ウーデンボガは反射的に背筋を伸ばす。


「こらこら、ウーデンボガ。君はもう私の生徒ではないのだから余計な緊張は不要だよ」


 にこやかに言う男はよく鍛え抜かれた体をしていた。胸板が厚く、腕や足も太い。首も太く、手もゴツゴツしている。見る者が見れば只者でないのは明らかである。しかし、身長は平均的で、年齢も四十代の終わりを迎えようとしている頃だ。

 その男に、ウーデンボガは全身を硬直させて緊張ししていた。


「なに、大したことはない。君の教え子は優秀でいつも助けられるよ、少佐」


 スーリムが頷きながら答えると、少佐と呼ばれた男は嬉しそうにウーデンボガの胸板をドンと殴った。

 

「閣下にお褒めいただいて、本当におまえは俺の誇りだよ」


 しかし、強大な怪物は自らより巨大な怪物に睨まれたように怯えた目つきで男から目をそらした。


「ありがとうございます! ガンザノフ教官殿、すべては教官殿のご指導のおかげです!」


 中空を見つめ、胸を張って腹の底から声を出す。

 目の前に立つ教官から徹底的に叩き込まれた話し方でウーデンボガは答えた。

 しかし、当のガンザノフは耳を抑えて首を竦めていた。


「おいおい、野戦の最中じゃないんだぞ。大声を出さなくても聞こえるって」


 苦笑してガンザノフはスーリムと顔を見合わせた。

 スーリムも日ごろ威風堂々としたウーデンボガの滑稽さに唇を歪めている。


「それで少佐、何か用かね?」


「ええ、ほんの少しお話したいことがございます。お時間をよろしいでしょうか」


「いいとも。君の忠誠にはいつだって最大の感謝で答える準備がある」


 スーリムの回答に、ウーデンボガは眉一つ動かさなかったものの、内心では項垂れてしまいたかった。


 ※


 独立名誉小隊の統括本部は首都郊外に建設されており、大きなグランドといくつかのトレーニング施設が併設されていた。

 その性質上、常に各地を転戦する独立名誉小隊の中にあって、例外的に統括本部に駐留するのがガンザノフを隊長とする『狼の教導隊』である。

 所属する精鋭兵士たちが教官となり、小隊長候補の新任少尉、特殊兵候補の兵士、特別名誉小隊に配属された一般兵へ教育を施している。

 その他、大勢の軍用犬と犬使いたちが育成されており、各部隊の要請に応じて派遣されていた。

 すべてがスーリムの要求を満たすために機能する施設であり、責任者はスーリムの懐刀ベルジン大佐が務めている。

 

「それで、要件は?」


 敷地の一角に建つ格技場でスーリムは尋ねた。

 簡素なベンチに腰を下ろし、ガンザノフも同じベンチの隣に座っている。

 室内では数人の男たちが稽古を行っており、マットと擦れる音や打撃音、荒い呼吸が満ちていた。


「いえね、大したことはないんですが。私もちょっと興味が出まして。獣人ミノタウロ狩りに。なんせ私の弟子じゃない特殊兵のうちの一人だ。腕前を見たくてね」


 ベンチの脇に立つウーデンボガの目は仇敵の名に見開かれた。

 

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